ジ オパークのイメージ(議論のたたき台)
 
 
 
 

*ジオパークとは、観光のために地域の人々が自ら作る新しい概念の公園であり、地域全体を対象区域とするものである。そして、官民が力を合わせて観光のた めのインフラ整備をするものである。その場合のコンセプトは、ジオ(地球)であり、地域の共通感覚は、国内の他地域との繋がり、東アジアとの繋がり、アメ リカとの繋がり、太平洋諸島との繋がり、世界との繋がり、さらには宇宙との繋がりを強く意識した・・・・地球的感覚である。それらの繋がりは、関係と言い 換えてもいいが、地質学的見地、地理学的見地、生態系学的見地、歴史学的見地、文化的見地から学問的、専門的に検討される。したがって、ジオパークは、地 質公園と呼んでもいいし、地理公園と呼んでもいいし、生態系公園と呼んでもいいし、歴史公園と呼んでもいいし、文化公園と呼んでもいいが、それらを総称し て地球公園と呼ぶこともできよう。
そ して、その場合,基本的に大事なことは、地理学者を始め専門家の力によって、その地域の観光資源、つまりその地域の光り輝くものとは何か、そのことが地域 の人々に十分理解されていなければならないことである。
 
* 近年、地球学というまったく新しい学問が始まっているが、日本ジオパークは、それとの関係を意識することが望ましい。「地球学とは、フレームを地球にと り、テーマとしては人間圏に関することがらを新たな方法論を用いて論じる知的体系」・・・と言われている。ジオパークは,地球公園として,そういう新しい 学問から得られた知見を判りやすく一般に説明する「場」でもある。
 
*  日本の「歴史と伝統・文化」の心髄が「違いを認める文化」にあり、そういう意味では、日本では歴史的に見て「平和の原理」が働いてきたといえる。それを 「平和の論理」として世界の人びとに語って行かなければならない。日本のジオパークは、そういうわが国における「違いを認める文化」というものをどのよう に世界の人々に説明していくか・という・・・・大変むつかしい課題に挑戦するものでもある。
 
* 「違いを認める文化」を語る場所は当然歴史的遺産が中心になるが、その他の新たな場所の演出にあたっても、その歴史的背景や伝統や文化が密かに感じられる ことが肝要で、日本ならではの「和のスピリット」というものが強く意識されなければならない。「和のスピリット」の出現する聖なる空間というものは「宇宙 との響き合い」のできる貴重な空間であるが、空、地質、水に関わる場所のほか、縄文遺跡がある。縄文遺跡は、「宇宙との響き合い」のでき空間となるようう まく演出されることが望ましい。縄文遺跡を中心として,日本の典型的なムラ構造(ムラ,ノラ,ハラ)をジオパークの歴史的遺産に認定すると良い。ジオパー クの歴史的遺産は,それを保全するのが目的でなく,しかるべき保全をしながら必要なインフラ整備をして,大いに観光に役立てていこうとするものである。
 
* ジオパークでは、その地域における、地質的、地理的、生態系的、歴史的、文化的な「永遠的対象」を専門家が語る。そしてそういう専門家と地域リーダーの研 究会ができ、さまざまな文化活動が行われるようになり、都会からの交流人口が増え、田舎暮らしをする人が徐々にでも増えてくると、自ずと年寄りの意識も変 わっていくだろう。つまり、これはとりもなおさず、「永遠的対象」が場所(コーラ)に作用し田舎の人々の意識が変わる・・・ということだ。地球的、開放的 になるのである。流動的知性という点では、「スピリット」や「空(くう)」の働きも重要であるが、地球的感覚や開放的感覚が身に付くかどうかということに なると、「永遠的対象」が場所(コーラ)に作用するかどうかということが決め手になるのかもしれない。「コーラ」とは、「永遠的対象」、これを大雑把にい えば真実とか真理ということになるが、その働きかけを待っている受容体のことであり、その働きかけがあれば、何か意味のあるものが生成される・・・・、そ のような場所のことである。地域の人々は、自らの地域に誇りを持ちながら、自らの知見と感覚によって、観光客のためのインフラ整備をするが、ジオパークに おいて、「スピリット」や「空(くう)」もさることながら、プラトンの「コーラ」という哲学概念が地域リーダーに充分理解されなければならないと考えてい る。専門家の行う専門的な語りと地域リーダーの行うわかりやすい語り、この二つの語りが重要である。この二つの語りがあってはじめて、田舎を元気にすると 同時に都会の若者を元気にすることができる。かかる観点から、私は、ジオパークなくして、今の若者に生き甲斐を与えることはできないと考えている。市町村 レベルのジオパーク、都道府県レベルのジオパーク、ナショナルレベルのジオパーク、ユネスコレベルのジオパーク、それら多種多様なジオパークを全国至る所 に作ることができれば、日本はいよいよ創造的な国に発展していくし、外国人観光客も大幅に増えるに違いない。ジオパークでいちばん大事なキーワードは、プ ラトンの「コーラ」である。
 
