反民主主義論


2017年7月26日

国土政策研究会

顧問 岩井國臣




現在、民主政治が理想の政治形態だというのが私たちの常識になっているようだ。しか

し、果たして民主政治が理想の政治形態であろうか。民主政治の対極にある政治形態とし

て中国における天命による政治形態があり,これもなかなか捨て難い政治形態である。


プラトン・アリストテレス・アリストパネスなどの知識人は民主政を「衆愚政治」と批判し、プラトンは「哲人政治」を主張した。後にアテネ を含む古代ギリシアが衰退して古代ローマの覇権となると、大衆には国家を統治する能力は無いと考える時代が長く続いた。


塩野七生など学識経験者で、今の政治に対し、哲人政治とまではいわなくても、強い政治を望む声が少なくないのも事実だと思うが、そういう人の考えには、プラトンなど古代ギリシャの知識人の考えが、潜在的に影響しているのではないか。かかる観点から、哲人政治を理想とするプラトンの考えに照らして、中国における天命思想にもとづく政治形態は大変魅力のある政治形態であるように見える。



一年少々前に佐伯啓思は,「自由と民主主義はもうやめる」という大変面白い本(2008年11月。幻冬社)を書いた。彼の言いたいことは「アメリカ一辺倒の時代はもう終わったよ!」ということだ。


フランシス・フクヤマは、1989年、ナショナル・インタレストに掲載した論文「歴史の終わり?」において、「人間の政府の最終形態としての自由民主主義」「自由主義国家」「政治的自由主義」「経済的自由主義」が最終的な勝利を収めることで社会制度の発展が終わり、人類発展としての歴史が「終わる」という仮説を提示し、1992年にはFree Press社からさらに本格的に論じた「歴史の終わり」を発表、アメリカ新世紀プロジェクト賛同者に名を連ねるなどネオコン思想家として一躍脚光を浴びることとなる。


しかし、佐伯啓思は、フランシス・フクヤマの歴史観に対し、疑問を呈し、著書「自由と民主主義はもうやめる」(2008年11月。幻冬社)の中で、『本当に,歴史は終わったのか???」と言っているのだ。

さらに、最近、佐伯啓思は、「反・民主主義論」(2016年10月、新潮社)という本を書き、その「まえがき」で、『 2015年から16年にかけて、どういうわけか「民主主義」の意味を改めて問いかけたくなるような出来事があいついだ。それも日本だけでなく、世界的にである。』と述べ、日本、アメリカ、イギリスの例を挙げた上で、『 これだけ列挙しただけでも、21世紀のこの時期に、「民主主義」が改めて問題になっているのだ。』と「民主主義」の衰退がはっきりしてきたことを強調している。


次の「反民主主義論」という私の論文は、中国の「天命政治」を擁護するとともに、反民主主義を唱える佐伯啓思など多くの人たちの考えを紹介し、民主主義の本質を明らかにしようとするものである。



http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/hanminsyu.pdf






前回までの目次

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/index00.html



なお、一連の電子書籍を出版した2012年以前のWhat’sNewは、

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/huruiWN.html