風土工学と地域通貨

 

 昨年( 平成17年)の7月22日に、 「第8回 風土工学シンポジウム」があり、私は次のように申し上げた。

 『 世界の中で、特にいまものすごい勢いで自分のところの文明というのか、文化というのか、席巻しているところがアメリカですけれども、そういった流れにどう歯止めをかけるのか。私は世界のアメリカ化、グローバル化、あるいは現代科学文明というものによって、大変心配しているのが、田舎がなくなってきているということです。過疎地域の過疎がどんどん進んでおります。東京の一点集中はいまだに止まらず、歯止めがかからないんです。その反面、過疎地域はどんどん過疎が進んでいます。1万 4,000ほど集落あるんでしょうけれども、集落自体がなくなりつつあります。そういうことに対してどう思うのか、どう対処するのかというのが、私ども大変懸念しているわけです。』

 『小泉さんの政策についてはいろいろ意見あるかもわかりませんが、一昨年、本会議場で、これから日本は観光で生きていくということで、観光立国宣言をされた、そのことについては先ほどからいろいろと申し上げた、私の考えとピタッと一致しておりますので、大変すばらしい政策課題であろうと思います。

 観光立国ですと、どんな市町村、過疎地域でも風土があるんです。その風土を活かしてやっていけばいいわけだから、どこでもチャレンジができるように思います。そのときに、我々はシステムエンジニアです。観客は観光客、地元の人たちがメディオン、即興劇を演じている。我々システムをつくる側としてはどういうものを、どのようにつくるかということは極めて大事です。』

 つまり、過疎地域を救うのは風土の生かし方である。それには地元の人たちが主役となって活躍しなければならないが、そのためのシステムづくりは私たちシステムシビルエンジニアの責任ではないか。土木技術者たるもの、道路をつくり河川を整備するだけではダメだ。風土を生かす術を技術として確立しなければならない。私が竹林さんの進めておられる「風土工学」に大きな期待を寄せるゆんである。また、私は、次のようにも言った。

 『 フランシス・フクヤマの「真の自由」、真の自由とは、社会で最も大切にされている価値観、それを政治の力で守る、そういう自由だ。社会で最も大切にされている価値観というのは何か、地域の人々とともに風土を生きる、その充実感である。(中略)「私は人々の心を衝き動かす動機となる文化的な価値観、それは地域の人々とともに風土を生きるその充実感であるが、そういうものを蘇らせることが極めて重要である。そういう地域の人々とともに風土を生きる」。そのためにはまずは何といいましてもコミュニティの再生が不可欠である。地域的なコミュニティは農山村でしか再生できないのではないか。都市では職業的なコミュニティとか、趣味的なコミュニティというものがあり得ますので、当然そういったものについての再生というのはあり得ると思います。しかし、地域的な意味でのコミュニティというのは難しいのではないか。』

 『 地域的なコミュニティが職業的・趣味的なコミュニティとつながって、世界につながっていく。日本の新しい歴史が始まるのです。』

 『 科学文明というのは物質です。物質ですけれども、心の問題が抜けておるのではないか。我々の土木、いままでの土木にも心の問題が抜けていたのではないか、それを入れようしているのが竹林さんの風土工学だろうと理解できるんです。』

 つまり、私は、全国的な視野で、或いは世界的な視野で「地域」というかコミュニティの重要性を考える必要があると考えており、「地域」と考える場合、地域における風土、つまり心の問題が文明論的な意味での核心だと考えているのである。シンポジュームでは、市場原理だけが経済ではない・・・・、「贈与経済」というものが大事だ・・・・という中沢新一さんの考えを紹介しておいたが、それは、「地域」というかコミュニティの再生を図る場合、「地域通貨」が決め手になると私が考えているからだ。風土工学にもとづいて地域づくりをしていく場合、もちろん行政の力は大きいが、地元の人たちが主役となって活躍しなければならないのであって、地元の人たちが主役となって活躍するかしないかは「地域通貨」が決め手になるのである。市場経済だけでは風土工学はその力を存分発揮することは難しい。贈与経済の部分があって風土工学はその真価を発揮し得るのである。

