いよいよ芸術人類学研究所がスタート

文明の変わることを予感しながら開所をお祝します!

 

 去る4月12日(2006年)、多摩美術大学の芸術人類学研究所の開所式が行なわれた。中沢新一を中心とした研究所である。中沢新一は、今私がもっとも尊敬しその活躍を期待している哲学者であるが、その学者としての生い立ちは不運というかつきがなかった。開所式で中沢新一本人も、その辺のことを意識してのことであろうか、小さい頃のことにも触れながら挫折の連続であったと言い、今回の多摩美は芸術人類学研究所の所長就任を心から喜んでいた。これによって芸術人類学という学問分野ができるのである。世界で始めてである。私の予感では、この芸術人類学という学問は、これからの新しい文明を切り開いていく上でもっとも大事な学問になっていくのではないか。

 

 

 この写真は、開所式の招待状に印刷されていたものであるが、写真の下には、「しかし、私たちがたとえどんなに方法をこらして収集しようとしても、適当な獲物がフォノグラーフの前に現れるかいなかは、いってみればちょうど狩猟の場合と同じようなもので、まったく偶然の幸運にかかっているのです。」(バルトークBartok、1936年)と説明されている。おそらく中沢新一の心境を表わしたもので、中沢新一は心底喜んでいるようだ。中沢新一のこれからの活躍を心から祈りたい。

 吉松隆が「バルトークの音楽について考えると、いつも右脳と左脳とのバトル・トークになるんですよね。」と言っているが、まさにバルトークの感性は中沢新一のいう「流動的知性」やレビー・ストロースのいう「野生の思考」に通じるものがあるようだ。それはまさに人類学的感性といって良いかもしれない。バルトークという芸術家の人類学的感性と共鳴しながら、中沢新一は芸術人類学発足の幸運を心から喜んでいるのだと思う。

 

 

 これが芸術人類学研究所のメインルームである。普通ではない。新進気鋭のインテリア・デザイナー冨永良平氏がデザインを手がけたものだが、「野生の知」の拠点にふさわしい魔術的な空間(トポス)となっているのであろう。中沢新一の意気込みが感じられる。

 

 

 これはアボリジニ人の聖地ウルルだが、アーベンロートに輝く岩山が如何にも聖地にふさわしい。アーベンロートは夕日に輝く岩山の風景をいい、朝日に輝く岩山の風景モルゲンロートとともに私たち山男には懐かしい風景である。中沢新一も山男である。中沢新一はこの研究室ではきっと思い出深いアーベンロートに輝く信州の山々とこの「ウルル」を常に重ね合わせながら「野生の思考」に耽るに違いない。

 

 この「芸術人類学研究所」の開所に間に合わせるように、中沢新一は、従来の「対称性人類学」に代わる新しい著書・「芸術人類学」(2006年3月22日、みすず書房)を世に出した、その序文「はじめに」において次のように言っている。『 今日私たちが直面しているのは、かって人類が体験してきたどのような社会革命よりも大胆でドラスティックな変化が生み出されない限り、あらゆる科学的データが予測しているようにして、地球上の人類の生存は不可能になっていくだろうという、絶望的な未来像です。国家出現以来もたらされた意識改革がつくりだしてきた人類の心に、根本的な変化を生み出す「復論理(バイロジック)」ないしは「対称性」を取り戻す必要があります。しかも、それを「具体的」に、社会の内部にセットできなければなりません。』・・・と。

 そうなのだ。学問的な取り組みとともに、「具体的」な実践活動が求められている。芸術、経済、宗教それぞれの分野で従来になかった新しい哲学なり思想が必要になってきている。中沢新一は、次のようにも言っている。『 そのためには、芸術には芸術個人の幻想を越えた巨視的なヴィジョンが必要です。経済には贈与論的思考の復活がもとめられます。あらゆる宗教は「宗教をこえた宗教」への飛躍を模索しなければなりません。そして宗教を越え出た場所で、人類が出会うこととなるのは、かって人間と動物は兄弟であったと語るあの神話の思考のよみがえりの現象です。しかし、そういう大きい理念の実現は、私たちの小さな日常的実践だけが可能にしていくものです。今日のエコロジー思想の実践は、未来に生まれるべきそのような思考の「先触れ」であったことを、未来の子供達は知ることとなるでしょう。』・・・・と。

 なお、中沢新一は、開所にあたっての記者会見で、次のように語ったらしい。『 芸術や魂といったものと経済の取り合わせは意外にみえるが、私は・・・貨幣を媒体とした交換行為である現在の「経済」のあり方に異議を唱える。「もともとの経済は、人間関係を作りながら物を移動させること。物の富だけでなく心の豊かさと一体となった概念だった」と指摘する。芸術が生み出されると世界の豊かさが増す。このことと経済は不可分だった。分裂した芸術と経済のつながりを回復するのが目的。 』・・・・と。

 そうなのだ。ともかく小さな日常的実践の積み重ねが必要なのだ。今私のやっていることやこれからやろうとしていることが「芸術人類学」とどう関係してくるのか判らないが、中沢新一はじめ「芸術人類学研究所」のスタッフの助けも借りながら、ともかく実践活動をやるとしよう。中沢新一の「芸術人類学研究所」の発展を心から祈念するとともに・・・、「地域通貨」を中心とした「対称性社会」の実現に向けてともかく私なりの実践活動をやることをお誓い申し上げて・・・「芸術人類学研究所」開所のお祝の言葉とする。

 

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