中津川の胞衣(えな)伝説

 

 

 旅は、思わぬものとの出会いがあって実に楽しい。宮本常一の「歩く、見る、聞く」ではないけれど、できるだけ歩くことだ。

 仕事での出張は旅とはいわぬかもしれないが、それでも早朝に歩くことだ。私はそうしている。今回の中津川行きは、参議院選挙の応援のためであったが、雨の中、傘をさして散歩した。

 私が中部地方建設局にいた頃の記憶にあった中津川に陰陽石のことを口に出したら、案内の方がついでに立ち寄ってくれた。ホテルからちょうど朝の散歩にいい距離であるので、翌日の早朝に写真を撮りに出かけたというわけだ。お目当ては、地元では夫婦岩といわれている陰陽石であったが、途中、思わぬ街の風情に出会い、そのときもまた大変楽しい散歩となった。

 

 

 うっかりしていたが、中津川は中山道の宿場町であったわけだし、やはり中津川を理解するにはそういう歴史を忘れてはならない。できることなら古代の歴史にそれなりの知識があればなおのこと朝の散歩も楽しくなる。

 

 

 

 宿場町としての特徴を町づくりに生かそうという地元の人にあるらしく、中津川は、一種独特の雰囲気があって、実に楽しい。この写真を見て下さい。

 

 家の入り口をこのように飾って、まさに床の間のような美の空間ですね。美の空間というものを見て歩くのは実に楽しい。京都には「門(かど)掃(は)き会」というのがあって、朝、自分の家の前の掃除をする習わしを守ろうとしている人たちがいるのだそうだが、中津川もそういう雰囲気がある。町の人たちの心配りが判り、町の人たちの心根(こころね)が判ろうというものだ。町づくりは、町の人たちの心配りであり心根(こころね)である。行政が主役ではなく、町の人たちが主役である。

 

 さあ、それでは中津川の町を歩いて行こう!

 

お目当ては・・・・あの夫婦岩!

 

 

 

 晴れていれば、この付近から恵那山が見える筈である。

恵那山は、胞(えな)山とも書き、誠に古い伝説を持っている。

 

山頂には恵那神社の奥宮本社があり、嶺の川上地区には前宮本社がある。

恵那山はまさに信仰の山である。

 

神社の由緒は日本書紀に見られ、

日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の帰途に恵那神社を参拝されたと記してある。

 

 

さあ、先を急ごう!

 

 

夫婦岩は、中津川のきわにある。

この上流に恵那神社があり、恵那山があるわけだ。

恵那山は、恵那市ではなく、中津川市にある。

 

はや夫婦岩についた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この夫婦岩のすぐ脇に、夫婦岩神社という小さな祠があり、

その由来が書かれている。

 

神代の昔、紀元2800年前、

イザナギ、イザナミの命は、この地に御降臨、琴瑟(きんしつ)相和し、

御尊子・天照大神をもうけ賜う。

その胞衣(えな)をして御弟子恵守をしてこの地に埋納せられ

霊峰を恵那山と名付けられる。

 

イザナギ、イザナミの神々は

人類の繁栄と幸福を永遠に御見守られ、

神自らの愛の象徴をそれぞれ喜厳と替え後世、

万民のため桃花の裾野に鎮座ましましたまう。

照恵尊守、

この霊喜厳をして夫婦岩と名付けられたまう。

 

 

 夫婦岩については、山上憶良(やまのうえのくら)がどうのこうのという話もあり、中津川は誠に古い伝説を持っている。この胞衣(えな)に関する伝説は、今後世界平和を志向する上で誠に大事な意味を有しており、けっしてこの胞衣(えな)伝説を軽視してはならない。中沢新一によれば、胞衣(えな)信仰は、縄文時代からの信仰であり、それがある程度かたちを変えているとはいえ、胞衣(えな)信仰そのものが今なお残っている人いうことは驚異的なことである。かぐや姫の物語がそうであったように、対称性人類学の進展によっては、胞衣(えな)に関する伝説が世界的展開を見せるかもしれない。

 

 この胞衣(えな)信仰の問題は、おいおい勉強していくとして・・・・、ここでは胞衣(えな)信仰の現在になお残っている・・・その驚異的な実例を紹介しておこう。この胞衣(えな)信仰は、縄文時代からの丸石信仰や宿神信仰とも関連し、私は「和のスピリット」として特に注目しているもので、世界平和を語る上で欠かすことのできないものである。こういう信仰がまだ残されてるうちに、日本は一日も早く「平和の原理」を確立し、国の総力をあげて国際貢献をしていかなければならない。

 かかる観点から、中津川の胞衣(えな)伝説は、世界的な価値を有している。再度申し上げるが、これを決して軽視してはならない。「劇場国家にっぽん」としてはこの上ない最高の舞台装置である。これに磨きをかけて中津川の世界的名所に仕立て上げなければならないのである。

 

 

  ところで、胞衣(えな)信仰との絡(から)みもあって、少し寄り道をしているが、寄り道ついでに、もう少し寄り道をしていきたいともう。

 鳥居礼の「言霊・・・ホツマ」(平成10年5月、たま出版)という本がある。「ホツマ」という古代文字があり、それによって書かれた「ホツマタエ」という古代の書物があるということで、その内容を解説した本である。大変興味深い本である。ホームページではこれが面白いかもしれないが、どうも「ホツマ」というのは偽作らしい。

 しかし、「ホツマ」が後世の偽作であるとしても、「ホツマ」に書かれている内容のものが、むかし、一般に流布していたことは事実であるかもしれない。歴史的事実ではないが、世間にそういう話が流布していたとなれば、それはそれで歴史的価値がある。そういう意味で、鳥居礼の「言霊・・・ホツマ」に紹介されている天照大神(あまてるかみ)の誕生記事を紹介しておくと、天照大神(あまてるかみ)は丸い胞衣(えな)の卵に包まれて生まれたのだそうである。

 これは見逃すことができない内容である。神の誕生を説明するのに、わざわざ胞衣(えな)を持ち出さなければならない・・・ということは、とりもなおさず、胞衣(えな)信仰が神話として存在していた・・・ということの証拠ではなかろうか。私はそのように考えている。

 

 

 さて、寄り身に時間を食い過ぎたようだ。

朝の散歩に戻ろう!

戻ろう!戻ろう!戻るとしよう!

 

 なお、近くに小さな寺がある。夫婦岩のある公園を世界的な名所にするときは、この小さな寺も取り込んで、一体的な整備を図ると良い。中津川の景色が一望に見え、「場所」としてはすこぶる良い場所である。

 

さあ、それではホテルに帰るとしようか!

そうしよう!そうしよう!

 

 

ときめき通り

緑の木々に 鳴く鳥の声

あなたと私の ニューシティ

新町通に 朝が来る

おはようと互いに交わす あいさつも

楽しさ思わず わいて来る

 

 

次はあこがれの井戸尻遺跡を訪ねるとするか!

そうしよう!そうしよう!

お目当ては石棒道祖神である!