川のキーパーソン

 

TALK&INTERVIEW

 第7回 座談会
 「
北海道からパワフル発信。川づくりと自治体・市民の役割」

「Boys be ambitious!」・・・、これは「北の大地」における「平成の開拓」の合い言葉でもある。北海道は、いよいよこれからが本格的な日本のフロンティアとなる。これからだ。そこに「平成の開拓」の重大な意味があるのであって、私が思うに、世界平和のために・・・北海道はなくてはならない存在であるということだ。 ― 岩井國臣 ―



田口 哲明氏
荒関 岩雄氏
妹尾 優二氏
岩井 國臣氏

座談会出席者
(H19.3.12 北海道江別市「流域生態研究所」にて/写真左より)

【田口 哲明(たぐち てつあき)】 
1948年生まれ。土木工学専攻。国土交通省北海道開発局、稚内開発建設部長をへて現・(財)石狩川振興財団理事長。NPO法人水環境北海道副理事長。
国土交通省北海道開発局
(財)石狩川振興財団


【荒関 岩雄(あらせき いわお)】 
1949年、函館市生まれ。都市及び地方計画部門技術士。対談当時は恵庭市企画財政部地域振興室長。現・(財)石狩川振興財団専。川に学ぶ体験活動協議会副代表理事。NPO法人水環境北海道専務理事。
北海道恵庭市
川に学ぶ体験活動協議会(RAC)
「川を再生し教育・福祉の場に」荒関岩雄((財)地域活性化センターWEBサイト内 )
「えにわ湖の健全利用と環境保全活動」荒関岩雄((財)ダム水源地環境整備センターWEBサイト内 )


【妹尾 優二(せお ゆうじ)】 
1951年、余市郡生まれ。流域生態研究所所長。生態系調査や環境アセスメント等の業務を行うMエコテック代表取締役。NPO法人水環境北海道副理事長。
広がる川の仲間たち「流域生態研究所」(十勝毎日新聞社WEBサイト内)
株式会社エコテック
「川本来の姿−自然河川工学の実践−」妹尾優二(西日本科学技術研究所WEBサイト内)


【岩井 國臣(いわい くにおみ)】 
参議院議員
プロフィール
2005年第7回国土政策フォーラム特別 講演「平成の北海道開拓の可能性」
この対談をもとに書き下ろした岩井國臣随筆「フロントランナー」



「NPO法人水環境北海道」三傑の出会い

■岩井: 関東に始まり、中部、近畿、中国、四国、九州というシリーズで、各地方の人の様子、川の様子を河川レビューという雑誌に紹介してきました。あと北海道、東北、北陸と残っているのですが、次は北海道ということで、皆さんにいろいろとお聞きしたいと思っています。今日は、お忙しいところ本当にありがとうございます。。

 最初にお聞きしたいのですが、現在「水環境北海道」で、三人がタッグマッチでいろいろやっておられますね。でも、最初から、こうして三人集まったのではなくて、最初はふたりで、ひとりが参画したみたいなのが、まあ普通だと思うんですが…。その最初の出会いというのは、田口さんと荒関さんですか?妹尾さんはもともと荒関さんとのお知り合いですか、それとも田口さんのほうですか?

NPO法人水環境北海道


■妹尾: 知り合ったのはお二人同時くらいでしょうか。

■岩井: 両方何となしにと言われますが、でも、最初から三人ではないでしょう?

■妹尾: はい。最初から三人一緒ではなかったのですが、田口さんとは私の会社と発注者(北海道開発局)という関係で知り合いました。堅いイメージのある開発局の中でも田口さんの考え方には幅があり、また、行動力もある人で感銘しました。

■田口: 十年以上前ですね。私が局の工事課長くらいのときかな、一番じっくり話をしたのは。それ以前の平成6年頃、石狩川開建の次長の時にもお会いしてましたが・・。

■妹尾: 荒関さんとは、川に関連して知り合いました。当時、荒関さんはNPO法人水環境北海道で活躍されており、特に子どもたちの体験教育として「かわ塾」を行っていまして、十年ほど前になりますか川の指導者としてお誘いがありまして、それからずーっと付き合いをさせて頂いております。私は、子どもたちの自然環境教育として昭和50年代から趣味的に行っていまして、私の考える環境体験教育と荒関さんの考え方が一致しているところがあり、荒関さんの考え方に対しても感銘しましたし、三人共に方法や手段に違いはあると思うが、考え方が一緒なんだと感じています。

■岩井: 荒関さんと田口さんとのつきあいというのは、どんなものだったんですか?

■荒関: 丁度私が恵庭市で河川を担当していた時期で、特に千歳川放水路の推進が大きな仕事ということもあり、開発局の人たちとの連係が重要であったわけです。そもそも千歳川流域というのは低平地なので放水路がなければ抜本的に洪水から救われない地域なんです。田口さんも開発局で放水路に関わっておりました関係から、お付き合いがあったわけです。田口さんは、非常に面 倒見のいい方であることに加え、同じ恵庭市在住なので、仕事とは別にして色々な相談に乗って貰っていたわけです。そんな時に「地域交流センター」代表理事の田中栄治さんに誘われて、「全国水環境交流会」の発足に参画したわけです。その「全国水環境交流会」の発足に呼応して、北海道でも「全国水環境交流会in北海道」というのを立ち上げたわけですが、そのときも田口さんに相談に乗ってもらった経緯があります。

NPO法人 地域交流センター
NPO法人 全国水環境交流会
全国水環境交流会in北海道
1993年結成、「水環境北海道」の前身。


名コーディネーター田中栄治さんのこと

田中栄治氏

田中栄治さん
昭和18年山口県生。全国首長連携交流会事務局長、日本トイレ協会理事など。「地域連携」のパイオニアとして道の駅誕生のきっかけをつくり、現在「川」「まち」などあらゆる場面 で「駅」を推進中。(写真提供:国土交通省中部地方整備局)

■岩井: 田中栄治さんとのつながりというのは、何がきっかけですか?

■荒関: 現在の活動に取り組む以前から、「自治体学会」とかで地域づくりの活動をやっておりましたので、田中栄治さんとは、道の駅とか色々なところで出くわしておりました。

■岩井: 一番最初は何ですか?

■荒関: 田中さんが「道の駅」のシンポジウムで札幌に来られたときがあったのです。そのときに私もパネラーで出て、国道の実態、例えば、国道36号の恵庭市の出口と入口は非常に小便臭いということもありましたので、高速道路だけではなくて一般 の国道でも利用者のトイレが道路管理者で設置できないのかと。そのようなお話をしていまして、それで知り合ったということもあります。

自治体学会
道の駅情報サイト「未知倶楽部」

■岩井: 道の駅構想は、私が広島に中国地方建設局長(1989年・昭和64年当時)で行ってからですが、中国山地というのは全国の中で一番最初に過疎化が始まり、一番先鋭的に過疎が進んだという地域なのです。そこでなんとか地域活性化をやらなくてはいけないということで、それまで私も田中栄治さんとは懇意にしていましたので、「広島でいろいろ活動するので、ひとつ助けてくれ、助力をしてくれ」ということで、彼が広島にちょくちょく来られるようになったんです。専門のスタッフもひとり広島に置きました。そうこうしているうちに、YMCAでシンポジウムをしている時にフロアから道の駅の話が出たんです。それで田中栄治さんと一緒に勉強会なんかをやったりしまして、それがやがて平成5年から登録が始まった道の駅につながっていくんです。ですから私と田中栄治さんとのつきあいは、結構古いんです。

 その後、私が治水課の専門官から政策企画官になった昭和57年頃に、そういうのを始めたわけです。多摩川で「河川環境管理基本計画」、最初は「基本」がなくて、「河川環境管理計画」といっていました。それを多摩川で始めて、近藤さんから引き継いで私がやっていたのですが、その延長線上で少し水辺環境のことをやらなければいけないということで、いろいろやりました。それで、田中栄治さんとその頃知り合いました。別 に彼は水の関係をやっていたというわけではないんですが、これから水だということで、水のことをいろいろと言う人が彼のまわりにも多かったので、それでちょうど良かったんですね。官民交流をやりましょうということで、始めたのですが、全国の中で、河川環境、河川、川づくりについて、いろんな動きが出てきた最初の頃なんです。今、田中栄治さんの話が出たので、ちょっと補足的に説明しますが、そういうことなんです。

河川環境管理基本計画((財)河川環境管理財団WEBサイト内)


水環境交流、はじめの一歩 in 北海道

■岩井: 先ほど、妹尾さんから「かわ塾」と聞いたのですが、それが川での関係では最初ですか? みんなで一緒にやりましょうというのが、「かわ塾」なんでしょうか?

