基調講演:前国土交通副大臣・参議院議員 岩井 國臣 氏

 

 現在、国会の方では新年度の予算も無事決まりまして、これから各省から出される新しい法案や法律改正に動いていくわけですが、今年の予算審議で問 題になったのが「光と陰」ということでございました。今、小泉改革が進んでいるわけですけれども、その反面、中央と地方との格差、あるいは大企業と中小企 業との格差、ホリエモンじゃないですけど、ものすごく金儲けしている人と、金とご縁の無い苦しい暮らしを余儀なくされている人・・・というふうな形での格 差。いろんな格差が出てきている。まあ小泉さんはなかなか認めないんですけど、やはり格差があるのではないか? 

 私も、予算委員会の質問に立ちました。小泉さんという人はなかなか頑固ですから、ある程度は褒めないとですね、我を張って人の話を聞かないところ があるものですから、おおいに褒めました。小泉改革は成功ではないか。いや大成功だ。経団連の奥田会長もそのような認識を示しておられますので、そんな話 をしながら、やはり「光と陰」、いろいろな格差問題が顕在化してきておるのは事実ではないか・・・と。もうぼちぼち認めたらいかがですか?・・・てなこと で、言いましたら、しぶしぶ認められました。

 まあそういうことで「光と影」ということが大変大きな問題となっております。非対称性社会という言葉がございますが、ものすごい非対称性社会が世 界にできているのではないか。その極端な例が9・11あのテロの事件でございまして、今ご案内のとおり・・・アメリカの世界化というか、世界におけるアメ リカ化というか、まあ言い方はいろいろあるとは思いますが、今ものすごいアメリカの力ですね、それが世界を席巻している。対称でない・・・、格差のあ る・・・、落差のある社会が世界にできているのではないか・・・ということでございます。

 九月に自民党の総裁選挙があります。私はもともと竹下派でございまして、今津島さんが会長ですので津島派といったほうがいいのかもしれませんが、 新しい政策を勉強中です。派閥といえば派閥なんですが、政策でまとまろうと表向きはそうなっているんです。やはり我々としては我々らしい政策を掲げなきゃ いかんということで、外交防衛と・・・財政金融というか経済問題と、それから行政改革なり地方分権・・・この三つのテーマで勉強会が発足しております。私 は行政改革や中央分権のチーフを仰せつかまっておりますので、連休明けになるかもわからんけれども、我々らしい議論が始まります。小泉さんとはまた違う、 或いは総裁選挙でいろいろ取りざさされてる人たちとも違う、我々らしい政策をですね、世の中に出さないといけないのではないか。そんなことでいろいろやっ ているのです。

 行政改革や地方分権というのが私の責任分野になっております。御承知のように、2000年に大変大きな行政改革が行われました。橋本行革です。明 治以降いわゆる機関委任事務と呼ばれていますが、すべて基本的には国家がやるんだと。国家ができないことを都道府県知事に任せる。都道府県知事にできない ことを市町村に任せる・・・というようにやってもらう。今までは、大体そういうものの考え方で行政システムが出来上がっておったんですけど、今は逆になっ てきた。EUでは、補完性の原則と言っております。また、松下圭一さんという法学の先生ですね、この方は政府信託論ということを言っておられる。私自身と しては両方ともちょっと問題があるなあと思っております。全面的に賛成ということではないんです。松下圭一さんの考えには、まあかなり賛同できるところが ありますが・・・・、問題もある。

 

