賢治とエンデ・・・宇宙と大地からの癒し」 




2015年10月9日

国土政策研究会

会長 岩井國臣




矢谷慈國(やたによしくに)の「賢治とエンデ・・・宇宙と大地からの癒し」(1997年4月、近代文芸社)から、特に宮沢賢治に関する部分の要点を紹介する。以下を見れば、宮沢賢治が偉大な哲学者であることと、同じく偉大な哲学者であるエンデとの共通点を理解できるであろう。


エンデは「時間とはすなわち生活なのです、そして生活とは人間の心の中にあるものなのです」と時間と生活と心の関係を定義し、「思いやりを持って仕事をし、自分の仕事に誇りを持てるような」時間との関わりこそが本来的なあり方だと述べている。その本来的な人間的な生きられた時間が、時間泥棒たち(近代資本主義社会に内在するメカニズム)によって盗まれ続けていることに、人びとは気付かないでいる。人びとは「経済成長と時間節約の強制」によって追い立てられるようになり、見かけの豊かさに眩惑され、その生活そのものの質が、世界や他者との関わりの質がますます貧しいものになっていることに盲目となっていく。

このような時間泥棒たちの陰謀を見破り、人びとの盗まれた時間を、大冒険の末取り戻すことができたのは、ボロをまとったみなし児の少女「モモ」だった。モモにそれができたのは、少女が「近代的な学校教育」に毒されていない、本来的な「子供の心」「子供の定見様式の中に存在するU・P(リファインされたユニバーサル・プロジェクション)」


賢治は「春と修羅 序」の冒頭で、「わたくしという現象は仮定された有機交流伝統の一つの青い照明です」と自己定義している。それは延長する実態としての物質や身体と二元論的に区別された、延長を持たない、思考する実態としての、デカルト的なエゴ・コギトではない。またそれは、人間中心的世界観の中で捉えられた、近代社会のおける個人、個性的表現主体としての個人でもない。その「私という現象」は「風景やみんなといっしょに」あるいは「人や銀河や修羅や海胆(うに)」と生き生きとした交流をもちうるような、自らを実体化することのない「関係存在」としての「わたくし」である。それは近代的な個人や観念的な「エゴの実体化」を軽々と超越している賢治の「わたくしという現象」なのである。



「近代という問題」あるいは「病」を克服する試みにおいて、賢治とエンデが我々に提示している共通の要素は、以下のように列挙することができる。


1、二人は共通して「近代社会が人間を人間らしくなくしていくこと」に対して、「原理的かつラジカル」な批判を行なっている。


2、それを克服する方向を、「真の幼心、子供の持つ本来的で健康な生きものとしての感受性」として典型化して描かれる「根源的な人間の創造力と想像力の回復とその活性化」に見出そうとしている。


3、二人とも「銀河や宇宙」へと拡がる視野と、「地球史、人類史」の中で何が人間の心にとって本質的なものであり、何が非本来的な「虚偽」なのかと深化していく洞察を踏まえて、「人間中心的、近代的エゴや私的所有の観念」を乗り越える、優れた意味での「神秘主義」と「リファインされた新しいU・P」の創造への「開け」を共有している。


4、近代社会が機能的専門分業という形で分割し商品化し、ルーティン化してしまった、「多元的リアリティの綜合」という理念と、深い多元的リアリティの経験への移行と帰還にもとづく「日常生活世界の変革」という理念を共有している。


5、エンデは真正の芸術作品とその経験がもつべき「治癒力」について述べ、賢治は、からの作品が読者にとって、その心と生活を豊かにする「まことのたべもの」となることへの願いを述べており、芸術の持つ本来の働きについての同様の見解を示している。


6、二人ともその作品の随所で質の高い「ユーモア」と「笑い」を表現している。それは「実体化されたエゴの観念」から自らを解き放ち、自らを世界と他者との関わりの中に関係化することのできる、「エゴ無しの立場」でのみ成り立つ「関わりの自由さ」の産物である。


7、賢治もエンデも共に、「言葉の実体か、固定化のもたらす疏外」に対する深い洞察を共有している。そのような洞察にもとづいて、「まことのことばの創造や表現」へのあくなき探求と努力を自らに課す点でも共通している。それは、「ことば(象徴)のもつ疏外性への洞察と、U・Pの体験をふまえたことば(象徴)の能動性、創造性への信頼、まことのことばの追求への献身」と名付けるべき「志」なのである。



この文書は、 矢谷慈國(やたによしくに)の「賢治とエンデ・・・宇宙と大地からの癒し」(1997年4月、近代文芸社)を紹介したものである。


http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/kenjitoende.pdf


なお、 エンデについて、私は、別途「ミヒャエル・エンデについて」という論考を書いているので、是非、それもお読み下さい。


http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/endenituite.pdf






前回までの目次

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/index00.html






なお、一連の電子書籍を出版した2012年以前のWhat’sNewは、

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/huruiWN.html