北海道Eボート大会

▲13回目となった北海道Eボート大会は2007年、浦臼町で開催された。(写真提供:水環境北海道)

荒関:  最初はシンポジウムとか学習会から始めましたが、目立つような活動は「Eボート大会」ですね。これも「全国Eボート連携協会」事務局長でもある田中栄治さんとの関係で開催しております。

■田口: 全国水環境交流会設立が平成5年で、北海道ブロックとして「全国水環境交流会in北海道」というかたちで活動が始まったのが平成6年、私はその時は直接の活動はしていないんです。応援団的存在で・・。荒関さんとのつながりをお話ししますと、昭和56年水害のあと石狩川治水の重要課題は千歳川の治水だったわけですが、平成6、7年頃、荒関さんを中心とする「水環境交流会in北海道」としても、千歳川の治水問題として、千歳川放水路の勉強会をしていたのです。その勉強会に、一度、私も荒関さんと同じ恵庭に住んでいるというつながりもあって、一市民の立場での説明に呼ばれたんです。それが一番接触の濃くなる始まりでした。その場で説明をしたり、意見交換をしたなかから、当時の「全国水環境交流会in北海道」のグループの中に入っていったといういきさつがあります。

NPO法人水環境北海道活動のあゆみ(水環境北海道WEBサイト内)
全国Eボート連携協会
Eボートを媒体とした全国の水辺交流を目的に地域交流センター内に設立。1995年(平成7年)多摩川で進水式を行ったEボートは、今や地域の親水・連携交流事業に欠かせない。


■岩井: 「全国水環境交流会in北海道」は千歳川が中心ですか、それとも実活動としては千歳川が中心だったのかもしれないですが、対象とする範囲は全道ですか?

■三人: 全道です。始まりは千歳川ですが。

2006年秋の漁川・かわ塾

▲2006年秋の漁川・かわ塾。「せおっち」こと妹尾さんが産卵後のサケを捕まえ食物連鎖の学習。(写真提供:水環境北海道)

■田口: 先ほどのEボート大会の話に戻るのですが、平成7年に千歳川で第一回北海道Eボート大会を行いました。それこそ田中栄治さんが来られて、彼がEボート大会ということを言い始めたはしりの頃です。北海道でも是非どうだろうということで、荒関さんに相談があって第一回目をやったのですが、その時に私も仲間に入っていったわけです。そこからですね、つながりがずっと深まっていったのです。また、その縁で、私も田中栄治さんとのおつきあいが始まりまして、彼のサロンとかにもよく呼ばれて顔を出したり、全国的な集まりでのつながりも、田中さんとはありました。当時は流域連携ということが大きなテーマで、水環境北海道と「北上川流域連携交流会」との交流もそのころから始まりました。「かわ塾」も北上川でのリバーマスタースクールの活動がヒントになったものです。

第十回「千歳川・かわ塾」(水環境北海道WEBサイト内)
NPO法人 北上川流域連携交流会



産・学・官・民、相互に欠かせぬ理解と信頼

■荒関:
 やっぱり流域連携がないと、最終的には河川環境も良くならないと思いますが、これは当たり前のことです。それで北上川が当時、流域連携が一番進んでいたと思います。官民連携とか、そこから学び得るものが多いこともあり、色々なかたちで今もお付き合いがあります。地域づくりをやっていた頃からの私の思いとしては、官だとか民だとかと言う前に、同じ目標に向かって官民が心をひとつにして活動しなければ、何事も成し得ないというのがありましたので、全国水環境交流会のキーワードである産・学・官・民というのには共感したわけです。

ところが全国水環境交流会のシンポジウムなんかに行くと、市民はコンクリート護岸にした行政が悪いとか、そういうことばかりを言うわけです。しかし、コンクリート護岸にしても行政のやってきたことには、それなりの事情があるのですが、行政には、それを市民に分かりやすく説明するスキルが無いと言ったら失礼ですが、そういうこともあって、やはり市民団体は苦手だということで産・学・官・民の交流といいながら、当時としては、シンポジウムなんかでも全然連携ができていなかったんです。最近は少しできてきましたが―。

 それで、私の会としては、とにかく産・学・官・民がお互いの立場を理解し、そして信頼関係を構築しようと。国も道も市町村の職員も、そして民間の方も学者も交えて、物事の本質をわきまえ心ひとつにして、世の中を良くしたい、いい川にしたいということでやっています。それで大事なことは、恒常的に付き合う、そして活動を共にすることでベクトルが形成され、目的が達せられるように思います。


真の川づくりは、川と生物を知ることから

■岩井: それで田中栄治さんは、「野」をつけて、産・学・官・野と言っているんですが、通常、一般的に言っているのは、産・学・官です。それで荒関さんも官だし、田口さんも官、妹尾さんは民。過去は、だいたい物事が官主導で起こってきたと思うんですが、最初は、こういう人たちとつきあってきて、どんな感じを持たれましたか? 民の立場で。

■妹尾: そうですね・・。私は、現在色んな肩書きを持っていますが、流域生態研究所を設立する前には、北海道を代表する民間のコンサルタントにおりました。小さい頃から川が好きで、毎日魚釣りをしていまして、川の形や生物との関係については経験的に詳しかったと思ってました。コンサルに入り、河川工学的な仕事を行ってきましたが、実際に出来上がった川を見たときに、これでは魚が棲めない川になってしまう、また、釣りもできない川になってしまった。寂しい気持ちになり、工学的な会社の中に生物系のセクションをつくり、河川に関係する生物と川づくりに関する資料収集を徹底的に行いましたが、生物の分類や同定など幅の狭い研究成果 ばかりで川づくりには殆ど反映されていませんでした。

妹尾さん

▲一年中川の中に入っている自称「変な奴」、妹尾さん(写真提供:水環境北海道)

 そこで魚類など河川に関連する生物学研究として、生物と同じ目線で川との関係を調査しようと言うことで、年中水中に潜り魚などと生活し、各種生物から河川と生物の生活環境に対するヒントをもらいました。当時は、各専門家から変な人間がいると言われましたが、最近は河川工学屋ではなく生物屋と言われることが多くなりました。

 私がこのような世界に踏み込んだのは昭和54年くらいからですが、仕事は結構ありました。こんなことがありました。環境影響調査の中で魚類の立場で報告書を仕上げ説明したところ、担当者から「お前は自然保護団体なのか」と言われ「そうじゃありません。魚の気持ちを伝えただけです」と啖呵をきったり、ある有名な課長さんがおりまして、検定の最中に各種の意見交換が行われたのですが、意見に食い違いが生じ思わず「川を治めるものは国を治めるとあるが、課長の考えは国を滅ぼしてしまうのではないですか・・・」、ちょうど平成に入る前の昭和60年代、62、3年だったと思うんですが、その頃から役所に対して結構ものを言うようになりまして、良い意味ででも悪い意味でも名前が売れてしまい、今は大変な目にあっています。(笑)

■岩井:  河川行政というか、川づくりの関係、行政のほうもだいぶ変わりましたでしょう? どんな感じですか?

■妹尾: 確かに行政は変わりましたけれど、まだ現場サイドは変わらないですね。一般 的な社会情勢の中で、市民と連携とか、市民参加型となり、河川改修においても流域委員会などの中に一般 住民の参加も多くなりました。しかし、地域住民の中には思い思いのことを言い始め、なかなか収拾がつかなくなりかえって思うように進まないことが多くあります。また、工事が行われても勝手に中止を訴えたり様々です。私は当初、生物との仲介を行うために各種の研究を行ってきたはずですが、最近、生物との仲介ではなく、人間同士の仲介役が多くなっています。

 これは市民団体とか、行政とか、先生方とか、勝手なことを言うわけですが、川本来の機能を理解されていないこと、生物と川の関係など無視された状態で話し合いが行われることが多いため「ちょっと待ってください」、「川の機能と魚の関係はこうなのだから」、また「工学的にもこの辺まではなんかできるんじゃないかとか」など、現場の経験の中からいろいろ提案をだしながら次第に方向を修正しより良い方向に向けたりしています。


広がる輪、水環境北海道大忙し

■岩井:  それで、今は、千歳川が中心かもわかりませんが、それ以外にどんな川をおやりになっているんですか?