 

 「地域通貨」について、私は、「緑の資本論」と「エンデの遺言」に触発されて、少しずつ勉強してきている。その勉強の内容については私のホームページ「劇場国家」の「愛の通貨」をご覧いただきたいが、残念ながらまだ「地域通貨」の政策提案ができる状況にはない。いろいろな方の助けも借りながらいずれ政策提案をしたいと考えているが、今ここでは、とりあえず思いつくままに私のイメージを紹介しておきたい。

 

*土地および水面は、本来、公共のものである。土地は、国有地、都有地、道有地、県有地、府有地、私有地、町有地、村有地に分類されるが、それらは、原則として、予算の許す範囲で極力増やした方がいい。

*国有林もまさに然りで、その所有と営業とは、別に分けて考えなければならない。営業については、PFIという手法がすでに用意されているので、それを活用すればいい。民間主導の国有林経営ができる筈である。今、間伐のできていない山林については、国有林として国が買い上げるべきである。そして、「地域通貨」を使って、間伐を行なうのだ。緊急に・・・だ。

*土地は、劣化しないので、消滅するおそれのないものに限り、証券化して、その資産価値の利活用を図るべきである。土地というものは、本来、自然の恵みによって食料などの日常生活品を生産するとともに、私たちの生活空間を提供するものであって、価値の増殖機能というものはない。したがって、本来、利子のつく貨幣でこれを購入するのは不合理だ。

*したがって、国有地証券は、利子のつかない「地域通貨」で購入するのが適当である。地域通貨の発行主体は、国有地証券を購入して、地域通貨の「本位」とする。ここに「本位」とは、兌換貨幣の兌換対象となるものである。本位制(兌換貨幣制のことで本位貨幣制と言っても良い。以下において同じ。)においては、兌換準備として、実際に価値のある兌換対象物が必要である。今、ここでは国有地証券を念頭においている。私は、以下において、実際に価値のある兌換対象物を「本位財」と呼ぶことにする。

 

*わが国も現在いろいろな「地域通貨」が試みられてるが、本格的なものはなにひとつない。私が本格的という意味は、わが国の経済に実際的な影響力を発揮しているかどうかという意味であり、具体的にいえば、その「地域通貨」が「円」と交換できるかどうかということである。今のところ「円」と交換できる「地域通貨」はひとつもない。そこで、私は、「円」と交換できる「地域通貨」を早急につくらなければならないと思う訳だ。経済的に本当に意味のある「地域通貨」をつくらない限り、それぞれの地域において、過疎地域も含めて、「地域力」はつかないと思う。

*「地域通貨」は、もちろんボランティア活動によって始めて成り立つものであり、地域のボランティア活動が如何に行なわれているか、いつにそのことにかかっている。リージョナルコンプレックスが成立し活発に活動できれば、それによって本格的な「地域通貨」は十分可能であると思う。それには行政のバックアップが必要であろう。行政のバックアップがあれば、現在悪戦苦闘している「地域通貨」は容易に本格的なものにあるであろう。

*。行政のバックアップがあって地域住民に「地域通貨」に対する十分な信頼ができれば、「地産地消」のかけ声のもと、「地域通貨」がその地域において十分流通するはずである。地域をひとつの国と考えて、域外との交易を国レベルにおける貿易と考えてもらいたい。外国との貿易に為替交換があるように、「地域通貨」についても為替交換(円との交換)がなければならない。すなわち、「地域通貨」が本当に経済的な意味を持つには、「円」との交換が不可欠で、それを国の責任で可能ならしめなければならないのである。

*問題は「円」との交換である。それができるかどうかである。そこで必要となるのが、上記に述べた土地証券を兌換準備とする本位制度である。上記には、国有地の証券化だけを取り上げたが、実際は、都有地、道有地、県有地、府有地、私有地、町有地、村有地すべてにおいてその証券化を行なうべきである。土地証券を本位として、「地域通貨」の地域における信頼は磐石なものになるであろう。

