地域の持続的発展とは何か?


平成19年5月26日
岩井國臣



(1) 過疎化について

 現在、格差問題(註1)がいろいろな議論を呼んでいる。所得格差(註2)は確かに最近拡大してきている。原因は企業というか経済のグローバル化にあり、特に、ベルリンの壁が破れ、ソビエット連邦も崩壊、自由主義陣営というかアメリカの勝利がはっきりした、日本の年号でいえばちょうど平成になってひどくなってきているようだ。

 しかし、地域間格差、つまり過疎過密の問題は、高度成長期、つまり昭和30年代を通じて深刻化してきた。これは、農業と林業が、一般的には、国際競争に 勝てないいわゆる斜陽産業になったからであって、基本的には、所得格差の問題と同様に、国際競争というか貿易の自由化に原因があるとも言えるが、過疎化 は、都市化の進展に反比例して、昭和20年代から始まり、昭和30年代からひどくなってきた。島根県匹見町は、昭和33年に人口はピーク時のおおよそ三分の一に減った。

 国土交通省と総務省の調査によれば、(註3)全国のの過疎地域にある約6万2千の集落のうち、4%強にあたる2641集落が高齢化などで消滅する可能性があることがわかった。うち422集落は、10年以内になくなる可能性があるという。

注:限界集落(註4)
注:富山県議会での質問(註5)
注:阿智村の岡庭一雄村長(註6)



(2) 人間の幸せとは何か?

 私は、前に次のように述べた。(註7)すなわち、
『 フランシス・フクヤマという今をときめくアメリカの哲学者がおります。そのフランシス・フクヤマが言っております。真の自由とは世界でもっとも大切に されている価値観を政治の力で守る自由だと。そこでわたくしが思うには、世界でもっとも大切にされるべき価値観とは、地域の人々とともに風土を生きるその 充実感ではないでしょうか。』・・・と。
 「生きる目的」などというと様々な分野でいろんな人がいろんなことを言っているので、もう訳が分からなくなってしまうかもしれない。「人間の幸せ」とい うものも人によっていろいろだが、家族が仲良く暮らすということがもっとも常識的なことであって、家族の延長としての地域というものの意味を考え直すこと が大事になってきているのではないかと、私は思うのである。私たちは、まちがいなく歴史を生きている。過去は現在に繋がり、そして現在は未来に繋がってい る。私たちはそのプロセスを生きている。私たちは、地域の「歴史と伝統・文化」を生きなければならない。

 私は前に、場所(トポス)に関して、(註 8)『 田邊元は西田哲学「場所の論理」を静的直感として批判したが、私は、「場所の概念」というものは、或いは「場所」というものは、誠に大事であると 感じている。和辻哲学は、ハイデガー哲学「時間性にもとづく人間把握」に対抗して、「場所性にもとづく人間把握」として誕生し、それ以来「風土」の概念が 定着した。私は、人間というものを理解する上で、民族というものを理解する上で、或いは文化というものを理解する上で、「場所」とか「風土」というものが 何よりも大切であると考えている。』と述べ、次のような中村雄二郎の考えを紹介した。すなわち、

『 場所とは、私たち人間にとって、きわめて古くてしかも新しい問題である。哲学の歴史のなかでも、ギリシャ哲学以来の由緒ある問題である。ところがこの 場所の問題は、西洋の近代哲学ではほとんど顧みられることはなかった。なぜだろうか。一口に言って、場所の反対概念は主体(主観)であるが、その主体 (主観)が基体になったからであろう。主体(主観)が自立する方向をとったからであろう。すなわち近代人は主体としてできるだけ他者に依存せずに自立しよ うとした。デカルトの<われ思う、ゆえにわれあり>は、近代人のそのような欲求をもっともよく表すとともに、その根拠づけを行った画期的な主張であった。

 このように自己を根拠づけることによって、人間(個人)はその自立を推し進め、ここに近代思想と近代文明は、<主観〜客観>の図式のもとにその可能性を 徹底的に追求することができた。主観 (主体)の自立と能動性を前提として、外界や自然に対する働きかけや支配がいっそうすすめられた。けれども、その可能性がほとんど実現されそうになるに 至って、その行きすぎが人間自身の生存の基盤・・・たとえば生態系・・・を突き崩すことが次第に明らかになった。こうして、意識的な自我主体を内実とする 人間の自立ということがつよく疑われるようになった。自己(セルフ)と区別された自我 (エゴ)の自立性への疑いである。こうして、意識的な自我の隠れた存在根拠を形づくるものとして、あらた めて共同体や無意識や固有環境などが大いに顧みられるようになった。かって人間は、それらの場所からおのれを解放することによって活力を得た。けれどもそ のときには、その活力そのものが実は少なからずその場所に負っていたことに気がつかなかったのである。