 機関委任事務論というのは、本来全て、国が責任を持ってやるんだ。国でできないものをだんだんおろしていくんだとこういうことですけど、松下圭一 さんの政府信託論は本来はまったく逆です。住民が、松下圭一さんは市民という言葉を使われるんですけど、地域住民ができることは地域住民でやるんだと。住 民ができないことを、まず市町村が、市町村ができないことを都道府県が、都道府県ができないことを国がやる。また国が単独でできないことを国際機関がある んじゃないかというような発想なんで、そのこと自体はまあすっと頭に入ってきますよね。聞けばなるほどそうかなあと思う面もなくはないんですけど、いろい ろ突っ込んでいくとおかしなところがあるんです。8割方は正しいんだけれども、2割方がちょっとおかしい。と僕は思っているのです。100%松下圭一さん の政府信託論に賛同しているわけではないですけど、かなりの部分は賛同しているということであります。

 2000年に行政改革がございまして、機関委任事務という言葉は今では一切使われなくなりました。今では法定受託事務と言います。国からすると委 託ですけど。地方公共団体からすれば受託。市町村は県から委託を受ける。受託ですよね。だから法律をもって法定受託事務というわけです。それともうひと つ・・・本来の自治事務があるわけですね。そういうことになったわけですけど、三位一体だとか地方分権とかがいろいろと議論になっております。まあ道州制 の議論も今なされておるわけでありますが、それら今の議論は全く不十分だと思います。哲学もなく、しっかりした理念もなく、軽薄な議論が行われているよう に私には見えるんです。

 私がやはり一番気になっておるというか、やりたいのは、基礎自治体ですよ。市町村。先ほどの政府信託論ではないですけど、その前に私はリージョナ ル・コンプレックスということを昔から言っているんですけど、地域にはいろいろな団体がありますね。NPOだとか、趣味の会も含めていろいろな市民団体だ とか、それから行政、市町村もひとつの団体だと考えるわけですが、農協もそう商工会だとかも、まあいろいろな団体がある。建設業協会とかも。そういうもの をすべてひっくるめて複合体、地域のそういう複合体、民レベルの複合体を、「リージョナル・コンプレックス」と言っているわけです。そういうリージョナ ル・コンプレックスと行政の機関である市町村がうまく連携をとって、力をあわせて初めて地域の力が出て来るのではないかとおもいます。

 最近、「地域力」ということが盛んに言われてはじめてはおりますけど、今「地域力」を強化する政策がほとんど行われておりません。まあ、これから の問題かなあと考えておるわけですね。それで・・・、じゃあ「地域力」を発揮するためにはなにをすればいいかってことをいろいろ考えると・・・、いくつか あると思うんですね。今日のテーマのひとつに観光ということがあるんですけど、観光が大事です。小泉さんが観光立国宣言を3年前にやられたんですね。で、 今、「ようこそJAPAN!」ということでいろいろやっております。後ほど、観光の話もあると思いますけど、私の見るところ・・・ちょっと観光にも思想が ないというか哲学がない。私は副大臣になったときにみなさんに、旅っていうのは観光ですかと聞きました。旅はそりゃ観光でしょう。多くの人がそう答えます ね。旅が観光の範疇に入るのであれば、やる政策がだいぶ変わってくるのではないかと私は思っています。それぞれの地域には「歴史と伝統文化」がありますけ れども、そういうものを生かす旅、それは・・・、どんな地域でも可能ですよね。比較的歴史の浅い北海道といえども、昔からアイヌがずっと住んでいるわけで すから・・・。景観十年、景色百年、風土千年という言い方がありますね。実はそうではないんですよ。中沢新一さんに聞いたら、精霊というもの、すなわちス ピリットが土地にはいる。精霊万年です。十年や百年や千年ではなく万年という単位でその地域というものを見ていかないと、いけないのではないか。やっぱり 地質の世界に入ってくるんですけど、そういう地球ができて、その地域ができてからでもいいんですけど、そういうことをやっぱり、意識しながら・・・です ね、地域というものを見ていく必要があるのではないか。

