岩井国臣の「劇場国家」!

 

F・A・ハイエクの「貨幣発行自由化論」

 訳者の「あとがき」

 これから紹介する一連の文書は、F・A・ハイエクの「貨幣発行自由化論」(1999年9月、東洋経済新報社、訳者は川口慎二)からの抜粋である。まずは、その概要を知るために、訳者の「あとがき」から紹介することにしよう。

 

 ハイエクは一八九九年五月八日の生まれである。経済学者として戦前からケインズと並んでわが国においても最もよく名の知られた一人であり、戦後においては、経済学を越えて広く社会哲学や社会思想の分野において数々の記念碑的な業績を発表、現代における最高の知性を代表する一人として思想界において不動の地位を占めている。一九七四年にノーベル経済学賞を受けている。

 本書においてハイエクが積極的に展開している主張の骨子は、政府による貨幣供給の独占を廃止し、貨幣が民間機関の競争によって供給されるために必要な措置を速やかに整えることにある。民間機関が供給するのは同一の名称と単位をもった貨幣ではない。それはそれぞれに固有の名称と単位をもった異なった貨幣である。

 このような主張に対して、読者は最初は大きな驚きとともに多くの疑問をもたれるにちがいない。疑問は大別して次の三の問題点に分けられるであろう。第一は政府による貨幣供給の独占がなぜ廃止されねばならないかという問題であり、第二は民間機関の競争によってどのような貨幣がどのようにして供給されうるかという問題であり、第三はこのような措置によってどのような変化が期待されうるかという問題である。

 本書は25章から構成されている。1章でまず近い将来にとられるべき具体的な提案が示された後に、2章から7章においては第一の問題点、8章から16章においては第二の問題点、17章から24章においては第三の問題点にそれぞれ主として関連した議論が展開され、最後に25章の結論に達するという内容となっている。

 まず第一の問題点についてハイエクが強調していることは、政府の貨幣独占が現代の資本主義社会における重大な欠陥の主要な原因となっているという点にある。これらの欠陥としてハイエクが取り上げているのは、趨勢的なインフレーションの存在、循環的な不況と失業の発生、歯止めのない政府支出の増大、経済国民主義による資源の国際移動の制限の四つである。これらの欠陥は多数決原理の支配する今日の民主主義政治のもとにあっては絶望的なまでに解決策のないものであるが、それらはいずれも政府の貨幣独占という共通の原因に根ざすものである。

 つぎに第二の問題点である民間機関の競争によってどのような貨幣がどのようにして供給されうるかという点については、安定貨幣、すなわち、価値の安定した貨幣が民間機関の利己心によって供給されうるというのがハイエクの解答である。

 第三の問題点、すなわち、このような安定貨幣の供給によってどのような変化が期待されうるかという点についての解答は、当然にまず現代資本主義社会のもつ四つの欠陥が克服されうるということである。これと同時にハイエクはもはや金融政策は必要ではなく、国際収支問題も存在せず、さらに中央銀行もまた消滅すべきことを強調するとともに、過渡期においてまた長期において発生が予想される問題と対策について検討を試みている。 このようなハイエクの主張については、それが実現不可能なものであり非現実的であるとして頭から否定し去るという態度をとることはきわめて容易である。けれども、このような態度に対しては、「経済理論家または政治哲学者の主要な仕事は、今日政治上では不可能であることが政治上で可能となるように、世論に影響を与えることにあるべきである」とする第二版序文でのハイエクの言葉のもつ重みが尊重されねばならない。なお同様の考えは本書の108ページにおいても示されている。

 また提案されている改革の内容は、現行の制度の根本的変革を意味するきわめて急進的なものであり、当然に多くの利害関係者からの強い抵抗に直面することになり、漸進的な方法の採用が主張される可能性があるであろう。けれども、これに対してはハイエクは『ハムレット』からの引用を本書の扉にかかげて、資本主義社会の絶望的な病気は、政府の貨幣独占の廃止という非常手段でもって救うより方法がないことを示すとともに、改革がきわめて緊急を要するものであることを強調している。そしてハイエクはかつての「自由貿易運動」に匹敵するような「自由貨幣運動」によって問題の急速な理解が進み、まず改革のために必要な法制上の障害が速やかに取り除かれることを願っているのである。

 ハイエクにあっては貨幣供給方法の改革は金融に関する些細な専門的事項ではない。それは「自由な文明の運命を決定するきわめて重要な問題」なのである。

 かつてケインズの『貨幣改革論』が管理通貨制度の夜明けを示す象徴的な著作であったことと対比して、約半世紀を経た今日に管理通貨制度の廃止を求める記念碑的な著作としてハイエクの『貨幣発行自由化論』が登場した。

 ハイエクは本書に示された基本的な着想が人々の創造的思考をかきたてて新たな研究活動が始まることを期待している。

 ハイエクの貨幣問題研究の総決算が、自由社会の存続のために貨幣供給機構の根源の再検討を要求するという形で示されたことは、経済学のみならず社会科学の各部門にとって、さらに広く一般の読書界にとって大きな意義をもち続けることと思われる。

 現代は「貨幣論のない金融論」の時代である。これは貨幣法定主義を前提としかつ金融規制が支配的であったこれまでの制度からの当然の結果であると考えられる。けれども金融自由化の急速な進展により、制度の基本の一つが大きく変化し、金融現象が複雑化する過程のなかで、その基礎にある「貨幣」について、これまでの既成の認識を改めて根底より再検討することがぜひとも必要となりつつあるようである。

 貨幣法定主義を否定するハイエクの革命的な主張。

 本書は貨幣問題について基本的な認識をえたいと思う人々にとって格好の読物。

 

 一九八八年一月

 川口 慎二

 

以上、「訳者あとがき」より

 

 次は、ハイエク自身が書いた本書の序文を紹介しよう。

そうしよう!そうしよう!