円仁と広隆寺の牛祭り

 

 

 天下の奇祭である広隆寺の牛祭りは、円仁によって始められたという。どういう人か知らないが、変わった坊さんがいたものよ、それにしても妙なお祭りを始めたもんだ、というぐらいでたいていの人は円仁という人物を知らないだろう。

 円仁とは慈覚(じかく)大師のことだが、ほとんどの人は大師といえば弘法大師を頭に描くのではなかろうか。しかし、本来、大師という称号は天皇からいただくもので、慈覚大師がその最初の人である。慈覚大師が日本で初めて大師という称号をもらい、後年、慈覚大師がもらったのなら最澄や空海にも与えてはどうかという動きがあって、伝教大師や弘法大師が誕生したのである。私としては、最澄も偉かったけれど円仁のほうがもっと偉かったのでは?と思っているぐらいだ。

  さあ、それでは広隆寺の牛祭りを紹介しよう。

 昼には「蚕の社」など近くの町内に提灯が立ち、その提灯が広隆寺に集まってくるのだが、提灯には難しい漢字が書いてある。「マダラシン」と読むが、写真のような字が当ててある。その提灯が集まってくる。行列は夜の八時から始まるのだが、魔多羅神の提灯は朝から家の戸口に飾られて、祭はすでに朝から始まっている。

 陽が落ちて七時頃になると、見物人が三々五々集まってくる。行列のあと祭文を読みあげる舞台の前は席をとる人でいっぱいとなる。牛祭りのお面を買う人たち。青鬼と赤鬼の誠に素朴なお面だ。いよいよ行列の開始。魔多羅神の提灯を掲げて各町内の人たちが一団で行く。三十二町内会の代表が魔多羅神の提灯を高々と掲げて行列に参加する。松明(たいまつ)も行く。なかなか雰囲気がある。

 来た・・・…鬼が来たぞ!赤鬼だあ! 魔多羅神も見えてきた。来た、来た…… たしかに来た。たしかに牛だ!

 行列は、広隆寺の外をひとまわりして、境内にしつらえた舞台の前に集合する。そして、祭文の読みあげが始まるや、祭りは最高潮に達する。薬師堂の前にしつらえた祭壇で、魔多羅神がまず祭文を読み、四匹の鬼がそれに唱和する。「神明を祭るは超福のはかりごと、霊鬼を敬うは除災の基なり!」……とか何とか叫んでいる。まあ、厳かななかにも実にユーモラス、愉快である。

 魔多羅神は、比叡山では現世利益の神として崇められてきたが、叡山の麓の赤山禅院で赤山明神、すなわち泰山府君として祀られてきた。人の生死を司る神であるとも、閻魔(えんま)大王の書記であるともいう。

 それにしても、魔多羅神とは何か? どんな神なのか? 魔多羅神はよくわからない神だ。私たちが道教とあまり縁がないからかもしれない。円仁がもたらした魔多羅神という神は、どうも道教の神らしいこと、その神が赤山禅院では大山府君として祭られているということ、そしてその神は比叡山では重きをなして祭られていることぐらいしかわからない。しかし、そもそも魔多羅神とは、道教の神だとしても、どういう御利益のある神なのか、そこがわからない。いや、それよりも、そういう異国の神をやすやすと受け入れたわが国の心がわからない。

 わが国の古来の信仰、わが国の心、それは「野生の思考」ということなのか?「後戸」の神、マダラ神こそ、21世紀を暗示するもっとも大事な神のような気がしてならない。

 

 註:以上は、最近上梓(じょうし)した拙著「劇場国家にっぽん」の中の一節ですが、私は、この一冊に、私の地域づくりのビジョンを掲げ、日本再生のヒントを挙げてみました。歴史のなかで光明を発する日本民族の魂と知恵。その魅力を紹介することが、日本の未来を切り拓くヒントになる、という衝動に駆られて筆をとりました。今こそ日本民族の魂と知恵の源泉をさぐり、この国のありようを検索すべきとき・・・・その思いに衝き動かされて筆をとった次第であります。この先、日本はどうなるのか? 日本人は何をなすべきか? 見えない未来に光を投げかけるのは、実は、歴史に埋もれた日本民族の魂と知恵ではないだろうか?

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