白滝への道

 

 

 私は、今、「白滝ジオパーク」の実現を目指して、必要な勉強をしている。その過程で、古代から連綿と続く「歴史と伝統・文化」を勉強しながら、私が直感する「非対称シンメトリー文明」というひとつの文明観が私なりに語れれば大変ありがたいと思っているが、あくまで焦点は「白滝ジオパーク」である。その中心テーマは、いうまでもなく「ジオパーク」である。それを具体的に展開する重要なテーマとして、「風土と技術」の問題と「森と熊」の問題があるが、「ジオパーク」では、「湧別川技法」がわが国にどのように伝わっていったかを語らねばならないし、さらにはその「湧別川技法」がどこから伝わってきたかを語らねばならない。私の直感としては、「湧別川技法」のルーツを探るということは、モンゴルとの関係を探ることに繋がり、ひいては世界平和のために役立つものと考えている。私に言わせれば、「非対称シンメトリー文明」というものを語るということは世界平和のためになるし、「湧別川技法」を語ることも世界平和のためになる。だとすれば、私がこれから取り組もうとする「白滝ジオパーク」は世界平和のためでもある・・・ということになる。もちろん、白滝というか湧別川流域の活性化に役立つだけで十分なのかも知れないが、私の望みはそれだけにとどまらないのである。残りの人生をかけてせっかくやるなら、世界の白滝、世界の湧別川にしたい。

 

 わが国の黒曜石文化については、まだほんの緒についたばかりであるが、それでもかなり勉強してきた。その勉強を続けると同時に、ぼちぼち「湧別川技法」のルーツについて勉強をしなければならないし、白滝の活性化の問題にも実践活動を始めなければならない。それらの鍵を握っているのは「モンゴル」である。

 

 先に述べたように、中沢新一は著書『熊から王へ』(2002年・講談社)の中で次のように言っている。すなわち、『 人類学では、かつては世界の三大人種をネグロイド、コーカソイド、モンゴロイドと呼んできたが、今日ではそれぞれ主な居住地域から、「アフリカ人」、「ヨーロッパ人」、「アジア人」という呼び方で分類している。「アフリカ人」は、ホモ・サピエンス誕生以来ずっと故郷の地に暮らし続ける肌の黒い人々。「ヨーロッパ人」はアフリカを旅立ったのち、東に向かったわれわれの祖先たちと別れ、欧州に住み着いた人々を指す。そして、太陽の昇る方向を目指して長い旅を続けた集団を「アジア人」と呼ぶ。ここで注意しなければならないのは、「アジア人」とアジアの人とは違うということである。「アジア人」は、中沢新一の言う「東北」つまり「環太平洋の環」に対応した概念であり、アジアの人々という意味ではない。この「アジア人」の仲間のうち、もっとも長い旅路を歩いたのは、南米大陸の南端まで到達したアメリカ先住民の一派である。彼らはシベリアからベーリング海峡を越え、アラスカを抜けて北米大陸を南下、さらに南米大陸を一気に下って、かつてマゼランが「火の国」と名付けた最南端のフェゴ諸島まで、実に五万キロもの移動を成し遂げた。その末裔はオナ族、ヤーガン族という狩猟民族であり、ダーウィンの航海記録にも顔を出している。しかし、その後ヨーロッパからの侵略という不幸に見舞われ、二十一世紀の今、ほとんど姿を消してしまった。ともにアフリカを出発し、西に進路をとる「ヨーロッパ人」と東の「アジア人」が別れたのは、遺伝学の分析によると今から五万年前から六万年前のことである。「ヨーロッパ人」と別れて東に向かった一団は、大きく二つのルートに分かれる。故郷アフリカの温暖な気候を求め進んだ「南回廊」と、極寒のシベリア平原を進んだ「北回廊」である。「南回廊」は西アジアから南アジア、インドネシアを経由しつつ、中国南部から朝鮮半島を抜け対馬海峡を越えるか、柳田国男の唱えた「海上の道」、つまり琉球諸島を北上するルートをたどる。一方、「北回廊」はシベリアを越え、サハリンから北海道へと到るか、モンゴル、中国北部を経由しながら朝鮮半島を通って日本へ到達するか二つのルートをイメージしてもらいたい。詳細に見れば四つのルートだが、大きくは「北回廊」と「南回廊」という二つの道である。二つの道を別々に歩んだわれわれの祖先たちは、それぞれ旅の途中で人類史上に燦然と輝く偉大な記録を残している。北回廊を歩んだ人々は、温暖地方でしか生きられなかった人類にとって初めての「寒冷地克服」という快挙を成し遂げた。そして南回廊にコマを進めた人々は、陸地しか移動できなかったヒトが、初めて海を渡るのに成功するという「海洋適応」を果たしたのである。この二つの偉業をともに成し遂げたのが、いわゆるモンゴロイド、つまり私たちアジア人の祖先たちである。そして先ほども言ったように、その私たちアジア人の祖先たちのうち、一部がベーリング海峡を渡ってアメリカ先住民の一派となった。アメリカ先住民の一派なども広い意味の「アジア人」つまりモンゴロイドである。 』・・・・・と。

 さて、これも以前に述べたことだが、中沢新一は、「モノとの同盟」というこれからの世界をリードするかもしれないすばらしい哲学を発表している。「光と陰の哲学」といってもよい。彼によれば、霊魂を「タマ」という。この「タマ」というものを充分理解して現代の科学文明にある種の修正を加えていかないと、この先、世界はやっていけないという。私もまったくそのとおりだと思う。「タマ」と「スピリット」が大事だ。物質的な科学文明だけではダメで、「タマとの同盟」が必要なのだが、それをなし得る地域というのはモンゴロイドである。まずそのことをしっかり認識しておきたいものである。

  「日本人はるかな旅(第1巻)」(2001年8月、日本放送出版協会)によれば、わが国の縄文人29体とDNAが一致してているのは、韓国人と台湾に住む中国人とタイ人とブリヤート人であるが、韓国人と台湾に住む中国人とタイ人はそれぞれ縄文人29体中一体が一致したのに対し、驚くことには、ブリヤート人は縄文人29体中17体が一致したという。ブリヤート人は、アムール川の上流及びバイカル湖の周辺に住む民族であり、現在は、モンゴルと外モンゴルに属している。私は今年の夏にできればムングンモリトとダダルに行きたいと考えているが、ともにアムール川の水源地・ヘンティ山地である。ヘンティ山地に私の想像するような森林があるのかどうか、その辺を見てみたい。もちろんブリヤート人のモンゴル側の拠点である。チンギス・ハンの生まれ故郷はダダルである。したがって、私たち日本人のDNAとチンギス・ハンと同じかも知れない。

 

さあ、それでは

日本人のDNAはチンギス・ハンと同じか?」

というテーマで少々話をしようか。

そうしよう!そうしよう!