喜界島が琉球王国を創った


2017年8月22日

国土政策研究会

顧問 岩井國臣



この「喜界島が琉球王国を創った」という作文は、谷川健一の著作「琉球王権の源流」の要点を紹介するとともに、そこに出てくる喜界島(鹿児島県喜界町)と佐敷(沖縄県南城市)の紹介をしたものである。


喜界島は、太宰府の出先機関のあったところで、日本本土から、特に九州から多くの人がやってきたところである。その中には、日宋貿易に携わった博多商人がいたし、太宰府の役人や大和朝廷の役人などもいた。さらに、喜界島は、日宋貿易の拠点でもあったので、宗商(華僑)なども往来したところでもある。したがって、喜界島は、琉球王国が誕生するずっと前から文化の発達した先進地域であった。


喜界島のそうした文化の先進性が、琉球本土にも影響を与え、琉球本土を劇的に変化さしていった。いわゆる琉球のグスク時代が到来するのである。その主役は、日宋貿易に協力した琉球本土の有力者である。そのことは、私の論文「沖縄の歴史」に書いた。


グスク時代を経て、琉球はいわゆる三山時代を迎える。今帰仁を中心とした北山王国、那覇を中心とした中山王国、糸満を中心とした南山王国の誕生である。そして、その頃に、九州の肥後から名和一族の残党が、南山王国の佐敷(沖縄県南城市)にやってきて、勢力を蓄えながらやがて中山王国を滅ぼし、三山の統一を図る。それが琉球王国の誕生である。そのことを詳しく説明したのが谷川健一の著作「琉球王権の源流」である。


この作文ではその要点を紹介するとともに、そもそも喜界島というところがどういうところなのかを重点に紹介した。佐敷(沖縄県南城市)の方は、琉球王国の初代国王・尚巴志に関係のある遺跡を紹介するにとどめた。喜界島に比べて、比較的に魅力の薄いところだからである。



この作文は、あくまでも谷川健一の著作「琉球王権の源流」を中心とした紹介文であるが、喜界島は古代文化の先進地域であり、現在、国立公園にもなっている大変魅力のある地域である。そこでこの作文のタイトルを 「喜界島が琉球王国を創った」というタイトルにした次第である。



「喜界島が琉球王国を創った」の全文:http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/kikairyuu.pdf






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