 ということで、「歴史と伝統文化」というときに、「歴史と伝統文化」はいつまで遡ればいいのでしょうか。縄文時代まで遡ればいいんですか? 石器 時代まで遡ればいいんですか? どこまで遡ればいいのかわからんけど、「歴史と伝統文化」というときにその文化のずっとつながりはですね、私は少なくとも 万年まで遡らなければならないのではないかと考えております。これからいろいろな地域づくりといいますか、地域の活性化を考えるときにいろいろな政策展開 が必要なんですけど、地域づくりなら地域づくりの哲学がいるのではないかと考えておりまして、私が広島で局長をやっている時代からですね、少し哲学の勉強 を始めたんですね。

 

 哲学というと・・・大きな流れとしてはですね、西田哲学と田辺哲学の2つの流れがあると思うのですけど、西田幾多郎の「場所の論理」というものが あります。それぞれの場所ですね、場所というものをどう見るのか。場所の持つ意味。我々人間と場所の係わり合いというものがありますよね。それをどういう 風に理解するのか。場所というものをどう理解するのか。その場所から我々が生活する上でいろいろ感性とかいろんなことが関係してきますけど、影響を受けて ますよね。では、どのような影響を受けるのか。ということもあるんです。それをどのように理解していくのか、ということは大変大事なことなんです。で、日 本人は・・・、世界各国いろんな国がありますけど、たとえば先進諸国G7、G8とかG9だとか、いわゆる先進諸国と比較しても・・・日本の地位というもの は大変重要な文化的地位になっていると思います。経済的に、アメリカを抜いジャパン・イズ・No.1と呼ばれた時期もありました。No.1というのはおこ がましいのではありますが、No.2か、No.3かですね、それぐらいの経済的地位にある。わが国は、ドイツやフランス、イギリスとは経済の力そのものが 違う。しかし、私は、経済力がどうのこうのというよりも、むしろ、文化という面で見たときに、日本はですね、皆さんはほとんど意識しておられないかも知れ ませんけど、私は日本の「歴史と伝統・文化」というものは、ものすごいものがあるというふうに実は思っているのです。

 

 日本の「歴史と伝統・文化」の真髄は何か? 皆さん! 日本の「歴史伝統文化」の真髄というものは何でしょうか? そういうことをお考えになった ことはありますか?

 文化庁長官の河合隼雄さんに聞いたことがあります。ところで、まああの方が文化庁長官をやるのはちょっと申し訳ないような感じですね。もっと格の 上の方ですからね。河合隼雄さんなんてお方は、文化庁長官をやるよう人ではない。ですけど、喜んで文化庁長官をやっておられるわけです。で河合さんに聞い たんですよ。日本の「歴史と伝統・文化」の真髄は何か?・・・と。河合さんいわく。「真髄のないのが真髄だ」といわれたのですが、私は・・・、日本の「歴 史と伝統・文化」の真髄は「違いを認める文化」だと思っているんです。

 最近はずいぶんいろいろ科学も進歩してましてね、そういうのは皆さんに勉強してもらいたいんですけど。20世紀最大の発見はですね、うーんなんで しょうかね? 20世紀最大の発見は、カオスの理論だとかフラクタルだと言われております。パソコンというかインターネットといいますか、そういう電子の 世界に関連してくると思うんですけど、複雑系科学というものが今盛んに研究されているんですね。カオスの理論なんかをいろいろ駆使するらしいんですが、む つかしい。われわれ学校時代に習ってませんので、ようわかりませんけどね。時代がどうも変わってきているらしい。そういう複雑系の科学といいますか、複雑 系の考え方で、日本人のいろいろ考え方というか、日本の「歴史と伝統文化」を見ていったときに、やはり日本には、西洋と違うすばらしいものがある。これは どうも宇宙の中のですね、真実、宇宙の真実のいちばん近いところに日本があるらしい。そういうことをいう人がいるわけです。私もそう考えています。