第九回石狩川流域交流フェスタ(2007年)

▲「第九回石狩川流域交流フェスタ(2007年)」水環境北海道を中心に、石狩川下覧櫂、山のない北村の輝き、柏木川プロジェクト、夕張川なんでも探検隊などが共催(写真提供:水環境北海道)

■荒関:  先に石狩川のことですが、石狩川の中流で川下りなどをやっている「石狩川下覧櫂(くだらんかい)」という団体があるのですが、そういうところとも連携をして活動しておりますし、それから夕張川流域の栗山町にある団体関連では、妹尾さんがそこの活動のひとつである「夕張川なんでも探検隊」の面 倒を見ておられます。

■妹尾:  私の場合は、今水環境北海道で「かわ塾」をやっておりますが、先ほども言ったとおり昭和50年代から百人近い子供たちを集めて自然体験を行っていました。このような活動が引金となって、春から秋口にかけては休む時間が無い状態です。水環境北海道の絡みでは、夕張川とか鵡川(むかわ)等も毎年行っていますし、網走や遠軽など色んな所から情報が流れ要望も結構多い状態です。川での体験学習指導者は少ないようですね。

■岩井:  それぞれ団体ができているんでしょうか?

■妹尾:  NPO的なものは少ないですが、市民団体など有志の団体は多いです。

バイオブロック工法による千歳川流域の植樹

▲バイオブロック工法による千歳川流域の植樹は、平成14年度から水環境北海道が行っている活動のひとつ。(写真提供:水環境北海道)

■荒関:  私は、日高方面にある「NPO法人鵡川(むかわ)・沙流川(さるかわ)交流会」、恵庭市内にある「柏木川プロジェクト」、それから後志方面 にある「NPO法人しりべつリバーネット」、この三つの団体の顧問もやっているんです。

 うちの会は先発していたものですから、ゴムボートだとかライフジャケットだとかが相当数あります。最近は、川での自然体験が教育上の効果 が非常に高いと、段々分かってきたものですから、活動に取り組む人が増えてきているわけです。その支援といいますか、安全上の指導もやりますし、また、ライフジャケットとかの機材、ゴムボートなんかは、子どもの教育活動に限っては、全部無償で貸しているんです。そういうことをやっていると、更にまた輪が広がって、益々忙しくなってしまって、困ったなぁ〜と、妹尾さんは特にそうなんですが、忙しくてみんな困っています。

■岩井:  ボランティアですから。大変ですね。

石狩川下覧櫂
夕張川なんでも探検隊
夕張川と支流をフィールドに子どもから大人までが魚とり・川下り・滝探検等、何でも探検・体感中。
鵡川・沙流川交流会
流域の環境保全や流域交流、自然体験型事業等を通して地域づくりを行っている。
柏木川プロジェクト
NPO法人 しりべつリバーネット
広がる輪「石狩川流域交流フェスタ」
2007年に九回目を開催したイベントで、水環境北海道を中心に、石狩川下覧櫂、山のない北村の輝き、柏木川プロジェクト、夕張川なんでも探検隊などが共催している。


ほんとうの環境教育・体験学習とは何か?

■妹尾: 私が水環境北海道に所属しない状態で活動しているころ、水環境北海道から資材を借りるというのも、なかなか遠慮していたので、必要機材は自分で揃えたんです。ですから資金的な面 では大変な状態でした。また、これら機材を運搬可能な車まで用意し全てこちらで揃えた状態で「かわ塾」を行っていました。このような面 ではNPOとか水環境北海道等のような団体は必要だと思います。 ただ、環境教育や体験学習などやり方に問題があるように思っています。行政も近年は積極的に環境学習的な活動を行っていますが、行政からコンサルに委託し、業務の一環として活動が行われているようですが、指導者はどうしても「先生」になりたがっているようなんです。子どもたちを炎天下に立たせて、指導者が魚を採って、それを難しく説明し終了となっている。これには私自身疑問を感じていますし、疑問を感じている行政もあり、コンサルの環境教育現場に呼ばれることもあります。

 水辺の学校という現場に行くと、子どもたちが何十人もいるんですが、みんな炎天下で何もせずたたされている状態で「何をやっているの、先生方はどこに行ったの」と聞いたら、「魚を採りに行ったんだけど」と・・・?そこで現場の所長さんとか、職員の人たちに、私の車から資材を出すのを手伝ってもらい、子どもたちに川の怖さや楽しさ、魚と川の関係など簡単に説明した後、手網を持たせ一緒に川の中に入り川の横断や魚取りを行ったのです。子供たちはギャーギャー言いながら体中ずぶ濡れではしゃいでいました。子供たちが採った魚を水槽に入れ小さな水族館を作り、魚の特徴や川との関係を説明しましたが、子供たちの満足そうな顔に行政の人たちニンマリでした。一時間ほどたったころ先生たちはかえってきましたが、捕獲された魚は子供たちの方が多く、先生たちはキョトンとした状態でしたが、それでも魚の説明をしていました。

 今何故、自然体験学習なのか、人間として生きるための能力を備えるためには何を経験させることが必要なのか、そんなことを私は考えながら体験学習を行っています。川には危険がつきものですが、最初から危険だけを学んでも実際川に行けば更に大きな危険に遭遇することになります。危険を体験してこそ危険が学べるということです。従って、今行われている各種の環境学習的なものは、多くの問題を持っていると考えますし、私が関係した「RAC」などもこのような問題を抱えることになると思っています。

■岩井:  課題はいくつかあると思うんですが、要するに、河川管理者だけではなかなかいい川ができないので、そういうボランティア活動というのか、地域の人たちの参画、川づくりに関するいろんな取り組みが行われるということはきわめて大事だと思いますし、その前に、川をよく、子どもたちを含めて知ってもらわないといけないというので、そんな面 での活動もいっぱいあるということですね。

川に学ぶ体験活動協議会(River Activities Council)



「いい川づくり」への辛口提言

■岩井:  そこで、いろいろ考えていきますと、結構いい方向で少しずつ動いているかもしれませんが、現在、なお、いくつか課題があるのではないでしょうか?それぞれお三方で、これからの課題として、どんなことを感じておられるのかというのをひとつづつお願いいたします。川づくりとか、子どもたち、子どもだけじゃないと思いますが、地域の人を巻き込んで川に関するいろんな活動をやっていくということで。

■田口:  いい川をつくるには、地域に住んでいる人たちが、そこに流れている川は自分達のものなんだという意識をまず持ってもらわないといけない。いつの頃からかそういう意識が薄れていって、川は、要するに河川管理者が管理していればいいというようなものになっていて、地域の人たちは、それに対して何か問題があれば、指摘をしたり、行政を批判したりというような構図になってしまったような気がするんです。それはそうじゃなくて、もし、川に問題があるとしたら、翻(ひるがえ)ったら、川にはその流域の人たちの暮らしぶりとかが大いに影響を及ぼしているわけですから、良くも悪しくもまずは自分たちが一義的に取り組むべきなんだという意識を持ってもらうようなことが必要ではないかと思うのです。 とにかく地域の人には、その川は河川管理者のものではなく自分たちのものだと思ってほしい。川を大切にすることもそうだし、川をいじめてはいけないということもそう。今までの河川行政はそういった意識を育てることはしていなかったし、また河川行政としてはそういったことをする気持ちもなかったのではないか。そこの間を埋めるような役割がNPOの活動にはあると思います。

「第11回千歳川ウエルカムサーモンクリーンリバー」

▲川にふれながら、川はみんなのものを実感。「第11回千歳川ウエルカムサーモンクリーンリバー」(写真提供:水環境北海道)

 川づくりにしても、川に近づいたり、川でいろんなことを体験したり、遊んだり、というようなことをする中で、その地域を流れている川が地域のみんなのものなんだと、これを守るのも汚すのも、良くするのも悪くするのも、すべて一義的には自分たちなんだというふうな気持ちに徐々になってもらえれば・・・というのが私達の活動の背景にあるんです。

