diary

川のおじさんは、仕事をしながらも、
いろんな「旅」をしています。
そんなおじさんの出会いや発見を
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川のおじさん日記

会津盆地の真ん中で推理する



法相宗の高僧「徳一」と勝常寺

都に生まれ、国のゆく末も、鎌倉も視野に入れていたはずの徳一が、なぜ こんな辺鄙なところに寺を建てたのか? 畦道を歩きながら僕は思いを巡らす。


 

ひとことメモ


【法相宗(ほっそうしゅう)】

玄奘(三蔵法師)の教えを入唐留学した僧が広め、8-9世紀隆盛を極めた。仏教の中でも複雑な「唯識」思想を研究する学派。薬師寺、興福寺が大本山。

【徳一】
平安時代初頭の学問僧。若くして都を去り、807年磐梯山麓に慧日寺を開く。生涯粗衣粗食、戒律を守り、最澄との激しい宗論や空海への質問状が彼らの教義思想を高めた。空海からの書状には「徳一菩薩」との呼びかけが残る。

磐梯山慧日寺資料館
桃源雲情「徳一菩薩(とくいつぼさつ)」

【勝常寺】
中央薬師とも呼ばれ現在真言宗豊山派に属するが 、807年徳一の創建が伝わる。国宝の薬師三尊、その他の仏像も創建当寺の作といわれる。

おじさんのレポートをもっと詳しく
「中央薬師・勝常寺」


勝常寺 当時盆地は荘園開発の只中。徳一は寺に、

医療・土木などの総合施設機能も備えさせたか?

なれば、街道をはずれても真ん中が適所。

しかも会津は東北経営の拠点・・・

陣頭指揮する徳一の姿が目に浮かぶ。

写真:勝常寺

薬師如来座像 代々住まう農家の立派さに感心しきり。

浮き草の如き身を思いつつ、寺に到着。

本堂も閉まっていたが、周りの様子を

見ていれば想いはつのる。宝物館を隙間から

覗けば、闇に白百合、一輪。

写真:薬師如来座像


徳一は都市仏教から離脱し、「人として救われる道」を説いた。誰におもねることもなく確固たる信念をもった生涯を追う。旅は僕の先生です。

2004.3



         
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