 そこで私は、大いに我々は日本の「歴史と伝統・文化」というものに重大な関心を持ってですね、日本の「歴史と伝統・文化」の真髄を十分に理解すべ きであると思います。そして、自信を持って、日本の「歴史と伝統・文化」というものを世界に発信していく必要があるのではないかと。私は、いろいろと哲学 の勉強をしておりますが、今は、中沢新一さんの哲学に凝っているというか傾倒しておりまして、中沢新一さんの言うところの「流動的知性」に注目しておりま す。これはですね・・・、日本人はもともともっておりましてね、「灯台元暗し」というところがあります。日本人というものは大体、いい加減ていうか曖昧で ですね。白か黒かというはっきりしたものの見方をしませんね。白といえば白だし黒といえば黒、白でもないし黒でもない。そういうようないい加減なところが あるわけですが、それを禅の言葉で言いますと、「両頭切断して一剣天によってすさまじ」というんですね。両頭というのは2つの頭、つまり相対的なものの見 方です。白か黒か、善か悪かそういうその二項的なものの見方は切断して、切り捨てて、ひとつの剣を天に突き刺すようなかたちで、「一剣天によってすさま じ」という訳ですね。やはり白でもないし黒でもない、白といえば白だし黒といえば黒だ! 白か黒か2つではなくひとつなんだと。絶対的なものの認識の仕方 が必要だという訳です。そういう禅の言葉があるんですね。「両頭切断して一剣天によってすさまじ」。

 

 結局それと同じようなことですが、レビー・ストロースのいう「野生の思考」というのがあります。それから日本人でいえば、山口昌男さんの「両義性 の問題」も似たようなことです。中沢新一は「流動的知性」というんですが、これが面白いのですね。私は、こう説明しています。各コンピューターの部屋があ ります。何か問題を解決するときにひとつのプログラムがありまして、ひとつの部屋のコンピューターがフルに動くケース。それから別のケースでは、いくつか 部屋があるんですけどそれらがネットワークというか、つながっているんです。ある部屋のコンピューターが少し動いていくと、次の関係のある部屋のコン ピューターが動きだして、次々いろんな部屋が動き出す。ネットワークですよね。そういう流動的な動きですね。そこのコンピューターだけということでは固定 的ですよね。固定的なものの考え方ではなくて、流動的なものの考え方。中沢新一は「流動的知性」という言葉を使っているんですけど、日本人はもともとそう らしいんですね。複雑系科学の考え方からすると、大体日本人はそうらしいんですよ。だから多神教なんですよね。まあ多神教がいいってわけではないのです が、ちょっとそこがポイントなのです。アメリカのキリスト教原理主義やイスラムのイスラム原理主義だったら、自分の宗教が最高だっていうことでしょ。要す るに考え方が固定的ですよね。自信満々もあるかもしれないけど、日本はいい加減です。多神教ですよ。大体若いときは結婚式は教会で挙げて死んだときはお寺 でするなんてですね、まあいい加減といえばいい加減かもしれないですけど、どうもそれのほうがいいんじゃないか。「流動的知性」でそのほうがいいんじゃな いか・・・と。

  

 今日は、のちほど、産業技術総合研究所の加藤さんがお話になります。その加藤さんと先ほど控え室で話していたら、宮沢賢治のことを少しお話したい ということでした。中沢新一さんがいちばん高く評価しているのが宮沢賢治なんですが、宮沢賢治はそういう非対称社会のことをいちばん判っていたらしい。今 は、世界のアメリカ化が進んでいる。今、世界はアメリカのものすごい力に席巻されている。そういう圧倒的な非対称性社会ではですね、私たち人類はやってい けないのではないか。そういうことをいちばん判っているのが宮沢賢治だというんですよ。