 そういう気持ちさえうまく育てば、我々の活動は、そこで要らなくなるなというのがありまして、よく荒関さんなんかと冗談を言うんですが、うちの水環境北海道の目標は我々の活動が要らなくなる地域社会ができることだと、そういうのができればもう、私たちの活動は要らない。早くそういう社会になればいいね、という気持ちがあるわけです。このことが本質的に考えるべき部分なんではないかなという気は常々しています。洪水のときの川の役割についてもそうなんですが。


住民の意識が変われば、河川環境は甦る

ドンコ舟

▲柳川の町を縦横に走る掘割を行くドンコ舟 (国土交通省 九州地方整備局 筑後川河川事務所 湯江綱満氏撮影)

■荒関: 私の言いたいのも、ほぼ同じです。柳川掘り割りを再生させた広松傳(ひろまつ つたえ)さん、それから「よこはまかわを考える会」の代表だった森清和(もり せいわ)さん、お二人とも亡くなりましたが、基礎自治体の職員だったのです。広松さんが住民と一緒にやったから柳川も再生できたのだと思います。

 この間も東京の多自然シンポジウムでは、多分、参加者の方々にご理解戴けなかったかと思いますが、多自然でいい川をつくったって、水が汚れていて魚も棲めないようでは意味がないわけです。水を汚している責任は何処に、誰にあるのですかと。それは、そこに住んでいる人たち、流域に住んでいる人たちにあるわけです。水質の問題というのは、市町村の責任でもあるわけです。ですから、市町村がこういう運動にもっと積極的に参画して戴かないと最終的には河川環境も向上していかないんだろうなと思います。

柳川掘割の再生事業と広松氏情報「筑後川流域物語」( 「AQUA」 Vol.04/アクアプラネット研究会WEBサイト内)
川を再生し川を楽しむ 「神奈川県 よこはま川を考える会」 ((財)あしたの日本を創る協会WEBサイト内)

■荒関: しかし、田口さんが言ったとおり、河川管理者は日頃から河川を管理していますから、基礎自治体は、こうした面 でも国の陰に隠れていたように思うわけです。基礎自治体には責任をもう少し感じて貰うというか。それと、もうひとつ、基礎自治体といいましたけれど、突き詰めれば住民です。やはり町内会の窓口というか、直接的かつ日常的に町内会とお付き合いしているのも市町村ですから、河川管理者が誰であろうと市町村が積極的に参画しないと、私は最終的に河川環境なんて再生できないなと思っています。

 現状を見てみると、国と市民団体とのコラボレーションというのは、かなり進んでいるんです。でも、市町村がまったくそこに入っていないというのは、住民が入っていないということです。それは意識のある市民と河川管理者がやっている。でも、その間に市町村が入っていない。普遍的な流域住民が入っていないということですから、そこを改善していかなければならない、運動論としてその方向をつっていかないと、最終的に多自然だとか言ったって、問題は解決しません。最近は国交省の一部の人たちは、「おまえの言う通りだ。少し、そのことを広めてくれ」というようなことを言ってくれます。

 恵庭(えにわ)市の自慢は、市民から「漁川(いざりかわ)」のあそこが危ない」とか、茂漁川(もいざりがわ)の「河畔林林をどうして伐採した」と言われたとき、まずは市役所で受け止めます。それから河川管理者と協議して、市民に回答している場合が多いです。ところが、他の市町村では「あれは国の川、うちには関係ない、河川管理者に言ってくれ」それで、もう終わりです。市町村の中に川が流れているわけですから、国の管理と言っても、市町村が河川環境の部分に対して「知らない」で済ませてしまったら、それはどうもならないような気がするんです。

■田口: 制度上そうなっていることが、その意識を低くしてしまったというか・・・。

北海道恵庭市
石狩川開発建設部漁川ダム管理所
茂漁川親しむ会


地方自治体よ、国の先に立て!


■田口: 市町村の組織で、河川を担当する部署、課とか、部とか、昔はあったはずですけど、今、行革の嵐の中でつぶされたりどこかの課にくっつけられたりでないがしろにされてきていませんか?恵庭市は、どうでしたか?

漁川(いざりがわ)

▲漁川(いざりがわ):石狩川水系千歳川支流、全長46.8kmの1級河川。流路は全て恵庭市にある。写真は漁川ダムの上流風景(写真提供:国土交通省石狩川開発建設局漁川ダム管理所)

■荒関: 恵庭市の建設部には、河川を担当する管理課という部署もありますし、河川担当の次長も主幹も配置しておりまして、治水面 も当然ですが、国の様々な事業は勿論のこと、河川環境に関わる市民の窓口にもなって、河川管理者との間に入って調整をしています。

■田口: 国の先に立つという窓口が自治体にあれば、住民はそこに行くこともできるし、今まではできたかもしれませんが、今は、その窓口自体も明確ではなくなってきています。

■荒関: それは自治体としても、まずいのではないかと思っているのです。

茂漁川(もざりがわ)

▲茂漁川(もざりがわ):漁川の支流で延長約5Km、「ふるさとの川モデル事業」認定河川。アイヌ語の「モイチャン(鮭が産卵する小川)」に由来し、昭和末期からの河川改修には多自然型工法を多く取り入れている。(写真提供:北海道石狩支庁)

■妹尾: たしかに川づくりを実際に行う方としては、地方自治体がしっかり中に入って動いてくれるところは、非常にいい川もできますし、恵庭なんかは、典型的な例でしょう。恵庭市では、漁川の改修事業に先立って「漁川セミナー」等を、恵庭市が音頭をとって行います。そこには国の機関や市民団体など多くの関係者が集まり勉強会を行い、話し合いがもたれます。そこで市民から「カワセミを守りたい」、「あの木は守りたい」など各種の意見が出てくるんです。この会議でのコーディネーターはNPO法人水環境北海道のメンバーであったり、私たち専門家などが参加して行われます。

 漁川の将来像として、洪水の無い排水路的な川で良いのか、サケや植物が多く生活できる川にしたいのか、人間の川利用はどうするか。例えば、木を守りたいと言うことも可能だが、あの木を守ることで川幅や河岸を固定しなければならなくなり水を強制利して流すことになりますよ。すると上流側の河底の礫が流れ出て魚類の生息や産卵が不可能になりますよ。これでも宜しいですか。魚の生息場や植物の侵入は川の中での土砂コントロールによって維持されていいます。これは、流れの変化によって行われるため川幅等に変化が必要になります。このように水に自由な空間を与えながら、五年後、十年後の川の姿を考えながら川づくりを行うことも必要と考えます。まあ、こんな講義を行いながら市民の考え方を調整していきます。恵庭市内には茂漁川という良い例もありますので市民の理解も他の市町村とは異なりますが・・・。このような調整役として自治体の役割は大きく、加えて優秀なNPO組織も重要な役割を果 たしていると思っています。


セクターそれぞれの役割

■荒関: 私の考えでは、治水と利水の部分、それは、都府県あるいは市町村を越えた調整が生じますので、市町村に権能を渡すことは不可能だけれど、ただ、環境に限って言えば、それは河川管理者である国、あるいは都道府県と住民の間に入って、色々なレベルでコーディネートすべきだと思います。

 それは何故かというと、河川というのは、そのまちのデザインにも及ぼす影響が極めて大きいわけですし、特に規模の大きな川になりますと、例えば街並みの景観とマッチしているかも含め、河川景観次第では、まちの雰囲気が大きく左右されるわけです。ですから、そのまちの川の景観がどうあるかというのは、それは河川管理者の責任ではなく市町村の責任であると私は思います。やはり基礎自治体がまち全体に対して、明確なデザインイメージを有し、その一部である河川景観を創出するために、基礎自治体が積極的にコーディネートして、住民意見の集約から、それを河川管理者に対して具申、場合によっては設計までしなくてはならないと思います。それは治水と利水を前提としたものであることは当然ですが。

 シャケの魚道改修、それから河川改修工事によってカワセミの営巣地が失われるので、それを復活させようということでカワセミの営巣ブロックを設置したのも田口さんの力が発端ですが、それに際しては、恵庭市役所がイニシアティブを取って、そこに河川管理者と市民と専門家に入って貰ってワークショップをやった結果 、成功したわけです。

■田口: セクターというのは、自治体というセクター、市民というセクター、それから石狩川の場合は直轄管理ですから、河川管理者として国というセクター、それぞれが持っている権能というか役割に違いがあって、共通の目標に向かってそれらがうまくかみ合わなければなりません。今、荒関さんは私がやってくれたと言ってくれていますが、当時石狩川開発建設部長としてやったのは、とにかく予算を何とか確保しようということです。

