里山のあり方
・・・焼畑農業と低林化・・・
 
岩井國臣
 
 みなさんもご承知のように、わが国の山は問題が多い。本来の姿に戻さなければならない。四手井綱英さんは、私たち京都大学山岳部の先輩であり、言わずと知れた林学の大家である。この前に、間伐の問題については,一応,触れたので先に進みたいと思う。四手井さんの 亡くなる直前に書かれた遺書みたいな本「森林はモリやハヤシではない(2006年6月10日、ナカニシ出版)」を手引きにいろいろと考えてみたいという訳だ。
 縄文時代から村の空間的構造は、小林達雄が言うように,ムラがあり、ノラがあり,ハラがある。ハラには里山と奥山がある。里山という言葉は,いうまでもなく四手井さんが考えだした言葉である。専門的にいえば,農用林のことである。四手井さんの認識は小林達雄の認識と同じだと思う。四手井さんは,上記の本の中で,次のように言っている。すなわち、『 日本の人工植林の歴史は古く,4、5百年くらい昔から始まったことは確かだろう。人工植林が始まったきっかけは山地民による焼畑農耕にあると、私は考えている。焼畑あるいは切替畑といわれる農業の起源はもっと古く,わが国に稲作がはいる以前の縄文時代後期には,南西日本各地で行われていたらしい。焼畑は傾斜地の森林を切り倒し,火入れして焼き払った後,ざっと整地して農作物の種子をばらまく。作物は主に雑穀類で,年により種類を変えていく。そして数年たつと,無施肥だから地力が低下する。すると,その畑は放棄して,次の森林を伐り開き新しく焼畑を始める。こうしてある集落の周囲の森林を次々とまわって耕作を続けると,放棄された畑地には森林が二次林として再生してくる。成立した森林では,それ自体の物質循環により肥沃な表層土が徐々に回復してきて再び作付けをするに十分な条件が満たされてきた頃,再度焼畑を行うことになる。焼畑集落には,その村を囲む斜面の上部にこうした畑と再生した二次林があり,集落に近いところは蔬菜などを作付けする常畑になっていた。焼畑地帯のさらに奥には,手のつけない原生林がひろがっていただろう。』・・・・・と。四手井さんがいうところの常畑は小林達雄のいうノラである。そして、ハラには焼畑という農用地の山すなわち里山と・・・その奥に奥山がある。
 実は,その他に低林というのがあるのだそうだ。低林というのは,林学でいう専門用語でニーダーワルドのことで里山とは峻別しなけばならないものらしい。低林は,伐採後,主として切り株から生じる萌芽で次代の森林が復活する天然萌芽更新の雑木林なのだそうだ。四手井さんによれば,低林は,薪炭生産専用林で,純然たる林業の一部門をなしており、農業とは何ら直接の関係はない。ハラには,農用地としての里山と薪炭生産専用の低林とそれらの奥に奥山がある。
 里山と低林と奥山,これらは峻別しながら,流域圏構想の中でこれからの管理のあり方を考えねばならぬ。ここで管理とは,私たちが河川管理というときの管理と同じであって,通常の維持管理のほかに改修を含む。林野庁にはこの改修という観念が薄いのではないか。山は,里山にしても低林にしても奥山にしても本来の山に作り替えなければならない。改修だ。今日ここでは,里山の改修について考えよう。まずは四手井さんの言っておられることに耳を傾けよう。四手井さんは,上記の本の中で,次のように言っておられる。すなわち、
 『 今や里山は,農用林としてはほとんど無用のものになってしまった。田に柴を踏み込むこともなければ,下水や落ち葉から堆肥を作り田畑に入れることもない。木灰を最有力なカリ肥料として、灰小屋に蓄え,適時施用することもない。あれだけ農家と密な関係を保っていた農業専用の森林地帯が,農家から無用のものと決めつけられるようになった。中略。科学の進歩は,堆肥という有機肥料を無用のものにし,誰も里山からの堆肥を作ろうとしなくなった。中略。今は,堆肥の給源も森林以外に求められる。一方で,里山そのものが,利用の停止後すっかり変貌してしまった。最大の原因は,戦後日本に侵入したと思われるマツノザイセンチュウ(材線虫)がおこす松枯れ病によるマツの集団枯死であった。中略。里山の各所に点在していたモウソウチク・ハチク・マダケなどの竹林が,やはり利用されなくなったために,四方に地下茎を伸ばして拡大を始め,周囲の里山林を浸食しつつある。中略。タケの問題はさておき,日本に大きな面積を占める里山のすべてを,自然の遷移法則である照葉樹林化を防ぎ,特有の景観と生物群を保存しようとするなら,おそらく低林として管理し,薪炭林ないしそれに代わるバイオマスエネルギー源として利用していくほかはないだろう。木をそのまま、あるいは燃やしやすい加工燃料として発電する試みが提唱され、研究が進んでいるが,木の燃費などの検討がもっと必要ではないだろうか。私は,里山林の大規模利用については,かなり懐疑的である。スエーデンの田舎で,谷の水を利用して,小さな水車で自家用電力を作り,あまりのあるときは製材をしたり粉を挽いたりしているのを見たが,これなどは、ちょっとした里山の良い利用法だと思った。要するに,里山の利用は,大々的なものではなく、考えられるのはもっと慎ましいものだ。』・・・・と。
 わが国には,まだ焼畑農業をやっているところがあるし,近年,福島県昭和村で焼畑農業が始まったと聞いている。来る2008年11月16日には,福島県温海温泉で第2回目の焼畑サミットが開催される。私は,里山における焼畑農業はたいへん面白いと思う。第6次産業における一つの目玉・観光農業として是非普及させたいものだ。
  なお,最近は,炭の効能についての研究が進み,農地の土壌改良に極めて有効だといわれているが、これは炭の活用の話であるので,里山の利用というより次に述べる低林の活用の話かもしれない。
 四手井さんの言われるように,里山はこれから低林に逐次改修し, バイオマス発電、ペレット発電、木炭発電、水素発電などを考えるべきだろう。四手井さんも言っておられるように,最近では炭の需要も少しづつ回復してきた。焼き鳥屋用のウバメガシの備長炭、茶の湯で使う池田炭などのほか、農地の土壌改良や水の浄化という新しい用途も出てきている。四手井さんは,低林の生産するナラやクヌギなどの「雑木」は、シイタケのホダ木などいろいろな使い道があるようだ。そういうことを考量し,四手井さんは低林林業は今後の林業でも捨て去るべきものでなく,大変良い林業だとお考えになっている。尊敬する四手井さんがそうお考えになっているのだから,これからは大いに低林林業の育成を図らなければならないと思う。最近は,炭の利用として,土壌改良材や水質浄化材のほか,畜産用材,水産用材,健康材等々用途拡大が研究されてきているので、いろいろなビジネスモデルの検討が必要だということだ。念のために言っておくと,竹は驚異的な成長力を持っているので,根が横にしか伸びないという防災上の問題もあろうが、竹炭の利用拡大に向けての動きもあり,場所によっては、低林の竹林化ということも検討課題ではある。はじめから検討の外におく必要はない。低林林業というものは,場所に応じていろいろな可能性を秘めているのではないか。