 中沢新一さんは、9・11のあと、「緑の資本論」という本を書いているんです。そこには宮沢賢治の話も出てきます。みなさん! 宮沢賢治は専門 は・・・地質なんですね。あとで、加藤さんがお話になると思いますが、小さいころから石ころばかり集めておられたみたいですね。そういうあだ名もあったら しいですが、もともと地質が大好きで、ああいうすばらしい感性、自然と宇宙との響き合いをしていた。なぜなら、地質は万年ですからね。実は、日本列島がで きて5億年。そういうスケールの話ですから、宇宙との響き合いだとか自然との響きあいだとか、そういうものが大事なのです。地球の現れである地質とどう付 き合うか? 地質というものをどう理解してどう地質と語り合うのか? 自然と山と川もあるかもわかりません。そういうことが非常に大事であると思っている んです。

 

 で、加藤さんはご存知かどうかわかりませんが、ひとつだけ宮沢賢治についてお話させていただきます。私は秩父に山小屋を持っているんです。その秩 父のことです。東京大学の地質学科が明治28年ぐらいにできるんです。あれ何年ですかね? ともかく東京大学に初めて地質学科ができます。初代教授がナウ マン象で有名なあのナウマンです。秩父にしょっちゅうこられたらしい。秩父には日本列島ができたときの地層があるんですよね。秩父古生層というんです。ほ かの地方にあっても秩父古生層というんです。最初に発見された5億年前の地層がそれなんですけどね。秩父には地質学的に見ると興味あるものが一杯あるらし く、ナウマンはしょっちゅう学生を連れて秩父に来ておられた。ところで、秩父古生層と第三紀層との大断層が荒川本川を横断しておりまして、三峰口 の・・・、まあその辺にしょっちゅう行っておられたようです。そこから見える景色がすばらしい。武甲山が見えて荒川本川が見えて山々の緑が見えて、こんな 景色のきれいなところ見たことがない。世界一美しいのではないかと・・・ナウマンが言ったとか言わないとか・・・。そういう話が地元で残っているんです が、ナウマンですね、初代東大地質学科教授です。その近くに私の山小屋がありまして、しょっちゅう行くわけでありますが、その秩父に・・・、宮沢賢治が行 かれたことがある。岩手大学の前身である盛岡高等農林学校ですか、そこで宮沢賢治は学ばれた。宮沢賢治は、地質学科や土壌学科で学ばれて、大学院までいか れました。多分そのころに秩父に4日ほど来ているんです。そういう記録が残っているんです。秩父のいろんなところを見てるんですよ。ところで、宮沢賢治の 童話には、ずいぶん地質に関連するものがありますね。「人のよい火山弾」だったかな。それから、「楢ノ木大学士の野宿」とか・・・ですね。地質の好きな人 はしょっちゅう山に入っていきますからね、森の話や山の話もずいぶん多いわけです。そういうわけで自然に対する、宇宙に対する、感性というものが、宮沢賢 治の場合は非常に発達していた。そういうことだと思うのです。

 

 私は、日本の自然はほかの国とは違いますから、普通の状態でもいいんだけれど、できるだけ奥深い、ファーブルの昆虫記ではないですけど、その昆虫 の問題、あるいは動物の問題、植物の問題、普通のエコロジーでも結構なんですけど、もっと深く自然を見るというか、自然と付き合うというか、自然と触れ合 う、語り合うということがないといけないのではないか。そういう日本人本来の感性というものが磨かれていかなければいけないのではないか。昔の人はやはり ものすごい感性を持っていたように思うんですね。その中でひとつ、ジオパークだけに限らないんですけど、地質というのも、宮沢賢治を例に挙げるまでもな く、まあ宮沢賢治を例に挙げたほうがいいんでしょうが、地質とのお付き合い、ふれあいというものがですね、われわれの感性をきっと磨くに違いないと思いま す。小さいころから石ころに興味をもつ、地質に興味をもつということを是非やってほしいなあと念願しているんです。それぞれの地域において宮沢賢治のよう な子どもをどうやって、育てていくのか。感性豊かな人をどうやって育てていくのか、ということは結構大事なことだと思っておりまして、私が今日このテーマ の「国土と地質と観光と」でいちばんいいたいことはそのことです。やはり地域そのものを公園化、策で囲ったものでなく、地域全体にはエコロジーもあります から、植物だ動物だ昆虫だというのがありますから、本当はですね、ジオであると同時に、エコ。ジオエコパークというような感じでイメージしているんです。 そういうものを日本では、随所で作ることが可能であります。市町村レベルでの公園、また、県レベルでの公園、ナショナルパークというような国レベルでの公 園も当然ある。いろんな種類がある。規模や運営主体の違いによっていろいろな種類のジオパークがあっていいのではないかと思います。