 共同体や無意識は、固有環境とちがって、ふつういう意味での空間的な場所を形づくるものではない。が、それらは、意識的自我がそこにおいて成り立つ場あ るいは場所を形づくっている。つまり、共同体、無意識、固有環境のいずれにもいえることは、それらが人間的自己にとって、基体としての場所、場所 (基体) だということである。

・・・・(中略)・・・・

共同体や無意識と同様に、固有環境もまた、意識的自我の基体としての場所である。この固有環境という言い方は、生物学的、生態学的な意味合いがつよい。そ のかぎりでは、個体の生存と活動を成り立たせている生物学的、生態学的な基盤のことである。(中略)・・しかし固有環境ということは、心的な意味を含めて もっと広い意味で、人間についてもいうことができる。人間に関しては、それが、コロス的な共同体や無意識の具体的なあらわれでもありうるからである。ある 場所や土地の心的固有性を示す表現としてゲニウス・ロキ(土地の精霊)ということばがあるが、これは固有環境の心的側面をよくあらわしている。』 ・・・と。




(3) ビジター産業

 私は先に、ビジター産業のすすめと題して、次のように述べた。すなわち、
『 わが国は情報技術(IT)の最先端国家をめざそうとしている。今後いろんな取り組みが行われて、IT革命が進展するであろうし、それによって人々のライフスタイルも大きく変革されていくものと思われる。

 ライフスタイルの変革をもたらすのはIT革命だけではない。21世紀は平和の時代であり、コミュニケーションの時代であり、旅の時代である。そして何よ りも感性の時代であると思う。その新しい時代の動きに対応し、ライフスタイルも変革せざるをえないであろう。 そこで、新しい国土政策が求められ、コンテ ンツ産業とビジター産業を意識した新たな地域振興策が必要となってくる。

 コンテンツ産業とは、インターネットで入手する情報を作る産業のこと。各地域の歴史と伝統・文化に基づいて作られるものすべてがその対象となり、地域の 人々が幅広く従事できる。またビジター産業とは、いわゆる観光産業のほか、研修や会議、スポーツ大会、グリーンツーリズム、草の根国際交流などを対象と し、その整備からサービス提供までさまざまな職業があり得る。

 それは各産業を育てるための地域振興策であると同時に、それによる利益を積極的に活用する政策でなくてはならない。そのためには各機関においていろんな 試みが求められるが、国土交通省としても、その所管事業のなかで何か新しい取り組みを行わなければならない。新時代の二大潮流を意識しているところにこの 事業の新鮮味があるし、育成と活用という両義性を有しているところに国家政策上の意義がある。』

『 私たちは、これからに時代、「対称性社会の知恵」によって価値ある生き方を生きていかなければならない。白と黒、善と悪、都市と田舎、大企業と中小企 業・・・・。どちらに偏してもいけない。違いを認めながら共和する心が大事だという古代から連綿と続いている歴史的な知恵を「対称性社会の知恵」と中沢新 一は呼んでいる。

 都市と農山村との対立を超えて、互いに自立と尊厳を支えあう関係を作り出さないかぎり、私たちは生きる価値を失わずに生きていくことはできないのではな いか。農山村の問題は、決してマイナーな問題ではない。私たちは、今、「都市と農山村との共生」を進めなければならないのである。

 また、これもすでに述べたことだが、日本には「違いを認める文化」というものがある。もし文化面で日本が世界に大きく貢献できれば、世界は変わる。世界 平和のための国際貢献・・・・、これこそわが国の最大の課題だが、その基本は国際交流を深めることである。そして、国民参加の国際交流で大事なことは世界 の人びとに来てもらうことである。

 これらの観点から、ビジター産業をわが国のリーディング産業に育てることこそ、国土政策上、もっとも重要な課題であると言えるのではないか。 』・・・と。
 

 共生のための組織づくりが必要であるが、リージョナルコンプレックスができているか。コミュニケーションのための組織づくりが必要であるが、インターネットによるネットワーク組織ができているか。

