縄 文文化の起源を探る
 
  小瀬が沢洞窟と室谷洞窟という二つの遺跡は、阿賀野川水系只見川に近いところにある。県境の山々を隔てて只見川とは反対の常浪川(とこなみがわ)の流域だ が、常浪川(とこなみがわ)と言われても判る人はほとんどないので、只見川の近くと申し上げた。只見川は電源開発で有名だし、水源がかの有名な尾瀬沼であ る。常浪川(とこなみがわ)と覚えていただくといちばん良いのだが、ともかく奥深い山中にある。
 
 
 早速現地に赴きたいのだが、その前に少 し勉強をしておきたい。「縄文文化の起源を探る・小瀬が沢・室谷洞窟」(小熊博史、2007年5月、新泉社)というとても良い本があるので、それにもとづ いて勉強したいと思う。
 
 
 
 小瀬が沢遺跡と室谷遺跡の 発掘調査の立役者は長岡市立科学博物館の中村孝三郎だが、昭和28年頃、彼のところに地元の方から数点の石器が送られてきたらしい。しばらく放ってあった らしいのだが、津南町の発掘調査を見て、その石器の重要性に気がついて、ようやく、彼の関心は信濃川から阿賀野川に向くのである。東京大 学の山内清男(すがお)や明治大学の芹沢長介などの助言を貰いながら、小瀬が沢洞窟の発掘調査を開始するのが昭和33年7月である。そして多大な成果を収 めるのである。
 
 小瀬が沢洞窟の出土遺物は,草創期に特徴 的な種類をほぼ網羅し,「遺物の百貨店」のような豊富な内容を示す。
 
 
 
 小瀬が沢洞窟から出土した遺物は1万 3109点を数え,その多くは石器の剥片や礫片が閉める。工房であったのだろうか。
 注目すべきは,棒状尖頭器や植刃である。 石材は珪質凝灰岩,珪質頁岩、玉髄であり,よほど高度な技術がないとこのような加工はできないらしい。室谷洞窟もそうだが,小瀬が沢洞窟は,特別な技術集 団の工房であった可能性が高い。
 
 小瀬が沢洞窟の調査成果はただちに学会で も大きな注目を集め、当時縄文時代最古の撚糸文(よりいともん)土器よりさらに古いと推測された。その一方で、最古の縄文土器として位置づけるには、まだ 証拠不十分という声もあったようだ。そこで、地元の人々からの情報でクローズアップされていた室谷洞窟の発掘調査が、昭和34年11月に開始された。
 そして、室谷洞窟の第1次発掘調査で、つ いに、関東地方最古の撚糸文(よりいともん)土器より古い土器群が発見されたのである。学会の大反響であったことはいうまでもない。中村孝三郎の大手柄で ある。
 
 この2遺跡の調査に前後して、山形県日向 洞窟、長崎県福井洞窟、埼玉県橋立岩陰など、いくつかの洞窟・岩陰遺跡で縄文時代最古の遺物の発見が相次いだ。これを受けて日本考古学協会は昭和37年 に、八幡一郎を委員長とする「洞穴遺跡調査特別委員会」を発足させ、その後、三年間にわたって、全国各地の洞窟遺跡の組織的な調査をおこなった。こうした 発掘調査と並行して山内清男(すがお)は、従来の縄文時代早期を区分して、新たに「草創期」を設定した。この草創期の設定に、小瀬が沢遺跡や室谷遺跡の成 果が重要視されたことはいうまでもない。その後もいろいろと縄文時代草創期の研究が進むが、小瀬が沢遺跡や室谷遺跡の重要性はますます大きくなっているよ うである。
 そしてついに、2000年6月、小瀬が沢 洞窟の主要な出土品が重要文化財に指定された。実は、この重要文化財の指定に向けた整理作業の過程で、小瀬が沢の膨大な石器類の中に,赤い脈の入った黒曜 石の微細な破片がみつかったのである。
 その特徴は北海道産の黒曜石にとてもよく 似ていたこともあって,近年分析が蓄積された黒曜石の産地同定を京都大学原子炉研究所の藁科哲雄に依頼した。分析の方法は資料を痛めることなく,蛍光X線 をあてて元素の組成を調べ,統計処理によって確率的に産地を判定するものである。分析の対象には,小瀬が沢の黒曜石とともに室谷の下層から出土した黒曜石 を加えた。
 分析の結果は驚くべきものであった。小瀬 が沢の黒曜石11点のうち,4点が北海道産と判定されたのである。さらに室谷下層の黒曜石については,分析対象20点のうち,半数の10点が伊豆諸島の神 津島産で、そのほかに青森県産(深浦)・長野県産(霧ヶ峰)・栃木県産(高原山)の黒曜石も含まれていた。新潟県内の縄文時代の遺跡では,長野県産や県内 の新発田市板山産の黒曜石などが主流であり,北海道や神津島の産地と判定されたのは草創期の遺跡では始めての事例となった。
 
 上述のように,小瀬が沢洞窟と室谷洞窟 は,特別の技術集団の工房であった可能性が高く,それが故に,北海道産の黒曜石や神津島の黒曜石がそこに運ばれてきたらしい。
 
 さて,問題は,何故その場所が特別の技術 集団の工房に選ばれたかということである。「縄文文化の起源を探る・小瀬が沢・室谷洞窟」(小熊博史、2007年5月、新泉 社)では,その理由として,その場所が地理的な要衝だからと言っている。私もそう思う。しかし,何故そこが地理的な要衝なのかについては,小熊博史の説明 では腑に落ちないところがある。そこで、黒曜石7不思議の七つ目の不思議は,「何 故, 小瀬が沢・室谷洞窟が地理的な要衝なのか?」という不思議にしよう。
 そして、この不思議については,小 熊博史の説明では腑に落ちないということも含めて,現地に赴き,現地を見ながらいろいろと考え てみることとしたい。
 
で は,現地に赴くとしようか。