「共生」のシンボル・狐
 
 縄文時代、農耕が始まるにつれ畑には野ネズミが繁殖し、それを捕食してくれる狐は、猫とともに、豊作をもたらすもっとも身近な益獣であると・・・里の人々には認識さていたと思われる。特に、狐については、狐火などの誠に不可思議な現象もあり、祟り神的な側面を持つ存在として土着の神・地の神となったのではないか。「古層の神」としての地の神・石棒に対する信仰は、ここに至ってはじめて狐信仰と習合するようになったと・・・私は考えている。
 狐と猫は野鼠を補食するという点で共通点がある。柳田国男は、 昭和6年10月に書かれた「狼と鍛冶屋の姥(うば)」という論考(「定本・柳田国男全集・第8巻」、昭和44年1月、筑摩書房)の中で、次のように述べている。すなわち、
『 猫と狼とが交わりを結んだ話はまだ知らぬが、狐とはたびたび一緒になって遊んだという噂が残っている。西田直養翁は九州の学者だが、その随筆の筱舎漫筆に、ある人、月夜に、猫と狐とが、並んで踊っているのを正しく見たという話を載せている。(さらに話は続くが省略)』・・・・と。
 また、上記の論考によれば、狼信仰より猫信仰のほうが古いので、かかる共通性を考慮すると、狐信仰も狼信仰より古いものと思われる。
 さて、前にも述べたが、今ここの脈絡で、まず小林達雄の「縄文の思考」(2008年4月、筑摩書房、ちくま新書)のなかから、私がもっとも注目している「ハラ」というものの説明を行なっておきたい。
 
*ハラは、単なるムラを取り囲む、漠然とした自然環境の広がり、あるいはムラに居住する縄文人が目にする単なる景観ではない。定住的なムラ生活の日常的な行動圏、生活圏として自ずから限定された空間である。世界各地の自然民族の事例によれば、半径約5ないし10キロメートルの面積という見当である。ムラの定住生活以前の600万年以上の長きにわたる遊動的生活の広範な行動圏と比べれば、ごく狭く限定され、固定的である。いわばムラを出て、日帰りか、長引いてもせいぜい1、2泊でイエに帰ることができる程度ということになる。
 つまり、ハラはムラの周囲の、限定的な狭い空間で、しかも固定的であるが故に、ムラの住人との関係はより強く定着する。
 ハラこそは、活動エネルギー源としての食料庫であり、必要とする道具のさまざまな資源庫である。狭く限定されたハラの資源を効果的に使用するために、工夫を凝らし、知恵を働かせながら関係を深めていく。こうして多種多様な食料資源の開発を推進する「縄文姿勢」を可能として、食料事情を安定に導いた。
 
*縄文人による、ハラが内包する自然資源の開発は、生態系的な調和を崩すことなく、あくまで共存共栄の趣旨に沿うものであった。食料の味わい一つとっても、我々現代人と同様に好き嫌いがあったに相違ないのに、多種多様な利用を旨としたのは、グルメの舌が命ずる少数の種類に集中して枯渇を招く事態を回避する戦略に適うものであった。これは高邁な自然保護的思想に基づく思いやりというのではない。好みの食料を絶滅に追い込むことなく連鎖によって次々と他の種類に波及して、やがて食料だけでなく、ひいては自然を危なくするという事態を避けることにつながる。多種多様な利用によって、巧まずしてこのことが哲学に昇華して,カミの与えてくれた自然の恵みを有り難く頂戴させていただくという「縄文姿勢方針」の思想的根拠になったとみてよい。ハラそのものを食料庫とする縄文人の知恵であり,アメリカ大陸の先住民の語り口にも同様な事情を窺い知ることができる。
 
*西アジア文明につらなるヨーロッパにおいて,ハラの主体性を認めず,農地拡大の対象と見なす思想とは対立的である。
 
*ハラを舞台として,縄文人と自然とが共存共生の絆を強めていくのは,(中略)1万5000年前に始まり,1万年以上を超える縄文の長い歴史を通じて培われ,現代日本人の自然観を形成する中核となった。
 
*森には森の精霊がいる。縄文人がハラと共存共栄するというのは、ハラにいるさまざまな動物,虫,草木を利用するという現実的な関係にとどまるのではなく,それらと一体あるいはそこに宿るさまざまな精霊との交換を意味するのである。
 
 
 「縄文の思考」である「ハラ」についての小林達雄の説明は以上であるが,日本の農村集落の構造は,中心にムラがあって,その周囲にノラがある。さらにその向こうがハラであるが,そういうムラ構造の起源は縄文時代までさかのぼるのである。
 
 「ハラ」は、狐の主たる棲息地である。鼠は家との関係が強い。狐は猫より野性的であり、その生息地が「ハラ」であること、さらには狐火など神秘的な面が多いことなどを考えれば、私は、「共生の思想」のシンボルに狐はなり得ると考えている。両義性のシンボルでもあり、マダラ神や摩多羅神ともイメージがダブって来る。狐信仰を語る時、私たちは、「古層の神」として狐を語らねばならない。「後戸の神」としての狐を語らねばならない。「ハラ」における狐の繁殖を図らねばならない。と同時に、私たちは、「野」や「ハラ」に出かけて行って大いに狐に騙されなければならないのである。
 
 さあ、ここで、私の狐に関する自慢のホームページを見ていただきたい。