井上日召の呪力


井上日召という人がいる。血盟団を率いた人だ。私のもっとも尊敬する四元義隆さんが尊 敬する人物、それが井上日召ということだから、血盟団事件の善し悪しはともかく、井上日召という人は、相当立派な人物であったことは間違いない。これは、 私の電子書籍「野生の思考と政治」に書いたことだが、 ここで、血盟団事件の被告の特別弁護・山本玄峰の陳述を紹介しておきたい。 山本玄峰は白隠禅師の再来といわれた名僧で、第二次大戦の終結を天皇に進言し,さらに玉音放送(敗戦の詔勅)の有名な一節「忍び難きをよく忍び、行じ難き をよく行じて・・・」を進言したと言われている。山本玄峰の陳述内容は以下の通りである。


玄峰はまず、大声でこう断(ことわ)った。

 

「第一、井上昭(日召)は、長年、精神修養をしているが、その中でもっとも宗教中の本体とする自己本来の面目、本心自在、すなわち仏教でいう大圓鏡智を端的に悟道している」と。

 次に玄峰は、「人、乾(けん)、坤(こん)――宇宙の本体のあらわれが我が国体であ る」と、指摘し、「仏教信者がなぜかかることをなしたか? 仏は和合を旨とし、四恩を基としている。百三十六の地獄があるが、悪をもってすれば蟻一匹殺し ても地獄行きとなる。和合を破り、国家国体に害を及ぼすものは、たとえ善人といわれるとも、殺しても罪はない、と仏は言う。仏の中で、阿弥陀如来のほかに 一つとして剣を持たぬものはない。道ばたの地蔵菩薩でさえ、小便をかけられても、黙々としてこれを受けているが、やはり手には槍を持っている」「法は大海 の如く、ようやく入ればいよいよ深い。日召が真の仕事をするのはこれからと思う。万一死刑となって死し、虚空は尽きても、その願は尽きぬ。日本全体、有色 人を生かすも殺すも日本精神ひとつである。これを知らぬ者は一人もないはずだ」

そして最後に、「胸に迫ってこれ以上申し上げられぬが、鏡と鏡、仏と仏との心にかえって、なにとぞお裁き願います」と言って合掌した。


山本玄峰の陳述は以上の通りであるが、井上日召が相当立派な人物であったことを判ってもらえばそれで良い。



さてこれから、井上日召の呪力については、中島岳志の著「血盟団事件」(2013年8月、講談社)に基づいて、要点だけをお話ししたい。


井上日召が少しずつ法華経を読み進めたのは、彼が袁世凱の顧問・阪西利八郎大佐の書生 であった頃のことである。血盟団事件の約20年前のことであった。ある日、彼は、「南無妙法蓮華経」と書かれた法塔が夢を見て、その夢を「霊告」として受 け取った。その後、日本に帰ってから、どうすれば無限の欲望から脱却できるか、そのような悟りを得るため座禅を始めるのだが、明けても暮れても座禅行を続 けてはいるものの身中の苦労は増すばかりであったという。そういう折、ふと彼は中国時代の「霊告」を思い出し、「南無妙法蓮華経」と唱え死に(となえじ に)するつもりで必死の修行を始めるようになった。発狂しそうにもなりながら、その恐怖を振りほどき、昼も夜もなく一心不乱に題目を唱える続けた。する と、心境は変化し、霊的体験を繰り返すうちに、題目を唱え拝むことにより、人の病気を治すことができるようになったという。


ところで、井上日召には、中国時代の同志・高井徳次郎がいて、その彼が大洗に「立正護 国堂」という道場を作ろうと持ちかけてきたが、その際、高井徳次郎は病気直しの加持祈祷を井上日召に押し付けた。すると、病気が完治したという患者が次々 と出てきて、井上日召は水戸周辺で一気に有名になった。井上日召は寝る暇もないほど忙しくなったという。その後、井上日召は、加持祈祷の病気治しとは決別 し、血盟団結成に向かって歩を進めていくのだが、その辺の詳しいことは 中島岳志の著「血盟団事件」(2013年8月、講談社)を読んで欲しい。ここでは、井上日召が法華経による強力な呪力を身につけていたことをご理解いただ ければそれで良い。 修験の修行をしなくても、必死に法華経を唱えておりさえすれば日蓮ほどの人でなくても強力な呪力が身に備わる場合があるということである。それが法華経の秘密、法華経の持つ霊力だ。