「石 神信仰」について
 
 


  私は先に、『 これからの国土づくりや地域づくりや町づくりにおいては、「風土」ということが強く意識されなければならない。哲学としてはプラトンの 「コーラ」であり、宗教としては「空(くう)」であり、民間信仰としては「スピリット」というか「石神信仰」である。』・・・と述べた。
 
  このシリーズは、「スピリット」から始まって、「コーラ」について述べ、そして前回は「空(くう)」について述べた。ここでは、一応、「石神信仰」につい て述べておきたい。
  石神信仰については、大護八郎という人の「石神信仰」(昭和52年7月、木耳社)というすばらしい本があって、それを頼りに石神信仰の勉強ができる。今後 じっくり石神信仰の勉強をしたいと思っているが、ここでは、さっと斜め読みをして、私の関心のある部分のみを紹介することとする。
 
  大護八郎の本・「石神信仰」の各論では、田の神、山の神・天狗、蚕玉神、えびす・大黒、水神、風神・雷神、地神塔、荒神、稲荷、道祖神、愛宕神・将軍地 蔵、みちしるべ、石敢当、庚申塔、子安神、姥神、金精様・きんまら薬師、淡路様、山王様、役行者、蔵王権現、地蔵菩薩、観世音菩薩、馬頭観世音、如来、菩 薩、天部、明王、その他が取り上げられている。
 
* 庚申塔や道祖神も、田の神や水神などの石神はもちろんのこと、地蔵や観音その他の石仏においてさえも、その多くは我が国在来の民間信仰という巨大な同じ地 下茎から生まれ出たものにすぎないので、全体像の一環として捉えないことには、それぞれの石神・石仏の信仰の実態はつかみえない。
* 民間信仰としての石仏は、その源流は日本在来の神につらなる。
* 原始時代の昔はいうまでもなく、人々は近年まで食えないことの怖ろしさに戦(おのの)いてきたということができる。(中略)人々が神の求めたのは、(中 略)風雨順時、五穀豊穣であり、(中略)風雨順時にして稔りをもたらすこと、かりそめにも風雨不順にして作物の稔りを妨げられることのないことが最高の願 いであった。
* 現世における幸福は第一に衣食の充足にあった。充足した衣食の恵みを受けて生涯を終わり、来世は祖霊として村を見下ろせる山上にとどまり、四季それぞれに 子孫の営む田畑の作物の成長を見守り、盆・正月等の節々には子孫に迎えられて季節季節の成りものを共食するところに最上の幸福を感じたのである。
* 仏(ほとけ)といえば釈尊の教えと思われがちであるが、「ほとけ」は「ほとき」の転訛であり、「ほとき」とはわが国の古語で食物を入れるに用いた器のこと で、「ほとき」を供えてまつられる神霊がすなわち「ほとけ」であり、神霊は死者霊として考えられたところから、死者はやがてすべて「ほとけ」と呼ばれ、仏 教の仏の字と習合するようになり、いつか「ほとけ」(仏)とは、仏教でいう仏のことと変わったものであることは、民俗学の定説となっている。このように、 神霊が本来食器の名をもって呼ばれていたごとく、生きている人間だけでなく、死者も同様に食を豊かに得ることが幸福の根源と考えられたのである。
* 一般民衆にとっては神も仏も本来同一のものとして受容せられていた。信仰の実態を見ても、彼らは地蔵や観音などの路傍の石仏に来世の救済を願うとともに、 五穀豊穣や病の平癒を祈って少しも怪しむことはなかった。地蔵も庚申も観音も道祖神も、そこにおいて区別はなかったのである。生死の利益は一如であり、ま さに「現世二世安楽祈所」なのである。この死生観は仏教の教えたものであろうか。否、わが民族の固有の世界観であり死生観であった。それがまたわれわれの 「もの」についての考え方の基本であった。
* 人間の生きるための不安の中に信仰は生まれ宗教も育った。
* 生きることの不安は、衣食住の確保のほかに、外敵の恐怖があった。
* 人工増殖が性の営みの結果もたらされるものとの認識は、いつ頃に始まるかは別としてて、両性の性器がその橋渡しになるとの認識は早かったと思われる。人間 や動物の性器が、生殖への奇しき霊力を持つものとの認識に次いで、作物の生育自体にも性器が強い霊力を発揮するものと考えるのはごく自然のことで、ここに 性神が作物に移行する基盤がある。日月風雨といった自然神と同様性器の霊力も極めて視覚的・現実的な存在であり、いわば身近な自然神の一つといえるもので あった。それらはともに広遠な哲学的思弁の結果生まれた神ではなく、常に生活体験に密着した存在であり、現実に生きていくための最小限度の希求に基づく神 であった。
* 現実生活の希求や悲しみはそのまま神となる。
 
  本の紹介は以上である。大護八郎がいうように、「石神」は、 地蔵も庚申も観音も道祖神も、「現世二世安楽祈所」、すなわち現世と来世の安楽を祈る「場所」である。そのような生きていくための最小限の希求は当然のこ とであり、仏教でいう我執とか執着というのとはおおよし違うように思う。私が思うに、「執着を滅する」ことが求められるのは、他者に迷惑をかけるとか地域 社会との信頼関係が損なわれる場合であり、石神への祈りは、現実に生きていくための最小限度の希求に基づく祈りであり、他者に迷惑をかける訳でもないし地 域社会との信頼関係を損なう訳でもない。
  したがって、、 地蔵や庚申や観音や道祖神などの「石神」は多ければ多いほど良い。絶対神は一であるが、石神は多である。しかし、上述のように、大護八郎は、『 庚申塔や 道祖神も、田の神や水神などの石神はもちろんのこと、地蔵や観音その他の石仏においてさえも、その多くは我が国在来の民間信仰という巨大な同じ地下茎から 生まれ出たものにすぎない』と言っている。ここでいう地下茎とは、仏教でいうところの「空(くう)」と同じことではないのか。例えば、華厳哲学では、「一 は多であり、多は一である。」と言っているが、私は、大護八郎のいう地下茎はこれと同じことではないかと思うのである。
  もし私の理解でよければ、「石神信仰」の本質を哲学的に説明することができるだろう。もちろん、それは大変難しい。「空(くう)」の説明や、華厳哲学でい うところの「一は多であり、多は一である」という哲理を説明しなければならないからである。しかし、先の述べた文化観光研究会でその辺の語り口の研究が行 われるようになれば、観光客に、そういった「石神信仰」の本質を説明することも容易になるというものだ。
 
 
  ジオパークでは、 地蔵や庚申や観音や道祖神などの「石神」をできるだけ大事にして、是非、観光と結びつけてもらいたい。これもまた、日本文化の心髄を語ることになるから だ。 地蔵や庚申や観音や道祖神などの「石神」も我が国における多様性社会のひとつの現れである。それを外国観光客に是非見てもらいたい。