 

 時間もございませんので結論的なことを申し上げますけれども、私はいろんなことを考えながら「地域力」ですね、地域に力をつけていかなければなら ないのではないかと言っております。では、それぞれの地域がどうすれば力をつくのか? これから、農業で生きていくのか、それとも先端事業をそれぞれの地 域に誘致していくのか、農業林業で生きていくことはできませんよね。農業も林業も大事にしなければいけませんが、それでもってこれから生きていきというわ けにはいかない。それぞれ先端産業、これからの新しい産業を、それぞれの地域にひっぱって来るか。まあ条件の整っているところは、そうすればいいとは思い ますけど、いろんな地域にそういうものを期待するのは無理ではないか。それぞれの地域に山があって川があって海があって、自然はありますよ。それから地質 がありますよ。そういうもの、いうなれば、資源だと思いますが、そういうものがある。お互いに人が住んでいて、歴史があって、伝統があって、文化があっ て、やはりそういうものを大事にしながら、観光というものに、まあ観光という概念がもうひとつぱっとしませんが、旅みたいなものも含めて、私はビジター産 業といっているんですけど、そういうものを大事にしなければならない。たとえば、ワールドサッカー、オリンピックだと、そういうものにも人が来ますよね。 あるところに行くわけ。きてもらうわけですよね。それなども含める。それから、国際会議があります。国際会議も人がいろいろと動きます。それから学術調査 で動きます。要するに人々が動く。草の根の国際交流みたいなものもありますよね。そういうものも全部ひっくるめて、私は、ビジター産業といっています。い わゆる、観光産業というのでは範囲が狭いかなと思っているんです。旅というもの、それだけでなく人との交流というもの、そういうものをそれぞれの地域にお いて盛んにしていかないと、それぞれの地域は元気は出てこないのではないか・・・と。要するに、「地域力」というものは、私のいう「ビジター産業」を考え ていかないとダメ・・・と思っているんです。まあこれから新しい政策展開をやるときにひとつのキーワードとしては「地域力」だということです! そして 「ビジター産業」。そして「景観十年、景色百年、風土千年、精霊スピリット万年」というものの考え方を大事にする。地質も含めた万年のものも大事にしてい くということでないとダメ。実はそんな風に思っております。

 そういう風になりますと、私は、それぞれの地域の人たちが、役所というよりむしろ地域の人たちが、その気になっていかないといけないのではない か。まず基本は町立のジオエコパーク、おおそれたものではなく地域に密着した地域のジオエコパークみたいなものを、まず、いろいろなところで、まあ熱心な ところということになりますが、熱心なところはそういうものを作っていく。そういう全国的な動きの中で、少し大きなものは県立。さらに全国規模のものも必 要になってくるとは思いますが、そういうものについては、ナショナルパークにすればいいのではないか。公園だって・・・地域の公園と、県立の公園と、ナ ショナルパークとあっていいわけですよね。とりあえずのところ、私は、いきなり大きいものを考えてもいけないから、まず地域でできることをやろうじゃない かと。これから「地域のジオパーク」に関し、旗を振って行きたいなあとこう思っております。皆さんがそうだそうだと言ってもらわなければならない。 100%でなくとも、一部でもいいから、何%でもいいから、賛同していただける方と一緒に・・・「地域におけるジオエコパーク」を作りたい。多くの方々に ご尽力をいただけると大変ありがたいと思います。