「ホツマツタエ」について


平成29年4月16日


国土政策研究会

会長 岩井國臣



ホツマツタヱ(秀真伝)とは、ヲシテ文字という神代文字で書かれた、わが国最古の古文書と言われている膨大な書籍である。学者の中には、そんなものは偽書であるという人がほとんどのようだが、そうではないと考える在野の研究者は少なくない。在野の研究者の中で、現在、第一人者は鳥居礼であり、ホツマツタヱに関する多くの著書があるが、「増補完訳秀真伝(上下巻)」(平成25年6月、八幡書店)は、 ホツマツタヱ(秀真伝)の解説書としては、非常に優れたものである。以下においては、それに基づいて、私の見解を申し述べることとしたい。私は、鳥居礼と同じように ホツマツタヱ(秀真伝) を偽書とは考えていないが、多くの点で鳥居礼とは見解を異にする。


そこで私は、大変苦労して「秀真伝について」という論文を書いた。このような論文を書いた人はいないので、私の力作と評価していただければ大変嬉しい。


その秀真伝に関する論文は、前編と後編に分かれている。


前編は 「ホツマツタヱ(秀真伝)とは? 」というタイトルにしてあるが、鳥居礼の「 増補完訳 秀真伝」にもとづいて、ホツマツタヱ(秀真伝)の詳しい説明を私の見解も交えながら解説したものである。


後編は、「秀真伝はいつ頃誰が書いたのか?」というタイトルであるが、第1章第1節でその結論的なものを書いた。


平安時代は、日本の歴史の中でも、平和でもっとも繁栄した時代である。その基礎を築いたのは桓武天皇である。そして、その桓武天皇を支える藤原氏と宗教的に朝廷を守護する比叡山延暦寺の存在は、歴史的に非常に大きな意味を持っていた。藤原不比等の深慮遠謀は、藤原冬継という偉大な人物を通じて生きる。藤原冬継は自分の夢を慈覚大師円仁に託したのである。慈覚大師円仁は、古くから深い関係にある秦氏に蝦夷の意識改変を依頼する。つまり、朝廷とは争わず平和裏に地域の開拓に励むよう説得を頼んだのである。物部氏の人的財産を引き継いで、蝦夷を束ねていた秦一族は、それはむしろこちらから望むところであって、いやがおうもない。


藤原不比等の深慮遠謀と秦氏の深慮遠謀と慈覚大師円仁の深慮遠謀とは、政治的混乱を避けてこの世が平和な世の中になって欲しいという願いに基づいている。藤原不比等の深慮遠謀はもちろん藤原氏の繁栄を願ってものであり、秦氏の深慮遠謀はもちろん秦一族の繁栄を願ってものである。


しかし、私がここで慈覚大師円仁の深慮遠謀というのは、藤原冬継の意向、これはもちろん蝦夷が平和裏に朝廷に帰属することを願ってものであったから、東北地方における平和ということであるが、それを受けてのものである。


東北の技術者集団を束ねる秦一族の族長(惣領)というかリーダーとしても、東北地方が朝廷と争いをせずにできるだけ平和になることを願っていた筈である。


このようにして、藤原不比等の深慮遠謀と秦氏の深慮遠謀と慈覚大師円仁の深慮遠謀が、平安時代には、具体的な意味合いを持って、合体した。それがホツマツタヱ(秀真伝)である。 すなわち、慈覚大師円仁が、東北の技術者集団を束ねる秦一族の族長(惣領)というかリーダーに東北地方を束ねる際の哲学というか思想として、ホツマツタヱ(秀真伝)を書いたものと思われる。


http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/hotumani.pdf





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