* 日本のジオパークは、観光開発として整備するだけでなく、地域の人々の感性に強い影響を与える基本的な生活環境として整備されるなければならない。風土も そうだが、環境というものは人々の感性に強い影響を与える。環境にはいろいろあって、地質学的な環境、地理的な環境、生態系的な環境、歴史的な環境、文化 的な環境などがある。そういった環境がうまく整えられた「場所」では、人々の感性はそれなりに養われるし、それなりの学習も自ずとできる。門前の小僧習わ ぬ経を詠む・・・という訳だ。
 
* 地域の人々が自ら活動するもっとも基本的なものは、ソフト面ではお祭りその他の芸術文化活動であり、ハード面では地域の環境整備と手作りの案内板やベンチ などの利便施設の整備である。地質学的な説明などの地球学的な説明は、ジオパークのもっとも根幹をなすものであるにもかかわらず、きわめて難しいので、イ ンストラクターの活動が不可欠である。つまり、ジオパークは地域の人々が主役であり、インストラクターが脇役となる。民間企業と行政はそれらを支えるとい う役割分担となる。清水博の「場の思想」が言うように、地域の人びとは「メディオン」となって、一人一人の存在感を示しながら、舞台の上の即興劇をイキイ キと演じなければならない。そして、地域の人びとがイキイキと存在感を示しながら生きていくためには、競争社会ではダメであって、市場経済の弊害を緩和し なければならない。そのためには、贈与経済の部分を増やしていく必要があり、ミヒャエル・エンデの言うところの「地域通貨」の普及が不可欠であると思われ る。かかる観点から、日本のジオパークは、そういう「地域通貨」という新しい課題に挑戦することが必要かもしれない。
 
* 民間企業は、博物館や宿泊施設などのサービス施設を整備するものとするが、その際、地域の光り輝くものが何か、その地域と他地域との繋がりはどうなってい るか、芸術的に実感できるよう工夫されていなければならない。実感できるということは、理屈でなく感覚的にとらまえることができるという意味である。行政 は、地域の人々と連携して、博物館を建設するほか,道路や河川の環境整備を行う。特に、遊歩道の整備に当たっては、地域の環境整備と手作りの案内板やベン チなどの利便施設の整備が不可欠である。
 
* 「空(くう)」は、仏教の心髄であると同時に日本文化の心髄でもある。したがって、外国観光客に日本文化の心髄を判っていただくには、何んとしても「空 (くう)」を語らねばならない。私としては、それをジオパークの一つの目玉にしたい。しかし、「空(くう)」を語るのは大変難しい。専門家が少ないという ことだ。したがって、観光関係者で文化観光研究会を作り、素人なりに文化の勉強や宗教の勉強を重ねていくことが必要かもしれない。その上で、私としては、 お寺さんに文化観光の一翼を担っていただくよう働きかけていきたい。寺は、貴重な地球的、宇宙的空間である。貴重なジオ的空間と言って良いだろう。おおい に「空(くう)」を語ってもらいたいものだ。