[No2]

精霊の王/中沢新一

註:以下は上記の本からの抜粋である。ただし、緑色の部分は、私の補足説明であり、文責は私にある。 

 

謎の宿神

守宮神(しゆぐうしん)または「宿神(シュクジン)」 

  

 

 蹴鞠の名人・成通(なりみち)の前に出現したという三人の「鞠精」の話を聞いたとき、人びとは、中世の芸能・技芸にたずさわるものたちの守護神と言われた「守宮神(しゆぐうしん)」の姿と重ね合わせて考えた。この「守宮神(しゆぐうしん)」は猿楽や田楽の芸人ばかりではなく、造園の技術者である作庭家や大工にはじまって、もろもろの細工師、金属の技術者、染織家などの技を見守る重要な神または精霊(スピリツト)であったのだが、その精霊(スピリット)がたまたま三人の「鞠精」の姿となって蹴鞠の名人・成通(なりみち)の前に出現したというわけだ。

 いま私は、「和のスピリット」というテーマで平和な世界の舞台をつくろうとしている。平和な世界の舞台というものは「和のスピリット」の出現する「場所」だという考えである。地域づくりというものは、まあいってみれば地域が元気になる「場づくり」のことであるから、平和な地域づくりとは、ある面で、「和のスピリット」の出現する「場所づくり」とも言えるわけで、いろんな「場所」で「守宮神(しゆぐうしん)」を祀ればいいということになる。「守宮神(しゆぐうしん)」こそ平和の使者ということである。日本はもちろんのこと、世界中、いろんなところで「守宮神(しゆぐうしん)」を祀っていけばいいのだ。

 問題は、「守宮神(しゆぐうしん)」とはどんな神かということである。

 

 「守宮神(しゆぐうしん)」はシュグジともシュクジンともシャグジとも呼ばれる。中世に発達したもろもろの芸道で、この神に関係を持たなかったもののほうがめずらしい。守宮神は芸能と密接な関係をもった、これほどに中世的な神もいないと思えるほどに、中世の神なのである。

 この神は、しかしいまだに多くの謎に包まれている。守宮神はまた「宿神」とも書かれる。このように書かれて、猿楽の能ではその神はきわめて重要な地位を占めてきた。

 能の演目中で最重要と考えられてきた「翁(おきな)」とは、この宿神の顕現の姿であると、猿楽の徒に代々伝承されてきたからである。

 ところが、翁の本体であるこの宿神について、ほとんどすべての能の指南書には「別に口伝あらん」と言って、口を閉ざしている。民衆的な芸能者の中でももっともソフィスティケートされた知性を持っていた猿楽者にしてからが、そうなのであるから、あとは推して知るべしである。それほど重要な神または精霊であるのに、守宮神(宿神)はいまだに解き明かされることのない、多くの謎をひめている。そもそもそれがどんな姿をしているのかさえ、定かではないのだ。

 その守宮神(しゅうぐうしん)が人の眼前に出現した希有な記録が、この成通卿の『口伝日記』なのである。もちろんそこには鞠の名人の想像界に働くイメージ(幻視)が、決定的な影響を与えていることはたしかだろう(おまけに、この『口伝日記』を実際に書いたのが、成通本人でない可能性も大いにある)。しかしそのイメージ造型の源泉が、芸能の徒に伝えられた守宮神をめぐる諸伝承の中に潜んでいることは、まずまちがいがない。鞠の精の姿形について成通の伝えた詳細な描写には、ほかの中世芸能の口伝書に語られた、守宮神や宿神の持つとされる特徴との、多くの点での共通点を見つけだすことができる。これは、たんなる個人的な幻視ではない。そして、個人的な体験の記録をとおして、その時代の精神の共通構造にたどり着いていくことも可能なのである。

 さあ、それでは、「守宮神(しゆぐうしん)」、いいかえて「宿神(しゅくじん)」の謎に迫っていこう。とてつもない秘密の洞穴を探検するようだが、これから先き、はたして何が出てくるのやら・・・・??? そう・・・今からワクワクするではないか。

 

 

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