[No7] 

須玉町歴史博物館

 

 

 須玉町の歴史博物館はすごい。21世紀型の博物館である。「劇場国家にっぽん」の・・・まあ・・ひとつのモデルとなる博物館ではなかろうか。

 まずは、金をかけないで・・・歴史的価値のある小学校を残しながら、それを博物館にうまく活用しているということと、NPOが「オープンミュージアム」というインターネット上の博物館を開設している人いうことと、中沢新一の提唱する「対称性人類学」のもっとも大事な人面土器が展示されているということから、私はすごいといっているのだ。まずは、須玉町オープンミュージアムをご覧いただきたい。国土交通省の国土地理院が始めている電子国土に参加する先進的な試みであり、今後の活動が期待される。

 なお、須玉町のホームページは、ここをクリックして下さい。(その後、須玉町は、合併によって、北斗市(ほくとし)に変わりましたので、ホームページも変わりました。ここをクリックして下さい!

 

 それでは、津金御所前遺跡から出土したという・・・お目当ての人面土器を見るために、須玉町歴史博物館に行くとしよう。

 須玉町歴史博物館は須玉町の津金にあるが、町の中心からけっこう離れていて、マイカーで行く人はいいけれど、鉄道だと便利が悪い。結局はタクシーを利用しなければならないのではないか。しかし、タクシーを利用し少々金がかかっても須玉町歴史博物館の人面土器は一見の価値がある。タクシーで行く場合は、小淵沢や小海線の清里駅から行くのも悪くないけれど、金額的には中央線のJR日野春(ひのはる)駅がいい。バスで行くことも可能かと思われるので、その場合は事前によく調べてから行くと良い。

 なお、ほとんどの人が知らないと思うが、甲斐源氏のふるさとが須玉町である。甲斐源氏の祖・新羅三郎義光の居城・若神子(わかみこ)城が中央線のJR日野春(ひのはる)駅のまあそう遠くないところにあった。諏訪湖方面、上田方面、甲府方面ににらみを利かす・・・まあいうなれば交通の要衝が須玉町である。さらにいえば、源義家が東北に勢力を張ることができたのは新羅三郎義光のお陰であるし、また源頼朝が鎌倉幕府を開くことができたのは甲斐源氏のお陰である。須玉町が歴史的に重要なのは、お目当ての人面土器だけではない。そのことはどうしても申しておかなければならないだろう。

 

 さあ、それではいよいよ須玉町歴史博物館を訪れるとするか。そうしよう!そうしよう!

 

 

 

さあ、中に入っていこう!

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お目当ての人面土器をじっくりとご覧あれ!

 

 

 

 

 

註:須玉町の公式ホームページ・須玉町歴史博物館

註:須玉町の歴史博物館には役場から一人の職員が派遣されいる。受付の事務所に勤務しているのだが、その前の部屋にはNPO須玉町オープンミュージアムの事務所があり、2人の人が働いていた。

 

 

 

それでは再び「精霊の王」に戻ろう!

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