 河川管理者は、要望を素直に受け止めて、それがもっともなことであればなんとかしてお金を用意することが一番の役割です。それをどうつくるかということは、妹尾さんとか詳しい人たちが能力を発揮してデザインする。管理者は、またそれを尊重して工事をする。その結果 として鮭が帰ってくれば、自治体も地域もすばらしいことがおきたというように盛り上がる。

■荒関: 基礎自治体に言いたいことは、河川のゴミ拾いくらいはコミュニティ活動の一環として町内会と共にやるべきだと思いますし、恵庭市では、国や道が管理する河川のゴミ拾いを市役所も率先して住民と共にやっておりますが、これとは別 に市役所のボランティアクラブが流域町内会とやっています。

■田口: 市ボラ(市役所職員のボランティアグループ)の活動はすばらしいです。

■荒関: ゴミひとつ無いと言ったら大袈裟ですが、恵庭の川はそんな感じです。特に茂漁川では、流域の七つの町内会で「茂漁川親しむ会」というのが組織されており、そこでゴミ拾いが行われておりますので、いつも綺麗な状態です。

水辺空間における住民・市民団体の活動事例集(恵庭市/荒関岩雄)(PDFファイル/(財)リバーフロント整備センターWEBサイト内)
「茂漁川ふるさとの川モデル事業」が土木学会デザイン賞を受賞(応用地質株式会社WEBサイト内)


市町村を川の活動に巻き込む方法

■岩井: 洪水の関係も、地震の関係も、自治体なり市町村が河川管理者に要望だけしておけばいいということではなくて、役割があるんです。まあ、それはちょっと横へ置いて、環境というのは、まさに地域の人たちと密接に関係してくるわけですらね。環境というのも、自然環境だけじゃないんです。歴史環境だとか、もろもろあるわけです。地域の人々の生活と川とのつながりみたいなものが。

■田口:
 生活環境といいますか。

■岩井: そのとおりなんです。その実態である市町村の役割というのが結構大きいと。その市町村をどうやって巻き込んでいくか、川づくりに、あるいは川の活動に。それは河川管理者がやるべきこともあると思う、市町村に対して。だけどその市民団体にも、やるべきことがある。水環境北海道としては、市町村に対する働きかけについては、恵庭はもう荒関さんが職員で、しかもリーダー的な職員ですからね。でも他は、そこまで意識がないところがいっぱいあります。

■田口: 荒関さんは、千歳川流域でいえば、四市二町全部の職員みたいな感じで通っているんですが、恵庭市の職員ではあるけど、別のまちに行ったときにNPOとしての自己紹介はするんですが、「自治体の職員です」ということを一言言うだけで、受けている相手方の自治体職員はもう仲間意識を何となく感じるわけです。ですから、水環境北海道が結構幅広くいろいろ活動できているのは、荒関さんの個人的な資質はもちろん非常に大きいのですが、自治体の職員でもあるというところが、結構、良く作用しているなと感じています。

■荒関: ただそれに向けてはずーっと仕込みがあったわけです。Eボート大会も去年で12年になりました。Eボートの場合、実行委員会の中心は基礎自治体なわけです。ですから、市町村長が名誉大会長になっております。

■岩井: そういう川に関する行事を、やりながら、市町村を巻き込んでいく。

■荒関: そうなると、市町村職員が実働部隊としてやらざるを得なくなり、それを契機として、そこに活動の芽が出てくる、住民も活動に加わるわけです。

■岩井: 妹尾さんみたいに川が好きだと、小さいときから川とおつきあいしてきて、川が子どもの頃から好きだという、川が好きだという人を地方自治体の、市町村にも作っていかないといけません。シンポジウムなんかよりも実活動がいいんでしょう。フィールドにおける活動に巻き込んで、川の認識を改めていただく、川が好きになる、川というのは、こんなだったか、おもしろい、というふうに、なっていかないといけないんでしょうね。

「山のない北村の輝き」真冬の活動

▲「山のない北村の輝き」真冬の活動。カミネッコン(植栽用の紙ポット)を蜂の巣状に並べて植林。(写真提供:国土交通省北海道開発局)

■荒関: 功を奏した具体的な例では、市町村合併で今は岩見沢市になりましたけれど、北村というところがありまして、そこでEボート大会をやりました。その大会と前後して、「山のない北村の輝き」というNPO法人が発足しおります。そこでは自治体の職員が中心になって旧美唄川を川下りしたり河川敷地に木を植えたり、ゴミ拾いもやっているし、子ども達を相手に旧美唄川の探検だとか、そういうことを始めたわけです。ですからEボート大会は、そこに意味があるんだと、市町村をどうやって河川環境の改善活動に向かわせるか、ベクトル形成の手段として位 置づけているわけです。

NPO法人 山のない北村の輝き(国土交通省北海道開発局WEBサイト内))


河川環境改善活動。夕張郡栗山町の場合

■妹尾: おもしろい例では、岩井先生もこの前いらっしゃった栗山町の「ハサンベツ川里山づくり20年計画」。参加しているメンバーは教育関係者や一般 市民で年齢も若者から高齢者まで幅広く知恵ものも多い。みんなの目標は童謡が見える里山づくりでありますが、私から見て、みんなが思い思いに活動しながら頑張っている活動に感激しています。みんなが力を合わせて汗を流す、体力のないものは金で協力する。そんな団体です。今、ここに北海道が金をつぎ込んで一気に完成させようと考えておりまして、私は反対でしたので、北海道に対しこのような環境を持つ流域は沢山あるはず、そんな所を探し、新たな発想で考えてはどうか、と投げ掛けましたが、結局ハサンベツで行うことになったのです。

 ハサンベツ里山計画に対するみんなの思いが、道の事業の中に組み込まれるかが心配でありましたが、道はハサンベツの考え方に賛同しながら、大きな作業部分である改修された川を作り直すことを行うことになりました。が、町がつくった排水路を壊すことに町が難色を示し、結構協議に時間がかかりました。最終的には北海道が良いというのだから町は関係ないだろうなどと問題も多く残しながら作業が進みましたが、市民の中から町長に対する不信が出てしまう程でした。決して、町長の問題ではなかったのですが…。、今回の町長選挙では教育委員長だった人が町長となりました。市民団体等もずいぶん動きやすくなってきて、ハサンベツ里山計画に賛同する市民も増え、第二弾の川づくりも終わったようです。先日講演会の席で町長と同席する機会があり、町の中にハサンベツ里山計画等に対して理解できるような体制づくりを町長と約束をしてきたんです。

■岩井: 栗山町の中にですか?

■妹尾: ええ、町長はわかったと。その場にいた市民の代表を呼んで、町長はこのように考えていることを伝え、約束を交わしました。今、どうなっているかはわかりませんが。

ハサンベツの里山の風景

▲アイヌ語で「ハチャム・ペツ(桜鳥・川)」に由来するハサンベツの里山の風景。(写真提供:北海道空知支庁)

■岩井: 私もハサンベツを見せていただいたけど、素晴らしいですね。ああいうところを、土地を寄付していただけるというところは少ないと思いますが、町で買い上げるとか、道で買い上げるとか、しなきゃいけないかもしれませんが・・・。

■岩井: 栗山町のハサンベツみたいなところをやっぱり、たくさんつくるといいと思います。

■妹尾: 本当にいいですね。これからの北海道は最高の季節になります。大きな雑草が生えていない沢や山を歩くと、色んな山菜や花が咲くんです。このような所にも子供たちをつれていき体験学習などを行いたいですね。

■岩井: 小川にはいっぱい魚がいるし。ドジョウとか、何だかんだとね。

■妹尾: それが北海道の原風景なんです。その原風景を今の子供たちに見せ頭に焼き付かせないと、これから何をやろうとしても知識だけでものがつくられます。知識だけでは限界があると思っていますし、そこに知恵が加わって素晴らしいものができると思っています。このようなことを考えながら「かわ塾」で子供たちに川に入ってもらいながら体験の中から知恵を学んでもらっています。

北海道夕張郡栗山町
ハサンベツ里山づくり20年計画(わが村は美しく−北海道」運動/北海道開発局WEBサイト内)


