土木計画学に何を期待するか

 

                                    平成11年12月吉日                            参議院議員 岩井國臣

 

 

 土木計画学研究委員会発足30周年記念のシンポジウムが、平成8年10月、東京で開催された。土木計画学は高度成長期に生まれた比較的新しい学問体系である。すなわち、高度成長期に入り、明治以来、鉄道工学、河川工学、橋梁工学といった対象施設ごとに組織されていた科目や講座体制を見直し、交通や水資源などの現象ごとに講座を改める提案がなされるようになった。この流れの中で、昭和30年代後半からいくつかの大学で「土木計画」の講義が開設されるようになったが、講義内容はバラバラでありそのままでは学問的体系化ができないという憂慮が広がった。その後、東京大学鈴木雅次教授の提案を契機としていろんな動きがあり、京都大学米谷栄二教授を中心にようやく昭和41年になって土木学会に本委員会が設置された。  

 計画部門、設計部門、施工部門がこれからの土木技術を支える三大支柱だが、私は、計画部門が大変遅れていると思う。大問題だ。30周年記念シンポジュームにおいても、飯田恭敬土木計画学研究委員会委員長が土木計画学の地域の特異性などに対応できていない問題点などを指摘されていたようだが、私も全く同感なのである。土木計画学は地域づくりにほとんど役に立っていない。

 さらにシンポジュームでは、「これまでの研究は、プロジェクトの推進が暗黙の前提となっており、制度や法律の問題には踏み込めていない」との指摘があったし、大石久和さん(当時の建設省大臣官房技術審議官、現道路局長)からは、『土木計画学は、社会資本整備のための理論的な裏付けを行うべきである。先進国へのキャッチアップが終わったかのように見えるが、欧米は次の段階へのスタートを切っている。また東アジア諸国の台頭も著しい。国土経営の努力がまだまだ不十分な中で公共事業不要論が流布すること自体が、今の計画学の大きな欠陥を物語っている。つまり時代、自然、社会条件に関する基本認識が欠如している。国土整備においても均衡論に代わる理念、哲学が欠けている。何のために、どこに、何を備えることによって、どのような国土を作ろうとするのかというビジョンがわからない。計画学は、これらを理念、理論、実体、実証で支える役割がある。社会への情報発信がきわめて重要である。』との極めて厳しい指摘があった。

 

 「土木計画学と防災研究」と題して、河田恵昭京都大学教授(防災研究所)からも話題提供がなされた。 河田先生は阪神震災復興岩井フォーラムの主力メンバーである。要点は次の通りである。

 『従来の災害対策は、設計外力をまず想定し、それ以下の外力に対しては構造物の設計を通して減災(ミチゲーション)を図るという方法がとられてきた。大きな災害が発生すると、設計外力や設計法の見直しが行われたが、構造物による災害制御が主な対策であり、そこに計画学の入る余地はなかった。災害は時代とともに進化する。特に都市が糖尿病的な体質を持つようになり、災害への脆弱性が増している。都市づくりや地域づくりにおいて、防災の観点が必要となっている。また1995年の阪神・淡路大震災は、設計外力以上の事態に事後的にどう対処するかというクライシス・マネジメントが必要であることを示した。これからは事前のリスクマネジメントと事中事後のクライシスマネジメントを含むスパイラルな社会的ミチゲーションを目指す必要があり、計画学への期待は大きい。防災研究において計画学が果たす役割を考えると、計画の軽視と歴史の軽視という2つの問題点が指摘できる。これまでの公共事業には事業アセスメントはあるが計画の妥当性をチェックする計画アセスメントがない。この計画の軽視が土木計画学を要素還元的な解析に留めてしまった。また、現在の地域や都市の姿を過去からの歴史の延長として捉えていない。過去の計画に適用された学問の成果に対するチェックがない。土木計画学の研究者は、計画という名の下に、個人的な思いを述べているに過ぎないのではないかという疑念を感じる。』

 

 内藤正明京都大学教授(環境工学)から「21世紀の社会像と土木計画学の役割」と題して、環境工学の立場からの話題提供がなされた。その要旨は以下のようである。

 『地球環境は2020年ぐらいには破局状況に至ることを前提として、持続的なシナリオをどう見つけるかを議論する必要がある。地球環境問題の背景、対応において、技術・社会・思想的な課題がある。さらにどんな未来像を描くのかという点では、価値規範、評価指標、実現シナリオを明らかにする必要がある。我々は今、シナリオ選択の時期にきている。途上国の状況を考えても大丈夫であろうとすれば、社会を変革し、循環・共生型社会へのシナリオしかあり得ない。「循環と共生」のための指標づくりが必要である。最近省エネや省資源のように「エコ」の視点が単体物や構造物には適用されつつある。しかしそれを、都市・地域に適用する視点は不十分である。またEnd of Pipe アプローチから ZeroEmmission アプローチへの転換が必要である。』

