御子柴は聖地か

 

その2・・・・・・地霊の発する声が聞こえるか・・・・・・

 

 

 

 

  そもそも御子柴というところは、諏訪湖から左岸を下ってきて、初めて南アルプスの仙丈ヶ岳が見える場所である。その逆方向に経ヶ岳がある。つまり、仙丈ヶ岳と経ヶ岳を結ぶ線と天竜川が交差するところが御子柴という「場所」である。唐沢Bの場合もそうであったが、古代人が木の小枝をもって地面にその場所の説明をする場面を想像してほしい。経ヶ岳は先に見たとおり「土地見の山」であった。日本列島を南下するにはどうしても登らねばならない山であった。その山の位置ををどのように人に説明するか。君ならどうするか?

  私なら、まず八ヶ岳を意味するギザギザの山と諏訪湖を意味する丸い湖を地面に書く。そこから流れ出る天竜川と仙丈ヶ岳を意味する大きな山を書く。その山の見える位置が御子柴であるので、それを想像してテントの絵を描く。その反対側に経ヶ岳を意味する山を書く。より丁寧に説明するには、テントから経ヶ岳方面に大清水川を意味する小さな川を描いておくと良いだろう。これで御子柴にいったことのない人でも御子柴遺跡のその「場所」に辿り着ける筈だ。

 

 

 

 

  ところで、中沢新一は、その著「アースダイバー」の中で、『 縄文時代の人たちは、岬のような地形に、強い霊性を感じていた。そのために、そこには墓地を作ったり、石棒を立てて神様を祀る聖地を設けた。』・・・と言っているが、御子柴遺跡はまさにそういう場所にある。 岩波の古語辞典においても、岬には必ずそこを支配する神がいると考えられていたと説明している。だから、 そういう「場所」では心頭滅却すれば自ずと「地霊の声」が聞こえる筈だ。

 

 

 

  御子柴遺跡はまさに岬地形をしており、この岬の先に、遥か彼方ではあるが、仙丈ヶ岳がある。天竜川は、原始時代、そこら中を乱流していたと思われるので、この「場所」は岬と考えていいだろう。現在は、前面の林が邪魔をして南アルプスの峯々は見えないが、発掘調査が行われた昭和33年当時は、 南アルプスの峯々がよく見えたのである。

  林茂樹はこう書いている(「上伊那の考古学的調査<総括編>」、林茂樹編著、昭和41年、長野県上伊那誌歴史編抜刷改題)。「新雪のヴェールをまとった南アルプスの峯々を望み紅葉に彩られた天竜川の段丘を遥かに見下ろす小高い丘の上に晩秋の陽が明るく照り渡っている。」・・・・と。いやあ、林茂樹の感情がそのまま現れた実に良い文章だ。実に良い。

 

 

御子柴遺跡の

かなり下ではあるが、

仙丈ヶ岳の見えるところがあった。

真ん中より少し右の木の先に

仙丈ヶ岳が見える。

 

次は、ネットサーフィンで見つけた仙丈ヶ岳の写真である。

心眼で見てほしい。