土木技術者よ! 哲学を語ろうではないか! 

 

 

平成11年12月15日

参議院議員 岩井國臣

 

 平和を語るには、どうしても怨霊とか鬼或いは妖怪について語らなければならないのではないかと、今、私は考えている。20世紀は戦争の時代であるといわれているが、21世紀は平和を真正面から追求する時代でなければならない。我が国は世界で唯一の被爆国ということもあって、我が国は、21世紀において積極的に平和を語らなければならないと思う。私は、広島で中国地方建設局長を足掛け4年もやらさせていただいたお陰で、広島とはずいぶん御縁ができているが、いうまでもなく広島は国際平和文化都市である。これからの広島の有り様を考えるには平和を語らなければならないが、そのためには、どうしても怨霊とか鬼或いは妖怪について語らなければならないのだ。それが長い間考えた末の私の考えである。これから少しその辺を述べてみたいと思う。ここで大事なことは、小松和彦さんがその著書「憑霊(ひょうれい)信仰論」で言っておられるように、問題は、怨霊、鬼、妖怪とは何かと問うことではない。そうではなくて、そういった怨霊、鬼、妖怪のずっと背後にどういう真理があるのかということこそが問題の核心なのである。

 原爆ドームが私達の庁舎であったこともあって、私は、平和について語らなければならないし、「国際平和文化都市」ひろしまについて語らなければならない。また、我が国がこれから平和の国づくりに邁進していかなければならないのだとすれば、私は、地域づくりを専門にしている以上、平和の原理をふまえた「地域づくり」について語らなければならない。そのためには、どうしても、怨霊、鬼、或いは妖怪のずっと背後にどういう真理がかくされているのか、その辺について語らなければならない。

 中村雄二郎さんは、「デジタル社会の軽快さに流さずに、意味と存在の希薄化に対抗し、抵抗する強力なパトス<情熱>を大人は勿論のこと子供たちもひびの生活の中で鍛え上げることである。それは、他人を蔑ろにする粗暴な力ではなくて、他人の痛みを感じ、開かれた感受性にもとづくような能力である。」とおっしゃっているが、私も、魔物、奇怪な何ものかに操られないよう、子供のうちから、ひびの生活の中で、それらに抵抗する強力なパトス<情熱>を身につけていかなければならないのだと思う。そのための生活環境・・・生活空間が必要だ。そのための町づくり、地域づくりが必要なのだと思う。怨霊、鬼、或いは妖怪たちの動きを鎮めなければならない。それらと向かい合わなければならない。そして、彼等と自分・・・さらには世の平和・・・安寧というものを祈らなければならない。そのための知的なポトス<場所>が必要なのだ!

 また、梅原猛さんは、「人間が生きていくということはどういうことなのか、それは植物も動物もみな同じ命であって、すべてのものはあの世とこの世を循環しつつ、永遠に共生しているのだということを認識しなければならないと思います。そういう思想が人類に浸透したときに、人類は生き残る可能性がでてくるのだと思います。巨木の問題は文明の根底に関する問題であり、そして巨木を中心とする街づくりは、21世紀を正視する街づくりでなければならないと私は思います。」・・・・このように言っておられるが、こういうおおよそ工学の対象にはならない事柄についても土木計画学は問題にしなければならない。

 土木計画学は梅原猛さんや中村雄二郎さんや小松和彦さんを越えれるのだろうか。越えれないとしてせめて話ぐらいはできるのか。土木計画学は梅原猛さんや中村雄二郎さんや小松和彦さんとの接点を持てるだろうか。少なくともそれぐらいのことができないようでは、明日の土木はない。土木の原点の原点に帰れ! 南子(えなんじ)「氾論訓」に帰れ! 土木技術者よ! 哲学を語ろうではないか!