和のスピリット

 

 

 「地域づくり」は「人づくり」であり「場所づくり」である。私が「劇場国家にっぽん」を提唱する所以の一つは、「場所づくり」において演出という ものが不可欠だからである。私は、ビジター産業を日本のリーディング産業にしたいと考えており、そういう立場からすると、「地域づくり」には「演劇性」が 必要であり、どうしても演出家の助けが必要だ。場所の演出にあたっては、その歴史的背景や伝統や文化が密かに感じられることが肝要だ。例えば、日本的集落 の構成原理については園田稔の素晴らしい研究が あるが、「地域づくり」にあたっては、そういう学者の研究成果というものが訪れる観客に何となく感じられるような演出が望ましい。考古学的な研究成果に よって、わが国の「歴史と伝統・文化」の実態が次第次第に明らかになってきており、そういった学問的研究成果にもとづいた「劇場性」というものがこれから の地域づくりの核心になっていくと思われる。

 

 そしてまた、「縄文との響き合い」とか「宇宙との響き合い」というものも「劇的空間」としては極めて大事である。きっと、そのような「地域づく り」は地域の人びとの流動的知性を養うに違いない。そして、そのことはまた、日本人の流動的知性を養うよすがとなろう。

 「和のスピリット」の出現する聖なる空間というものは、「宇宙との響き合い」のできる貴重な空間で ある。

 そこで大事な要素となるものがいくつかあると思うが、何より心惹かれるのは、空であり、星である。 夜空いっぱいに満点の星が光またたく。こんな神秘なことはなかろう。私は、若いときから登山をやっていて、幾度となく星空を眺め、目と身体でしっかりと覚 えている。

 空のほかに大事な要素となるのは、地質だ。空や星も重要だが、大地との響き合いも重要である。温泉 が吹き出ているとか、大きな岩が露出しているとか、何か地質学的な特徴があれば、それを手引きに大地との響き合いができる。

 次に大事なのは川だ。川は千差万別。いろいろな表情を四季折々に見せてくれる。とくに洪水のときは 自然の猛威を見せつける。自然の恵みと自然の恐ろしさを実感させてくれるのは川である。

 

 こういった自然の・・・聖なる地のひとつに、縄文の遺跡があるのではなかろうか。「縄文との響き合 い」・・・、これは、世界の人びとに是非とも体験してもらいたいと思う。きっと、ビジター産業のキャッチフレーズになるにちがいない。

 しかし、私は、そういう聖なる地に生息する「和のスピリット」の力によって、ここがいちばん大事な ところだが、人びとは、流動性知性というものを身につけることができるのではないかと考えている。  

 わが国は多神教の国である。神社や寺院のほかに、キリスト教会なども結構数多く見受けられる。今後、わが国には、いろんな異境の神が入ってくるで あろう。すでにイスラム教徒も少なくないようであるが、そのうちに本格的なモスリムも珍しくなくなっていくであろう。キリスト教のほか、イスラム教も結構 わが国に馴染んでくることだろう。しかし、キリスト教やイスラム教という一神教も、原理主義的なものは日本では育たないように思える。

 わが国は、徳一と最澄の宗教論争のほか、明恵と法然の宗教論争というものすごい論争があって、結局は、現在のように、いろんな宗教ないし宗派がこ の狭い国土に共存するようになっている。わが国は「和の国」である。わが国は、多分、風土に起因する・・・「違いを認める文化」というものを持っているの である。「和のスピリット」の活躍が旺盛なのである。しかし、みなさん、ここがいちばん大事なところだが、その「和のスピリット」というものは、わが国特 有のものではなくて、「東北」すなわち「環太平洋の輪」に見られる世界の・・・それも極めて広範囲に、しかも世界一古くから生息する・・・「平和の使者」 なのである。

 

 今後、どのような宗教がわが国に入り込もうとも、その「和のスピリット」の働きのお陰で、わが国では、原理主義がはびこることにはならないと思 う。異境の神を恐れてはならない。むしろ、今後、わが国は、積極的な移民政策をとって、異境の神を積極的に受け入れなければならないのである。私は、さる5月の参議院憲法調査会(二院制 に関する小委員会)で述べたとおり、今後、わが国は積極的に世界平和に貢献しなければならないのである。そのことは、わが国に与えられた責務では ないか。世界平和に貢献するもっとも有力な方法は、アナ ン国連事務総長などいろんな人もいうように、私は、積極的な移民政策を採ることだと思う。

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 先ほども述べたように、わが国の風土は、あらゆる宗教を日本化する力を持っていると思う。神仏習合の父・徳一を勉強して、私はそのことを学んだ。 日本化ということは、「違いを認める」ということであり、まあいうなれば「和」の精神によって、原理主義の角がとれて・・多少柔らかく変質することであ る。習合といってもいい。「和のスピリット」の力のことである。

 積極的な移民政策によって、キリスト教やイスラム教があるていど日本化すると考えるのははたして楽観過ぎるであろうか。私はそうは思わないのであ る。

 今後、わが国は、「和のスピリット」の活躍する「場所づくり」を急ぎながら、ビジター産業の育成や移民政策の推進を図らなければならないのではな かろうか。

 

それでは、縄文の旅に出かけようか。

出かけよう!出かけよう!




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