 地域をひとつの国と考え、地域の貿易収支を管理する。すなわち、地消地産の思想に基づきできるだけ地場の資源を使う。また、外貨を稼ぐことのできる産 業、例えば観光産業を官民力を合わせて支援する。そのほか、外貨を稼ぐためには、官民力を合わせて、質の高いサービス産業を興さなければならない。その舞 台(インフラ)をどうつくるかが大事だ。舞台で演ずるは、地域住民はメディオンである。




(4) 地域資源をどう生かすか。

 これからあるべき地域づくりは、地域資源を十分に行かした「個性ある地域づくり」でなければならない。私は、今まで、「個性ある地域づくり」ということ を言いながら「交流活充運動」という運動を展開してきた。その目指すところは、地域の自然的特性、歴史・文化的特性にもとづき、人々の感受性の深層部分を 震わせるような気配りのされた個性ある地域づくりであって、それは「共生の思想」にもとづいて行われなければならない。地域の自然的特性、歴史・文化的特 性のうち、人々の感受性の深層部分を震わせるような地域資源は何かを考えねばならない。地域の人々は何が本物かを学習しなければならない。地域の知的水準の向上が何より必要だということだ。
 私は先に述べたように、(註9)日本は「文化観光」(註 10)にもっともっと力を入れていかなければならないし、「文化観光」のもっとも重要なものが「ジオパーク」である。「ジオパーク」は、もちろんユネスコ 認定の世界レベルのものから、国立レベルのもの、都道府県レベルのものもあって良いし、市町村レベルのものがあっても良い。否、そうあるべきである。今、 政府は、外人観光客1000万人を目標に頑張っているが、私は「フランス並み」を目標にすべきだと考えている。1000万人ではあまりにも小さすぎる。少 なくとも6000万人を超えなければならないのではないか。全国各地に「ジオパーク」ができれば、日本は観光立国としてフランスを凌駕することもけっして 夢ではない。問題の核心部分は「ジオパークの演劇性」(註11)である。それには地域の人びとが主役にならなければならない。「メディオン」(註12)だ。

 さて、よく地域づくりは人づくりと言われるが、地域づくりに取り組むサークルや団体が生き生きしていなければ決して良い地域づくりはできない。数名の サークルから大きな団体までいろんな組織があって、生き生きと独自の活動をし、そして、それらの組織が、ある共通のテーマで結ばれている、そういう地域社 会は生き生としている。
 福井県立大学の坂本慶一学長は、リージョナルコンプレックス(註 13)と呼んでおられるが、今後、我が国は、そういう地域社会の実現を目指さなければならない。交流はコミュニケーションと言い換えてもよく、また、共生 とコミュニケーションと連携は同根の言葉であるので、そういう地域社会は、共生、コミュニイケーション、連携をキーワードとする共生社会でもある。
 リージョナルコンプレックスを形成していくため、福祉その他各般の施策が必要であるが、国土政 策においてもそのことが重視されなければならない。地域における多くのサークルや団体が何を共通のテーマにして連携するのが適当なのか、今後、そういった議論が必要であろう。
地域資源はすべて活用する。人も資源である。したがって、サークル活動の活性化が必要で、共通の目標を目指したリージョナルコンプレックスをつくらねばならない。

 多くの人の参加が必要である。多くのメディオンが必要ということだ。


註1 http://www.mri.co.jp/COLUMN/ASPECT/NOGUCHI/20060328NK.html
註2 http://www.iser.osaka-u.ac.jp/~ohtake/paper/shotokukakusa.html
註3 http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/a070225.html
註4 http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%99%90%E7%95%8C%E9%9B%86%E8%90%BD&oldid=12089364.
註5 http://www.cty8.com/mitsuaki/katudo/2gatu/2gatu.htm
註6 http://tokyo-nagano.txt-nifty.com/smutai/2007/04/post_0c4d.html
註7 http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/kitaku01.html
註8 http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/nisida5.html
註9 http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/jionerai.html
註10 http://www.kuniomi.gr.jp/chikudo/news/2005/n_170830.html
註11 http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/20070203.html
註12 http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/04simizu.html
註13 http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/rijyokon.html