土木技術の哲学

   

 

 日本の土木計画学というものは、高度成長期に生まれた比較的新しい学問体系である。

 明治以来、日本の土木工学の研究畑は、鉄道工学、河川工学、橋梁工学などといったふうに各専門分野ごとに分けられて組織されていた。その科目や講座体制が高度成長期に入って見直され、交通や水資源などの一般項目に分類した講座に改める提案がなされた。

 この方針に添って昭和30年代後半からいくつかの大学で「土木計画」の講座が開設されるようになった。だが、その講義内容はバラバラで、そのままでは学問的体系化ができないという憂慮があった。その後、鈴木雅次(東大教授)の提案を契機として新たな動きがあり、米谷栄二(京大教授)を中心にようやく昭和41年になって土木学会に本委員会が設置された。

 計画部門、設計部門、施工部門がこれからの土木技術を支える三本柱だが、なかでも計画部門がとくに遅れているように思う。

 これまで土木計画学は地域づくりにほとんど役に立っていない。私はかねてより過疎地域に重大な関心を持ち、なんとか生き生きとした地域づくりができないかと仲間たちといろんな取り組みをしてきた。にもかかわらず、過疎問題はいよいよ深刻になるばかりである。土木計画学、土木技術は過疎地域にはまったく無力なのである。では、いったい土木技術のどこがおかしいのか。

 土木技術というのは最も古い歴史をもつ技術といわれる。人類が生活を営み始めるにあたって、竪穴住居を作るに際してまず土地を掘削する必要があった。それを記した古い文献としては『淮南子(えなんじ)』という紀元前の中国の本がある。

 「昔、民は湿地に住み、穴ぐらに暮していたから、冬は霜雪、雨露に耐えられず、夏は暑さや蚊・アブに耐えられなかった。そこで、聖人が出て、民のために土を盛り材木を組んで室屋を作り、棟木を高くし軒を低くして雨風をしのぎ、寒暑を避け得た。かくて人びとは安心して暮らせるようになった」

 こんなことが『淮南子』の巻十三には記されており、そこに土木の語源と言われる「築土構木」という言葉が出てくるのである。著者は、人々が安心して暮らせるように築土構木を為すのは聖人であると言っている。土木技術の本質を言い当てていて大変興味深い。 また、「氾論訓」という解題がついていて、

 「世のさまざまの事柄について、広く古今にわたって得失の理を論じ、道によって教化し、大いに一なる真理を悟らせる……それがいま求められている。ゆえにいまここに、氾く論ずるのである」

 と唱えており、これまた土木技術の本質を考えるに重大な示唆を含んでいるように思う。 

 土木技術は、技術が一般にそうであるように経験を重んじてきたが、近世以降その理論面も逐次整備され土木工学として体系化されるようになった。しかし、右の「氾論訓」と照合して、現在の土木技術はいかに評価されるのであろうか。はたして時代の流れについていけるのだろうか? 世の技術者は、はたして「人びとが安心して暮らせるために築土構木を為す聖人」であると言えるのか? 「世のさまざまな事柄について、広く古今にわたって得失の理を論じ、大いに一なる真理」を見出すことができるのか? そう考えるとき、忸怩(じくじ)たるものがある。

 近代土木技術がここまで発展した今日、ようやくにして土木哲学を氾く論ずる時期がきたように思う。土木計画学は、国づくり、地域づくりを論じなければならない。土木計画は、平和の国づくりを論じなければならない。そのためにも、土台となる哲学を語らなければなるまい。

 

 

 

 註:以上は、最近上梓(じょうし)した拙著「劇場国家にっぽん」の中の一節ですが、私は、この一冊に、私の地域づくりのビジョンを掲げ、日本再生のヒントを挙げてみました。歴史のなかで光明を発する日本民族の魂と知恵。その魅力を紹介することが、日本の未来を切り拓くヒントになる、という衝動に駆られて筆をとりました。今こそ日本民族の魂と知恵の源泉をさぐり、この国のありようを検索すべきとき・・・・その思いに衝き動かされて筆をとった次第であります。この先、日本はどうなるのか? 日本人は何をなすべきか? 見えない未来に光を投げかけるのは、実は、歴史に埋もれた日本民族の魂と知恵ではないだろうか?

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