道祖神祭について


2017年2月8日

国土政策研究会

会長 岩井國臣



私には、諏訪大社の「御柱(おんばしら)」と伊勢神宮の「心御柱(しんのみはしら)」について書いたマダラ神と妙見さん(天の神)との結びつき」という論文があり、そこでは次のように説明している。すなわち、


『 今ここで私のいちばん言いたいことは、柳田国男と胞衣(えな)信仰に出てくる「富士眉月弧(ふじびげつこ)文化圏」において、ミシャクジは、古くから信仰されてきた土着の神であり、石棒や丸石などが御神体とされる・・・ということである。このご神体は、土地精霊と見られている原姿の神で、諏訪大社によって祀られてきた神としてもよく知られている。

 次に、諏訪大社といえば、御柱(おんばしら)が有名であるが、 御柱(おんばしら)は神が降臨する依代(よりしろ)といわれている。神が降臨する依代(よりしろ)としての 御柱(おんばしら) ・・・・、これが二番目に言いたいことだ。

 伊勢神宮にも心御柱(しんのみはしら)というのがある。それを伐り出す「木本祭」は、神宮の域内で、夜間に行われ、それを建てる「心御柱奉建祭」も秘事として夜間に行われる。すべて、非公開で、しかも、夜間にのみ行われるというのは異常だ。もし心御柱が精霊(神)だとすれば、異常な神、すなわち異神であり、山本ひろ子の言う異神・摩多羅神と同じではないか。しかも、猿田彦神社の宇治土公宮司に聞いた話によると、伊勢神宮でもっとも重要な行事であり、猿田彦神社の宇治土公宮司がそれを司祭するのだそうだ。隠れているということで摩多羅神とイメージがだぶり、猿田彦ということでシャクジンとイメージがだぶっている。誠に不思議な心御柱ではある。

 

 祭祀として立てる柱は、環状木柱列遺跡の柱なども含め、神が降臨する依代(よりしろ)であり、縄文人の観念としては、天の神と地の神をつなぐ通路であった、と私は思う。その通路によって、天の神と地の神は合体し威力はさらに強大なものとなる。私は、縄文人はそんな観念を持って柱を立てたのだと思う。』・・・と。


御柱(おんばしら)を切り出す祭りが「御柱祭」であり、心御柱(しんのみはしら)を立てる神事が「心御柱奉建祭」である。

すなわち、 御柱(おんばしら)を立てる場合であっても、しかるべき神事が当然行われるが、そのそれを道祖神祭とは言わないで、「御柱祭」と呼んでいる。私の考えでは、ご神木、つまり神籬のことであるが、神籬を立てるにあたって、あらかじめ道祖神を祀り、道祖神に対する祈りが捧げられば、その神事(かみごと)と神籬を立てることと「どんどん焼き」など祈りを込めた一連のイベントを「道祖神祭」と呼んで差し支えない。したがって、富士河口湖町の小正月に行われるイベントは「道祖神祭」と呼んでいいのである。


そこで、この論考では、富士河口湖町の「道祖神祭」がどのようなものかを調べながら、日本三大火祭りの一つとして有名な野沢温泉村の「道祖神祭」を紹介することとした。


http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/doumaturi.pdf





前回までの目次

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なお、一連の電子書籍を出版した2012年以前のWhat’sNewは、

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