新しい歴史観について

 

 

 わが国の歴史観がなかなか定まらない。戦前は「皇国史観」が幅を聞かせていたが、今はそれでもってわが国の「歴史と伝統・文化」を語る人はほとんどいないが、かといって多くの国民の共通認識である新しい歴史観が出てきている訳ではない。そのために、靖国問題が政治問題になったりするのであろう。困ったことだ。

 フランシス・フクヤマが「歴史の終わり」を書いて自由の国・アメリカを礼讃する歴史観を示したが、あまり評判は良くなかった。梅棹忠夫の「生態史観」はまったく斬新な歴史観で世の注目を浴びたが、その後の発展はない。川勝平太の「海洋史観」が出てはいるが、これは、まあいうなれば、梅棹忠夫の「生態史観」の足らざるとことを補うという程度のものであろう。今、世界をリードするアメリカの未来を予測しうる歴史観でないと、世界の文明を正しく説明できないのではないか。

 私は先に次のように述べた。

 私の予感としては、黒曜石のロマンと黒潮のロマンを追求していけば、多分、「海洋史観」と「生態史観」を統合する・・・・新しい史観ができていくかも知れない。今西錦司の「棲み分け論」に繋がるところの・・・・「多様体史観」・・・・???? 私は、田辺元の「多様態哲学」にあやかって「多様態史観」と呼びたい気もするのだが、どうであろうか。「種の論理」をもととした歴史観というところか。生物も人間もすべて、その地域の地質や気候や生態系に適応して、仲良く棲み分けて・・・生きていく。世の中はそのように進化しているのではないか。フランシス・フクヤマは「歴史の終わり」を書いたが、私はやや意見を異にする。ヨーロッパ文明というかアメリカ文明がけっして終わりではないのだ。そのあとに日本文明という歴史がつづくのではないか?

 私はかって、『 私は、日本の「歴史と伝統・文化」の心髄は・・・・、「違いを認める文化」だと言ってきている。「違いを認める」ということは、(中略)「非対称アシンメトリー原理」が働いているということであり、「流動的知性」が働いていることである。「流動的知性」が働いているという点から言えば、「わび・さび文化」と言っても或いは「イキの文化」と言っても、それらは同じことでもある。それが「日本人の感受性」である。 』・・・と書いたが、世界の歴史は「非対称アシンメトリー原理」が働くように動いているのではないか。私にはそう思えてならない。そういう観点から世界の歴史を見る態度、それは「アシンメトリー史観」と言って良いかも知れない。

 

 先に述べた歴史観に関する記述は以上のとおりである。私には、世界の歴史は「非対称アシンメトリー原理」が働くように動いているのではないかと思えるのであるが、もしそれが本当だとするとこれは大変なことで、いずれは日本の世界化が進むということだ。アメリカに代わって・・・・ということだ。はたして世界の歴史は「非対称アシンメトリー原理」が働くように動いているかどうかの研究は学者に任せるとして、私は、日本の「歴史と伝統・文化」に何故「非対称アシンメトリー原理」が働くようになったか、その辺の事情を私なりに説明してみたい。まあ、問題提起というところか・・・・。

 二つ以上の文明がぶつかりあったときそこには非対称社会が出現するが、その非対称性が強すぎると文明のぶつかりあいによる飛躍はなく、ひとつの文明に他の文明が飲み込まれてしまうということになる。武力により巨大国家が出現すれば目を見張るような文明が勃興することがあるけれど、多くの場合は、その巨大国家が他の文明を飲み込んでしまうのであって、やがてはその文明は衰退の道を辿ることとなる。非対称性が強すぎるということはけっして好ましいことではない。しかし、完全に対称ということは普通あり得ないので、私は、「アシンメトリー」といっているのだが、「アシンメトリー」な文明のぶつかりあいによって飛躍があり、新しい文明が勃興するのではないか。例えば、ひとつの文明が他の文明を飲み込もうとするとき、飲み込まれようとする方の文明の方がそれなりに大きければ、衝突は興るけれど、かえって新しいエネルギーが起きてくる。この新しいエネルギーについては、田邊元の「多様態哲学」をもとに哲学的な思索を重ねるとともに、歴史的な事実を踏まえてよくよく考えてみる必要がある。しかし、その辺は歴史学者にお任せするとして、私はそういう指摘だけをすることとしてともかく先を急ごう。

 世界史の中で中国文明がもっとも永くつづいているが、中国の歴史をどう見るか、いちばん歴史観が問われるところだ。中原を目指してときには民族的というか大規模な武力侵攻が行なわれるなど、中原において激しい破壊が繰り返された。その結果、いろいろな文明が勃興したが、それらは破壊の繰り返しというべきで、非対称性が強すぎて文明の飛躍というものは生じなかったのではないか。すなわち、破壊と建設が中原において同時に行なわれたということであって、私の見るところ、「アシンメトリー」な文明のぶつかり合いというものではないように思われる。

 ヨーロッパの場合は、中国のように破壊と建設が中原において同時に行なわれたというようなことはなかったので、「アシンメトリー」な文明のぶつかり合いというものが生じて文明の飛躍的な発展が引き起こされた・・・ということではないか。現在のヨーロッパでは、「アシンメトリー」な文明のぶつかり合いというものはほとんど見受けられないので、今後、文明の飛躍的な発展が引き起こされるというようなことはちょっと考えにくい。まあ、大雑把な見方ではあるが、私はそんなふうに見ている。

 アメリカの場合はヨーロッパ文明の延長線で新世界が開かれて今日がある。問題はこれからだ。私は、アメリカは多民族国家ではあるけれど非対称性が強すぎて到底「アシンメトリー」な社会ではないと見ている。日本の影響によってアメリカが「アシンメトリー」な社会に変貌すればアメリカの世界化はこれからもずっとつづくと思うが、どうであろうか。それはむつかしいのではないか。だとすればいずれ日本の世紀がやってくるのではないか。

 さあ、それでは、日本が何故「アシンメトリー」な社会になったのか、その源流・旧石器時代の旅を続けるとしよう。旧石器時代における世界の最先端技術は、スンダーランドに端を発する丸木舟による航海技術とアムール川に端を発する黒曜石による細石刃の加工技術である。そのどちらの技術をも備えていた社会というものは、世界の中で、日本列島だけである。日本列島だけが丸木舟による航海技術と黒曜石による細石刃の加工技術という世界最先端技術をふたつとも備えていたのである。これはすごいことだ。その様子を探る旅を今始めているのだが、先にひきつづき、黒潮文化を見ていくとしよう! 次は「八重山群島の古代文化」です

 

 

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