 

 また、森清和よこはま川を考える会代表 は 「エコアップ計画のプロセスと環境ムーブメント」と題して以下のような話題提供を行った。森さんは私の古い仲間である。その要旨は次の通りである。

 『日本にはとんぼつり、蛍狩りのように、虫などの小動物と戯れる文化があった。しかし最近の子どもは虫嫌いが増えている。人間と自然の関係性を復権を目指して、環境のエコロジカルな改善を行うのがエコアップであり、横浜でも総合計画の中に位置づけて、さまざまな取り組みがなされている。また岐阜県土岐川のワークショップでは、共通イメージとして「河童の住める川」を設定し、汚い川がきれいになるプロセスを楽しむ動きがある。土木はこれまでインフラ建設に集中しすぎて環境ストックを軽視してきた。土木事業にエコアップの考え方を付加するのではなく、事業そのものにエコアップの思想を内包化させる必要がある。 

 関係性の復権のためには事業主体と市民主体との共同作業が必要であり、施工段階や管理段階からではなく、計画段階からの市民参加が不可欠である。目標をどう設定するのか、誰がどのような方法で決めるのかが重要な問題であり、合意形成プロセスの研究が土木計画学に求められる。』

 

 その他にも大変貴重な指摘があったが、この場では触れない。ここでは土木計画学の遅れている問題を鋭く指摘しておけばそれで十分だ。 

 

 さて、土木技術はもっとも古い歴史をもつ技術といわれる。人類が登場して生活を営み始めるにあたって,竪穴住居をつくるにしてもまず土地を掘削する必要があった。その辺のことを書いた文献としては淮南子(えなんじ)という紀元前の中国の本がある。淮南子(えなんじ)には、「むかし民は、湿地にすみ、穴ぐらに暮らしていたから、冬は霜雪、うろに耐えられず、夏は暑さや蚊・アブに耐えられなかった。、そこで、聖人が出て、民のために土を盛り材木を組んで室屋を作り、棟木を高くし軒を低くして、雨風をしのぎ、寒暑を避けるようにさせた。かくて人々は安心して暮らせるようになった。」といういう意味のことが書かれており、実は、そこに「土木」の語源と言われている「築土構木」という言葉が出てくるのだが、著者は、人々が安心して暮らせるように築土構木を為すのは聖人であると言っている。土木技術の本質を言い当てていて大変おもしろい。

 なお、この文が出てくるのは、南子(えなんじ)の中の巻13である。「氾論訓」という解題がついているのが、これは「世のさまざまのことがらについて、ひろく古今にわたって得失の理を論じ、道によって教化し、大いに一なる真理を悟らせる・・・そういったことが今求められている。それゆえに、今、私は、ここに、氾く(ひろく)論ずるのである。」という意味であり、私は、これまた土木技術の本質を考えるに重大な示唆を与えているのではないかと思う。 

 土木技術は,技術が一般にそうであるように経験を非常に重んじてきたが,近世以降その理論面も逐次整備され,土木工学として体系化されるようになった。しかし、「氾論訓」に照らしたとき、現在の土木技術というものはどのように評価すればいいのであろうか。現在の土木技術が時代の流れについていけているのだろうか。我々土木技術者は果たして「人々が安心して暮らせるために築土構木を為す聖人」であると言えるのか。我々土木技術者は、果たして、「世のさまざまのことがらについて、ひろく古今にわたって得失の理を論じ、大いに一なる真理」を見い出し得ているのか、・・・・そういったことを考えたとき、内心忸怩たるものがあるのではないか。

 私は、近代土木技術がここまで発展した今日、ようやくにして土木哲学を「氾く(ひろく)論ずる」時期がきた・・・そのように思えてならない。土木技術には計画部門、設計部門、施工部門がある。これらは土木技術を支える三大支柱だが、計画部門がこれからの大きな課題だということだ。土木計画学は、国づくり、地域づくりを論じなければならない。土木計画学は、平和の国づくりを論じなければならない。そのためには、哲学を語らなければならないのだ!