地球学とは



 近年、地球学という学問分野ができたようだ。旗ふり役はかの有名な松井孝典東大理学部教授だ。今は、この新しい学問大系の素材が出揃った段階で、これからどのような展開を見せるのか、予想もつかない。ある程度の成果が出てくるのがあと50年後なのか、100年後なのか判らないということのようだが、それでも今研究を始めなければならないということらしい。
 人間が人間圏を創造した瞬間から、環境破壊の歴史が始まった。生物圏の中に閉じていれば、これまでもそうであったように何百年も生きられる。しかし、このまま地球のストック(資源)を利用し、地球システムのフローに擾乱(じょうらん)を与え続ければ、あと百年程度で人間圏が崩壊するのは目に見えている。これは忍びないというわけだ。そこで、この地球上で、人類が少しでも長く生きられるように、あらゆる科学的知見を結集しようというのが地球学である。
 松井孝典がその著書「地球学・・・長寿命型の文明論」(ウェッジ、1998年5月)の中で・・・・、「地球学とは、地球というスケールの枠の中で問題に応じてそれに適したユニットを考え、そのユニット間の関係を通じて<文明とは何か>を探求する試みかもしれない」と言っているし・・・・、「地球学とは、フレームを地球にとり、テーマとしては人間圏に関することがらを新たな方法論を用いて論じる知的体系ということになるかもしれない。」・・・・、「その方法論としては、システム論的分析手法と歴史的視点が挙げられる。システム論的分析手法とは、その構成要素のモノとしての実態を追求するというより、構成要素間の関係性に注目する考え方である。歴史とは全体が意味を持つのであり、その意味でも要素還元主義的な考え方とは相いれない。」・・・・と言っている。充分彼の言葉を噛み締めたいと思う。

 また、彼は同著の中で、「地球学とは、現代を、宇宙、地球、生命、人類、文明史的な時空スケールで位置づけ、そこに生起する諸問題をその枠組みの中で改めて設定し直し、議論する、そのような知の体系だ」とも言っている。
 彼の言う地球学は、その枠組みが大きすぎて、私たちの手に負える代物(しろもの)ではないが、少なくとも、現在、地球的なものの見方が強く求められているということぐらいは私たちでも理解できる。地球的なものの見方が今大事なのである。

 学者の専門的知見にもとづき、その要点が一般人にも判りやすく語られねばならない。学者の専門的知見の一般化というか共通感覚化が必要である。学者の言わんとする肝心かなめのところが一般国民の共通感覚にならなければ、国民の支持を得ることはむつかしく、行政や政治は動かない。中村雄二郎のいうところの共通感覚は極めて大事である。国民の共通感覚を養うため、ジオパークの演劇性が重要なのである。


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