人工的な川づくりから多自然型川づくりへ

■岩井: このごろ、「ワンド」ということを言い出しましたね。「ワンド」というのは、もともと淀川の言葉だったと思いますが、流れ、淵ではなくて、池みたいなのを、入り江ですね。淀川では「ワンド」と言っているんですが入り江ですね。ひとつの洪水の時には水をかぶって、それなりの複雑な流れが生じるかもしれませんが、普段は静穏な水域になりますから、豊かな生態系になるんです。ああいうのが結構増えているんです。多摩川なんかでも、人工的に作ったりしているんですが。そういうようなのが、例えば、千歳川なんかだったら少し狭いから難しいかもしれないけれど、石狩川なんかだったら随所にできるんじゃないかと。

■妹尾: もう、やり出しています。ただ、ワンドの意味を間違えているように思います。ワンドでも入り江でもいいのですが、石狩川にワンドを設置する場合も、高水敷が高い位 置にありますので高水敷側にワンドを形成させても多少の増水ではワンド内に水が流れ込まないため、ワンド内は常に閉鎖された水域になり、土砂や有機物の堆積が進行し生物から見るワンドの意味は無くなっています。

■荒関: つくり方が悪いんでしょう。

■妹尾: 「ワンド」というのは、洪水等の増水時には水が流れ込みワンド内に堆積したものを洗い流し、水位 が上がる過程で新たな物質を堆積させる。これを繰り返し行うことでワンドとしての役割が維持されると考えています。洪水になってもワンド内に水が流れ込まないようなところでは、洪水の度に土砂や有機物を交互に堆積して分解しきれないため、メタンガスが発生し、火を噴くワンドになりかねない。現に、石狩川でもこのような現象があり、火が吹く箇所があります。

 要するに河川内もワンド内も水が動かないことが原因しているための現象です。石狩川の川づくりも、計算上では洪水が流れることになっていますが、現状は水の動かない空間が多く存在することを考えなければならないと思っています。特にこれからの川づくりは、生物の生息も考慮する必要があり、縦に掘る川ではなく横に広げる川づくりが必要ですね。

■岩井: そういうことを河川管理者は研究していないんですか。

「多自然型川づくりを越えて」

「多自然型川づくりを越えて」(学芸出版社)

■妹尾: あんまりしてないと思いますよ。それで私は今の河川工学について、どうのこうの言うつもりはないですが、これからの川づくりに必要な工学として自然河川工学(水の力などを利用しながらつくる工学)という勝手な名前で川づくりを展開していますが、最近、いろんなところで自然河川工学と言う言葉を耳にするようになり、日大の教授である吉川先生編著のもと「多自然型川づくりを越えて」を4月下旬(平成18年)に出版することになっています。ここで、私は「自然河川工学からの展開」と題し、川のはたらきと水の力でつくられる川の形などを今後の川づくりにどう反映させることが可能かについて、自然河川の状況や実践事例を入れながら紹介してみました。


河川管理者に地域情報を提供するのが自治体の役目

■岩井: 全国にいろんな動きがありまして、僕の知らない部分もあるんですが、ざっと全国をみたときに、みなさん方の水環境北海道のお三方を中心にした動きが、おもしろいといいますか、素晴らしいのではないかと、そんなふうに感じてもいるし、期待もしているんです。

■荒関: これだけはどうしても言っておきたいのですが、それは今の話と関係があります。例えば、河川管理者で事務所の所長とか上の方の優秀な人ほど、大体二年くらいで異動してしまいます。それはそれで仕方がないんですが、それを補完するのが基礎自治体だと思うんです。私は基礎自治体の職員だから分かるのですが、河川管理者に地元の情報が十分でない場合、由緒のある史跡や貴重な自然があったにも拘わらず、それを見過ごして何も配慮されずに工事に着手してしまったとか、もう引くに引けない段階になってから、新聞で問題視されたり、そういうことがあるんです。

 ですから基礎自治体というのは、河川管理者に代わって、その川にどのような歴史があって、何処にどういう史跡があるとか貴重な自然があるとか、そういうことを知っていることは当然のことですし、それをちゃんと河川管理者に伝えてあるかどうかが重要なんですね。それにより河川管理者は間違いを起こさないで済む、そういう的確な情報を与える、それは基礎自治体の役目だと思います。ですから、国の役人だとか、市民だとか、あるいは市町村職員だとかという意識よりも、どうすれば世の中が良くなるのだ、ということが大切なわけですが、そのような意識が近年は希薄化しているように見受けられます。

■岩井: それは、全くその通りで、洪水とか利水はちょっと別にして、河川法でいう環境というのは、日々のつきあいでしょう。ですから地域の人々はわかっている。河川管理者、私なんかも、そういう立場にあったんですが、転勤になるわけです。二年ごととか三年とか、せいぜい長くて三年なんです。だから結局、地域それぞれにとっての環境のことは十分にはわからないんです。

■荒関: だから国なり都道府県に地域情報を的確に提供するのは、基礎自治体の役目だと思うのですが。

■岩井: そうですね。普段におけるコミュニケーションですよ。おつきあいです。そうなると、その橋渡しを市民団体がやるというのは、変かもしれないけれど、あるかもしれない。

「幅広水路」

▲長都沼を取り込んで整備された「幅広水路」。平成13年日本重要湿地500に選定されている。(写真提供:国土交通省石狩川開発建設部)

■荒関: 実際にありましたね。長都沼(おさつぬ ま)というところに浚渫(しゅんせつ/水底に堆積した底質を回収・除去すること)が入るとき、野鳥を観察する団体から河川管理者には随分と色々な申し入れがあったようです。そのときに妹尾さんは、河川管理者と団体の仲介に入って、それなりに折り合いを付けたこともあります。やはり誰かが仲介に入らないと解決しないこともありますので。

■妹尾: 水鳥が何を考えどうすれば良いかについての仲介はしますが、保護団体と行政、言い換えれば人間同士の喧嘩の仲介はやりたくないですね。

■荒関: いずれにしても市町村は環境も含めて地域情報を相当に持っているわけです。国の方は、全国を治めなければいけないというひとつの方向性がありますが、我々は基本的には恵庭市だけでいいわけです。しかし、市町村の積み上げが都道府県であり、都道府県の積み上げが国でありますから、当然、そこは密接不可分の関係にありますので、市町村は地域情報を的確に出して、河川管理者にいい仕事をして貰うという役割があるわけですが、そこのところができていないように思います。

■妹尾: 荒関さんが言うように地方自治体がしっかりとした考え方を持ち、言っていただけることは非常に有効であり,そうあるべきと考えます。恵庭なんかはその辺唯一の自治体と思います。自治体がしっかりしていない所での事業は、担当者によって変化してしまいます。悪い例なんですが、役所の所長さんなり、課長さんなり優秀な人は二年で代わっていきますね。それで所長さんの中でも、二年我慢すれば、「いいわ」という人もいるんです。そうすると、二年間は工事が進まないんです。すると次に来た人は地域からガンガンと言われます。次の担当者も俺もあと一年我慢しようかな?とか…。最終的には収拾がつかず、政治的に強引に工事が行われるケースもあります。あまりにも市民団体が文句を言って、工事が進まないということになっている場合もありますが、わけのわからない行政マンがいるということもあるんです。これらをスムーズに進めることが可能かどうかは自治体の体制にあると考えます。

■岩井: それとやっぱり市民団体というか、ボランティア、川の関係のボランティア団体と市町村と、河川管理者との、日頃のコミュニケーションでしょうね。

■妹尾: たとえば、石狩川開発建設部は河川毎に河川事務所が配置され、千歳川水系には千歳川河川事務所があります。この事務所では恵庭市がしっかりとしており、荒関さんがいろいろと経緯等を説明することから、河川事務所に来ると所長さん以下、みんな考え方が変わってくるんです。今、江別 河川事務所もそうなんですが、栗山町など夕張川流域住民の声が河川事務所の職員たちの行動をも変えさせていることは事実としてあります。

■岩井: 私は、こう全国的に見て、都道府県も含めてですけれども、河川管理者の意識はかなり変わったと思います。私らが最初にした頃から比べると。今なお、固いところが残っているとは思いますけれども、かなり変わってきた。それで、市民団体にもボランティア団体も、川の関係の団体も、いろいろ各地で増えてきました。確かにみなさんが言われているように、市町村の川に関する取り組みかもしれません。市民団体と一緒になって、あるいは河川管理者と一緒になって、地域をよくするという意味で、いろんな取り組みをやるということが、欠けているのかもわかりませんね。そうしますと、そのあたりが今後の課題かもわかりませんね。

