里山と奥山
 
岩井國臣
 
 
 私は前に,「縄文の思考」である「ハラ」についての小林達雄の考えを紹介した。日本の農村集落の構造は,中心にムラがあって,その周囲にノラがある。さらにその向こうがハラであるが,そういうムラ構造の起源は縄文時代までさかのぼるのである。 まさに貴重な歴史的遺産であると言わざるを得ない。 彼はそのように言い,さらに「 西アジア文明につらなるヨーロッパにおいて,ハラの主体性を認めず,農地拡大の対象と見なす思想とは対立的である。」・・・・と言い切る。
 ところで,小林達雄はそう厳密に分けて考えていないようだが,ハラというものは,里山と奥山に分けて考えるの良いだろう。実は,里山という言葉は,四出井綱英さんの使い始めた言葉らしい(「森林はモリやハヤシではない・・・私の森林論」四出井綱英、2006年6月,ナカニシヤ出版)。誰かが「農用林」のことを書いたエッセイに反論した時に,「農用林」という言葉は専門家の間では何を言っているのかすぐに判るが,一般の人にはちょっと理解ができないのではないかということで,一般の人にも分かりやす言葉を考えたのだそうだ。里山とは、奥山とか遠山とか戸山とか富山という言葉とは大局的な,ムラの近いところ,すなわち里にある「農用林」のことである。
 四出井さんは,上記の本の中で,「スコットランドに有名なロッホローモンドという湖があるが,英国人はしばしば、ここの景観が日本の景観によく似ていると言う。日本の農村の畑に続く里山の景観に似ているということらしい。私も訪れて,うなづかざるを得なかった。里山的なものをヨーロッパで探すなら,大陸ではなく英国の島や商都のイタリヤあたりに、あるいは見つかるかもしれないという期待がある。要するに,ヨーロッパの農村には,日本のような里山はない。これが私の結論だ。」・・・・・と言い切っている。
 
 小林達雄が言うように, ハラ、すなわち里山と奥山を舞台として,人と自然との共存共生の絆を強めていくのは,(中略)1万5000年前に始まり,1万年以上を超える縄文の長い歴史を通じて培われ,現代日本人の自然観を形成する中核となったのである。その里山も奥山も,今ではすっかり荒れ果ててしまった。一日も早くそれらの復活を図らねばならない。
 まず,里山について述べよう。里山は,平野部の農地に続く丘陵地帯に広がる森林で,農地に必要な肥料,農家用の薪炭や軽便な木材などの供給源として使われていたものである。現在は, 社会経済的な理由から, このような農業経営なり農業者の生活は、おおよそ考えられないように思われる。しかし、そうしない限り里山の復活はあり得ないのではないか。
 次に,奥山であるが,森林の機能として,国土保全や水源涵養のほか,鳥獣の生息環境や人々のレクレーション環境が重視されるべきにも拘わらず,経済的な理由から,間伐ができない。しかし、人工林について,間伐など山の手入れをしないと奥山の復活はあり得ない。
 要するに,里山や奥山の復活というものは,現在の社会経済的な状況ではおおよそあり得ないということで,諦めるのか諦めないのか,現在,その瀬戸際に来ている。侃々諤々の国民的議論が必要だ。
 侃々諤々の国民的議論が必要だが,私の考えを申し上げれば,里山や奥山の復活を諦めるわけにはいかない。里山や奥山の復活を諦めるということは,日本が日本でなくなるということだ。だから,極めて難問だがどうしても解決しなければならない。私は,この難問を解決する手立ては,ジオパークづくりと第6次産業の振興とボランティア活動の普及だと考えている。ジオパークは文化観光の核心であり観光立国を標榜するわが国にとってこれからなくてはならない施策であるし,、第6次産業は農山村地域の活性化のためにこれからなくてはならない施策である。したがって、これらは国策として積極的に取り組まれなければならないのであって、里山や奥山の復活という難問にこれらの力を期待することはごく自然なことである。
 まずは、里山や奥山の復活を目指しジオパークづくりの中で保全整備区域を指定しなければならないだろう。そして、贈与経済(地域通貨)を一部導入し,ボランティア活動の普及を図らなければならない。それらが大前提で,あと、行政は,ボランティア団体と一緒になって、第6次産業の振興を図らなければならない。第6次産業は,観光やレクレーションを目玉に,第一次産業と第二次産業の新たな展開を行ないながら、ジオパークの森林保全整備区域の活用を図る。第6次産業が,行政とボランティ団体の応援を得て,里山と奥山の復活を目指すという訳だ。
 
 実は,後で述べるように,里山と似たものに低林というものがある。本来の里山を引き続き農用林として使っていくのは難しいので,里山は薪炭林などの林業専用の林、すなわち低林に切替えて、その保全を図るのが正しいので、上記において,里山は、適宜、低林と読み替えてほしい。