*土地証券は、「地域通貨」の発行主体が「地域通貨」で購入すればいい。「地域通貨」の発行主体は「地域通貨」をまったく自由に発行できる。量的に・・・だ。もちろん、その流通の程度に応じてであるが・・・・。要は、「地域通貨」がどの程度流通するか・・・その程度である。「地域通貨」がどの程度流通するかということは、リージョナルコンプレックスの活動の如何にかかっている。

 

*リージョナルコンプレックスのまずやるべきことは、「地域通貨」で商品を購入できるよう、できるだけ多くの農家等生産者、理髪店等商店に会員になってもらうことである。

*リージョナルコンプレックスが次にやるべきことは、できるだけ多くの地域住民に会員になってもらうとともに、ホテル等ビジター産業を会員になってもらうよう働きかけなければならない。地域住民は「地域通貨」で地域の商品を購入するし、自分でできる介護等のサービスや趣味でつくった刺繍等の商品を地域の人びとに販売する。ホテル等ビジター産業ではビジターが「円」でサービスを販売するが、ホテル等ビジター産業は、得られた「円」を「地域通貨」と交換して、地域の人びとの労働やサービス並びに地域の商品を購入する。「円」と「地域通貨」との交換は、「地域通貨」の発行主体がそういった為替業務を兼務してもいいし、そういう為替業務をやる機関をつくってもいい。私のイメージとしては、リージョナルコンプレックスと市町村と地元の銀行が一緒になって、「地域通貨」の発行業務と為替業務を行なう特別の目的を持った会社、いわゆるSPCをつくる・・・というイメージを持っている。「地域通貨」のSPCは、これからの新しい「公共インフラ」であり、先に述べたように市町村に対し・・・国有地証券を販売するとともにPFIの債務負担行為をおこなう・・・という形で、国は地域に対し財政的な支援をする必要がある。これらの財政的な支援は、なんら現金を必要としない。

*「地域通貨」の流通過程で税をとってはならないが、「円」と「地域通貨」との交換にあたっては税をとればいい。「地域通貨」によって地域の経済活動が活性化してくれば、「円」もそれなりに動くし、そうすれば、それに伴っての税収もある。この「一国二通貨制」によって、地域経済が活性化するとそれなりに税が入ってくる。それが国のメリットであるが、国のメリットはそれにとどまらない。すなわち、全国各地で「地域通貨」が使われるようになると、国に「地域通貨」が溜まってくる。もちろん、「地域通貨」の成長物語がなければならないが、「地域通貨」が長期的に成長していけば、国は溜まった「地域通貨」を「円」に交換して、「地域通貨」を吐き出すとともに、その「円」は累積した国債の償還に当てれば良い。そういうメリットもあるのである。

*地域において、ビジター産業が振興していけば、「地域通貨」のSPCには、「円」が溜まってくる。その「円」は、地域の活性化のために行なう外務委託事業に使っていけば良い。リージョナルコンプレックスは、インターネットなどを通じて外部に働きかけ、ビジター産業の振興を図る必要がある。私の考えでは、リージョナルコンプレックスの外部とのネットワーク活動がないとビジター産業の振興はないと思っている。ビジター産業が振興していけば、地域の経済活動は活性化するだろう。ビジター産業の成長物語は、「地域通貨」の成長物語にほかならないし、それはとりもなおさず「地域力」の成長物語にほかならないのである。

*本来、「水源の森」は、地域の財産である。本来、市有林であったり、町有林であったり、村有林でなければならないのである。したがって、国は、当面、民有林を国費で購入していって、それを証券化して、他の国有林証券にならって市町村に販売する。地域は新たな市町村有林証券を兌換準備としてさらなる「地域通貨」を発行するのであるが、「地域力」がついていけば、将来、その国有地証券を売って市町村有林を増やしていくことが可能である。ビジター産業が振興し、「地域通貨」が成長し、「地域力」が成長していけば、「水源の森」は地域のものとなり、ここに始めて地域のサステイナブル・コミュニティが実現するのである。