幅広水路/長都沼(国土交通省北海道開発局石狩川開発建設部)
雁の渡来地・長都沼(北海道野鳥愛護会WEBサイト内)

見えてきた官・民それぞれの役割


■妹尾: やっぱり市町村のお年寄りの方々の話を聞きますと、私たちの時代は食糧の生産性を上げるために農地開発や河川の排水路工事などを求めてきた。しかし、現在は反省している人たちが多く、床止工や取水施設に魚道を付けてほしいとか、サケが遡上産卵している光景に感激して涙する人もいるんです。しかし、なんと言っても地域のことを一番知っているのは、このような人たちですね。

■岩井: 長いこと地域に生きているといろんな川に関係する、川における鳥もあるし、魚もあるだろうし、昆虫もあるだろうし、いろんなことがあると、景観もあるだろうし、いろんなことがあると思いますが、お年寄りなんかは、ずっと今までそれらを見て、詳しいですから。一番詳しく知っていますね。

■荒関: 先ほど田口さんも言ったから私からあえていう必要はないんですが、セクターの話が出ましたけれど、河川管理者が誰であろうと、大きく言えば国土をよくするためには、官だろうが民だろうが、それぞれの役割がある。その役割を水環境北海道のメンバーは自覚していることが心強い限りです。

■岩井: 私は、道州制のいろんな議論があるでしょう。道州制も一つの考え方かも知れませんが、一国二層構造というのがあるんです。地方自治体にもっと力をつけると、そうすると、中間の道や県は要らないじゃないか、二層構造でいいんじゃないかと、そういうことを言う人もいるんです。いずれにしても、道州制になるにしても、現在の都道府県の制度であるにしても、一国二層構造にしても、地方自治体がしっかりしないといけないということは、基本なんです。だから僕は「地域力」と言っているんです。地域力というのは、どういうものかというと、住民団体のいろんな動きや活動、力、能力です、それと地方自治体の能力、感覚もありますが、それが合わさったものですね。行政だけじゃなく、ひっくるめたものが、それが地域力だと、それが私は基本じゃないかと思うんです。

■妹尾: ただ、道州制事業も、これ幸いとして、いろんな事業を進めていますが、来年度の平成19年度で終わってしまうんです。結構大型事業がありますから、完成しないものもありますね。このような計画で行うのはいいが中途半端な形では問題があるでしょう。将来についてはの問いに、北海道に金があればその続きがあるかもしれないけど、金がなかったらこれで終わってしまいますね。 そんな中途半端だったら最初から計画やり直しをした方が生態的にも有効ではないかと言う内容で計画設計を変更した所もありますが、将来的なものの見方に欠けているのが現在の状況と考えています。

道州制(総務省)


道産子自ら、道民性を徹底分析!

■岩井: ところで、それぞれの地域で、地域性というのがあると思うのですが、北海道は北海道らしさ、九州は九州らしさとか、あると思うんです。みなさんは、どんなふうに感じておられますか。別 に川の関係じゃなくてもいいんですけれど、北海道、別に北海道で生まれた人でなくても、道産子もいるし、別 のところから若い頃に来て、ずっと住んでいるという人もいるけれども、それはともかくとして、北海道らしさというのは、あるでしょう? それをどんなふうに感じておられますか?

■三人: みな、北海道出身ですが……。

■荒関: お陰様で、このような活動をやっておりますので南は九州から北は稚内まで、いろんな地域に行かせて貰って、気が付いたのは、北海道には「こだわりがない」ということですね。それがいいと思います。だから何か新しいことをやるときには、北海道は足かせが少ないから、その分、新しい枠組みがつくり易い。ところが本州、特に関東から西は歴史の奥行きが深い分だけ、昔からの枠組みというのが足かせになって、「こことここは仲良くすればいいんじゃない」と思っても「いやいや、これは昔からこういう歴史とか、しきたりがあってダメなんだ」とか難しいわけです。

 全国水環境交流会の山道省三理事長なんかに言わせると、北海道が一番元気だと言うわけですが、これは足かせがないから、何処にでも入っていける、縄張りがないんです。「いいことは、いいんじゃない」みたいなところがあって、これを大いに利用して、北海道を本当の意味で元気にしたいと考えております。

■妹尾: 私は、やっぱり、北海道というのは歴史が浅いと思います。そういう面 で、川に対しても土地に対しても執着心が薄いなあーという感じがしています。他府県に行きますと、その土地の歴史・文化などが多く見えてきます。北海道の場合はそれが見えないというか、河川改修を行う場合でも景観などあまり考慮しないで一気に直線化してしまったり、北海道は食糧基地だといって、山をどんどん切り開き農地拡大を図ってきました。今は、何をやっているかというと、農業は面 的な作業で、一枚の田んぼを一町歩ですよ、それは、一町歩必要なのは、大型の農機具が出たから必要なのか、また、地力の低下に伴う土壌改良なのかよくわかりませんが・・・。

 荒関さんが言ったように、北海道には何でも新しいことがどんどん入ってくるけれども、逆に見えなくなるものもたくさんあるように思います。そのことが関係するかどうかはわかりませんが北海道には、本州から来ている人も多いんですよね。

■岩井: 見えなくなるものというのは、どういうものなのか、もうちょっと説明してもらえませんか?

■妹尾: 例えば、私は川に関係する仕事が多くやっているせいかわかりませんが、川に対する執着心というのは、本州より薄いように感じます。サケ・マスの遡上産卵河川が排水路化されようと、どうなろうと無頓着な人が多いです。ですからほとんど川で遊んだ人はいないようです。まあ、北海道は寒いですから、そういうのもあるんでしょうが。魚釣りの人口といっても、今、アウトドアがブームで多少は増えてはいますが、そんなにいないんです。

 やはり川と接する機会の少ない状況ですから川そのものが見えていない人が大半ですし、川を下水道と平気で考えている人もいます。そういうことからして、どんどん川は悪化の一途をたどっているというイメージを持っています。ですから山の景観、川の景観、自分の生まれ育った地域の景観など、自分の中で原風景を描ける人が非常に少ないと言うことです。

■田口: さっき荒関さんが言われた良い面 、こだわりがないから新しいことにどんどん取り組めるというのは、それはその通りなんですけれども、逆に言うと、郷土意識が比較的淡白かなと感じます。私も、学生時代仙台にいましたし、社会人になってからは九州にも行ったりしておりますが、そういう北海道以外の土地に行って感じるのは、良い意味で、「わが町」という意識がものすごく強いなという印象を受けるのです。本州に行くと、どこでもわが町が一番なのです。他の町には負けてなるものかと、そういう強い気持ちが経済発展の面 でも良く作用している気がします。

 その違いはどこからくるかというと、どうもそれは、本州には藩の歴史があるからかなと思うのです。藩の時代は藩それぞれがひとつの国みたいなものですね。ですから他の藩には負けまいとするし、わが藩を大事にする。北海道にはそういう歴史がない。松前藩がありましたが、地域間で藩同士が競り合ってきたという歴史はないわけで、この地こそわが郷土で、先祖がここまで発展させてきた土地柄なんだという、そういう郷土意識が淡泊で、それが良い方向に作用するときもあるし、こういう厳しい時代になると地域の弱さにもつながると思う。よく言われる官依存とか。

 さっきの川の問題もそうなんですよ。例えば先程堀川の例もでましたが、その地域の人が自分の川だと思ってるから大切にするという意識は北海道より本州のほうが強いと思うんです。それを今からでもしっかり育てる。北海道気質のいい面 はもちろんあるわけで、歴史も浅いということは可能性もたくさんありますから。


独自の歴史・文化を、今に生きる我々で築く

■岩井: まあ、関東はいろんなところから来て集まっているんです。なんというのか、それがゆえに、新しいことをやるときに、ものすごいエネルギーがあるんです。本省があるからという意味ではないですが。全国からいろんな人が、そこで切磋琢磨というか、パワーが、関東というのはパワーがあると思うんです。北海道も歴史が浅いけれども、いろんなところから集まっている。そういう意味では結構パワーがあるのかなと思います。ただ、歴史が浅いがゆえに、今、田口さんが言われた、地域がどうのというのには、しがらみがありません。

