風土工学と「杜のくに・・・日 本」

 

[杜のくに・・・日本]  [土木計画学に何を期待するか]
[土木技術者よ! 哲学を語ろうではないか!]
[風土工学を取り込め!]



平成12年1月12日
参議院議員 岩井國臣


 

 我が国は世界有数の森 林国である。第五次全国総合計画にうたわれているように、多自然居住地域、つまり森林に恵まれた水源地域というか過疎地域こそ国土 づくりのフロンティアである。 

 実は、その五全総の策定に当たり、私は、流域の持つ本質的な意義について私見を発表したことがある。流域の重要性、そしてマナイズムの重要性、森の思想 の重要性を言いたかったのである。 全文はここをクリックして ほしい。

 昨年の9月、私達の「平成研究会」では、これから21世紀の我が国のあり方を議論し、考え方をまとめた。私はこれからのあるべき我が国の「国のかたち」 を議論する班に属すことができたので、そこで私は年来の考えを訴えた。
で、「杜の国・・・日本」ということになったが、そのくだりを紹介しておきたい。『・・・「杜のくに」・・・この「生き方」こそ近代進歩主義に代わる考え 方につながるのではないでしょうか。東洋のものでも西洋のものでもない我が国独自の国柄である「杜のくに」の思想と感性について、われわれは自分たちだけ のものとして大事にするのではなく、東洋の他の国や西洋諸国にも普遍的な価値として発信していってよいのではないでしょうか。・・・』 

 時代は物凄い勢いで流れている。激流だ。したがって、そういった時代の激流に制度がついていけないのは止むを得ない。そのために経済的社会的に大混乱が 生じるのも止むを得ない。現在の大混乱は、新しい世紀を生きるための産みの苦しみであり、単なる楽観は禁物であるにしても健全な意味での楽観主義でないと やっていけないのではないか。今述べたように、21世紀は日本の時代だと思う。私達は、明日の楽しみを夢みながら今の苦しみに耐えなければならない。よろ こびのうちに耐えるのだ。

 土木計画学研究委員会発足30周年記念のシンポジウムが、1996年の10月、東京で開催された。土木計画学は高度成長期に生まれた比較的新しい学問体 系である。新しい学問だけに大変遅れていると思う。シンポジウムにおいても、飯田恭敬土木計画学研究委員会委員長が土木計画学の地域の特異性などに対応で きていない問題点などを指摘されていたようだが、私も全く同感なのである。
土木計画学は地域づくりにほとんど役に立っていない。シンポジウムでは、さらに大石久和さん(当時の建設省大臣官房技術審議官)からは、「・・・・哲学が 欠けている。」との極めて厳しい指摘があった。その他いろいろと貴重な意見が述べられたが、この場では触れない。ここでは土木計画学の遅れている問題を鋭 く指摘しておけばそれで十分だ。 

 さて、土木技術はもっとも古い歴史をもつ技術といわれる。淮南子(えなんじ)という紀元前の中国の本があり、「築土構木」という言葉が出てくる。著者 は、人々が安心して暮らせるように築土構木を為すのは聖人であると言っている。土木技術の本質を言い当てていて大変おもしろい。なお、この文が出てくるの は、淮南子(えなんじ)の中の巻13であり「氾論訓」という解題がついているのだが、これは、「世のさまざまのことがらについて、ひろく古今にわたって得 失の理を論じ、道によって教化し、大いに一なる真理を悟らせる・・・そういったことが今求められている。それゆえに、今、私は、ここに、氾く(ひろく)論 ずるのである。」という意味であり、私は、これまた土木技術の本質を考えるに重大な示唆を与えているのではないかと思う。 

 平和を語るには、どうしても怨霊とか鬼或いは妖怪について語らなければならないようだ。小松和彦さんがその著書「憑霊(ひょうれい)信仰論」で 言ってお られるように、問題は、怨霊、鬼、妖怪とは何かと問うことではない。そうではなくて、そういった怨霊、鬼、妖怪のずっと背後にどういう真理があるのかとい うことこそが問題の核心なのである。 

 原爆ドームが私達の庁舎であったこともあって、私は、平和について語らなければならないし、「国際平和文化都市−ひろしま」について語らなければならな い。また、私は、地域づくりを専門にしている以上、平和の原理をふまえた「地域づくり」について語らなければならない。そのためには、どうしても、怨霊、 鬼、或いは妖怪のずっと背後にどういう真理がかくされているのか、その辺について深く探らなければならない。 

 中村雄二郎さんは、「デジタル社会の軽快さに流さずに、意味と存在の希薄化に対抗し、抵抗する強力なパトス<情熱>を大人は勿論のこと子供たちもひびの 生活の中で鍛え上げることである。それは、他人を蔑ろにする粗暴な力ではなくて、他人の痛みを感じ、開かれた感受性にもとづくような能力である。」とおっ しゃっているが、私も、魔物、奇怪な何ものかに操られないよう、子供のうちから、日々の生活中で、それらに抵抗する強力なパトス<情熱>を身につけていか なければならないのだと思う。そのための生活環境・・・生活空間が必要だ。そのための町づくり、地域づくりが必要なのだと思う。怨
霊、鬼、或いは妖怪たちの動きを鎮めなければならない。それらと向かい合わなければならない。そして、彼等と自分・・・さらには世の平和・・・安寧という ものを祈らなければならない。そのための知的なポトス<場所>が必要なのだ! 

 また、梅原猛さんは、「人間が生きていくということはどういうことなのか、それは植物も動物もみな同じ命であって、すべてのものはあの世とこの世を循環 しつつ、永遠に共生しているのだということを認識しなければならないと思います。そういう思想が人類に浸透したときに、人類は生き残る可能性がでてくるの だと思います。巨木の問題は文明の根底に関する問題であり、そして巨木を中心とする街づくりは、21世紀を正視する街づくりでなければならないと私は思い ます。」・・・・このように言っておられるが、こういうおおよそ工学の対象にはなりそうもない事柄についても土木計画学は問題にしなけれ
ばならない。土木計画学は梅原猛さんや中村雄二郎さんや小松和彦さんとの接点をもてるのだろうか。そうでないと明日の土木はない。土木の原点の原点に帰 れ!淮南子(えなんじ)「氾論訓」に帰れ! 

 土木研究センター風土工学研究所所長の竹林征三さんの卓越した識見と精力的な努力によって、「風土工学」という新しい工学ジャンルが創造された、この理 論を適用することによりこれからの地域づくりに大きく寄与することが期待されている。私の提唱す・・個性ある地域づくり、共生の思想にもとづく地域づく り、河童の棲む川づくり、巨木の町づくり、怨霊、鬼、妖怪の棲む町づくり・・・これらはとりもなおさず風土工学の課題といったらよかろう。風土工学の新た な展開を心から願い、そして「杜のくに・・・日本」の幸せを願いつつ、明日のよろこびを夢見ることとしたい。



[杜のくに・・・日本]  [土木計画学に何を期待するか]
[土木技術者よ! 哲学を語ろうではないか!]
[風土工学を取り込め!]