■田口: しがらみがないというのはおっしゃるとおりなのですが、パワーという点では足りない面 があるように思います。氏族移民や団体の移住、屯田兵等は別でしょうが、明治の移民政策では、開拓を奨励するために北海道開拓に入れば何年間分の食い扶持は政府が提供するというような優遇策をとったため、それをアテにして入殖したという人も結構いたらしいです。そういう人たちは途中で挫折してしまうということも起きたりしているのです。開拓に汗を流された先達に悪いのですが、開墾して新天地で頑張るぞという意気込みを持った人達だけではないというのが実態でした。ですから全国各地から集まってはきているけれども、そのことだけで、それが北海道という地域のパワーになって、盛り上がるようなものにつながっているかというと、どうかなー?という、そんな感じがします。

■岩井: ただ物事というのは、ふたつの面 があって、悪く言えば歴史的なものに伝統と文化にしばられるというのが、あるじゃないですか。ある程度、それで地域社会ができているから、かなり制約がありますよと、なんでも自由に新しいことをやるというわけにはいきませんよと。だけど北海道の場合には、歴史が浅いということの裏腹かもわからないですが、やろうと思えば、自由にどんどんやれると、私の見るところ、いろんなところから人が集まっておられるし、自由にやれるという意味もありまして、気持ちさえあれば、結構それがパワーになるのかなと、思っているんです。

原生林の測量

▲原生林の測量
開墾は1日畳1枚がやっとで畑らしくなるのに5年。開拓の歴史の大半は、離散者、脱落者の歴史でもあった。(国土交通省網走開発建設部)

■妹尾: 確かにそうですね。「カワヤツメ」(ヤツメウナギの標準和名)という魚がおりまして、石狩川で内水面 漁業を唯一やっているものです。これは、伝統漁法というのがあって、新潟県かどこか向こうから来た、「かやどう」という漁法なんです。江別 市というところがあります。あそこは歴史的にも開拓の歴史あるところで、そんな中で苦労してやってきているんですが、今、この「カワヤツメ」が激減してしまっているんです。こうなった現在、始めて市民が「ヤツメ」は江別 市の文化だというふうに、立ち上がったのです。現在、ヤツメ食文化研究会が発足され初代会長に私がなっておりますが、考えるに北海道は食料基地として辛い開拓の時代を経て、歴史・文化を考える余裕がなかった時代であったかもしれないです。しかし、振り返ってみれば先人たちが行ってきた様々なことは多くの歴史と文化を感じさせられます。そんな過去の歴史をひもときながらヤツメ文化や北海道ならではの歴史・文化を今に生きる我々が築き上げて行くのが使命なのかもしれませんね。そんな気がするんです。

■岩井: 結局それもいろんな文化が入っているわけでしょう。それ以外にも、各地から人々とともに文化が入ってきて、いうなれば、そういったものをベースにしながらこれからの北海道の新しい文化をつくりだしていくというのが、一つの課題ではないかと思うんです。それのパワーというか力があります。いろんな人がいるということは、それぞれの人がそれぞれの文化を持っているわけですよ。ルーツがあるわけですから。関東もいろんなところから集まってきているのがパワーになっているんですが、世界もそうだと思うんですが、いろんな人種というか、いろんな人、いろんな文化があわさっていくと、パワーになるんです。

ヤツメウナギの資源回復(YOMIURI ONLINE)



確かな自然観を養うために

■荒関:
 文化という面で最近興味があるのは、北海道における自然観というのはアメリカ式農業の影響というか、キリスト教の影響を漂わせているような気がします。ところがキリスト教の世界というのは、これは最近、我々が若濱五郎先生から教えを戴き、そして梅原猛先生の本を読んで少し分かってきたような気がしていますが、仏教の世界というのは、生きとし生けるもの等しく同じの世界です。ところがキリスト教というのは、自然は人間より下にあって、自然をどのようにしてもいいという考え方です。

 北海道の場合は、特に明治期以降に開拓が本格化してきたわけですから、北海道における開拓思想というのは、アメリカ型、要するにキリスト教の思考のように感じており、自然は人間がどうしてもいいんだという考えが、どこかにあるんじゃないかと思うわけです。ですが、今、自然との共生が盛んに言われていますが、それはまさに人間も自然も対等にあるという思想です。自然がなくなれば人間も駄 目になるんだよと、いう感覚が薄いと思うんです。ですから今、水環境北海道で何をやっているかといいますと、ユダヤ教、そしてその流れを汲むキリスト教とイスラム教、そういう宗教による自然観の違い、それを日本人としてはしっかり勉強しなければいけないということで、そっちの方面 の勉強もしています。

■岩井: 当初はそういうことで、アメリカ型のいろんな思想文化が入ったところからスタートしているという面 もありますが、各地方から来た人は日本人が来ているんですから。アメリカ人もクラークその他来ているんですが、日本人が来ているんですから、今は、そういう異質な文化、当初はアメリカ型でずっときたかもわからない、農業にしても、そうだと思うんですが、今、日本型の文化と混ざり合ってというか、別 に衝突しているのではないんだけど、やはり切磋琢磨というようなところが生じているんじゃないでしょうか。私はそう思います。そういうようなのも、ひとつのパワーに、いろんな人たち、いろんな伝統文化が集まってくるというのは、パワーになっているんじゃないでしょうか。

■荒関: 今年の2月に東京で多自然シンポジウムがありました。若濱先生が宗教における自然観の違いということを基調講演して下さいました。日本の河川を元に戻すのも、哲学みたいなところをしっかりしなければいけないという話をしてくれまして、非常に聴衆からいい反響があったんですが、自然でも何でもそうですが、大切なものを失ってから、大切さに気が付くということがあるんです。日頃、あれば気が付かないのです。失ってはじめて気が付く。北海道がそのようなことにならないためにも、しっかりとした自然観を養い、そうした方向に向かうベクトルを形成することができれば良いなと考えております。

■田口: いろんな地域から集まっているということがパワーになるということはおっしゃるとおりですが、やっぱり意識が大事なのだと思います。関東の場合だといろいろ各地から来ている人が、いい意味でのエリート意識というか、そういう集合になっていると思うんです。日本をリードしているという誇り、プライドも意識としては持っているでしょうし、それがかみあうことのパワーはものすごく大きくなるんだろうと思うんですね。だけど北海道の場合はどうかなという気がします。可能性はあると思いますし、それをどうやってうまく活力につなげるかというのはひとつの課題だと思います。

若濱五郎
1927年生。元北大低温科学研究所所長、北海道大学名誉教授。専門は雪氷・氷河研究。国の立場から局地研究・自然災害研究に参画。水環境北海道「かわ塾」塾長。
梅原猛
1925年生。日本仏教を中心に据えて日本人の精神性を研究する哲学者。京都市立芸術大学名誉教授。「隠された十字架」など著書多数。


対極対決?北海道人VS京都人

■田口: ものすごく北海道民性をうまく言ったなと思って聞いた話をひとつ紹介しますと、サッカーの日本代表の監督をやった岡田監督がコンサドーレ札幌の監督に就任して二年くらいのときだったと思います。J1に一度昇格したほど頑張ってくれたじゃないですか。その岡田さんがあるシンポジウムで話したことなんですが、札幌に初めて来て、マンションを借りて住んで、隣近所に挨拶なんかをしているときに、「よくこんなところに来てくれてありがとう」とたくさん言われたと言うんですよ。

 岡田さんにしてみたら、そのことにとても違和感を感じたということで、「北海道の人って、自虐趣味があるんですか?」と言ったんです。僕は聞いていて「なるほど」と、その意味がわかったんです。岡田さんはコンサドーレ札幌の良さをものすごく感じてくれて、道民の応援のスタイルとかもいろいろいい面 を感じて、日本代表をし終えたときに、ある意味、夢とか希望を持ってこの寒い地に来たわけです。期待感をもって来ているわけですよ。だから「よくぞ来てくれました」は、歓迎してくれている気持ちですから嬉しいのですが、そのときに、「こんなところに」とか言うのはどういう意味なんですかと。

■岩井: 歴史伝統文化の一番あるところといったら京都です。私は京都出身です。京都というのは、みな口では言いませんが、自分が一番偉いというか、そう思っているわけです。天皇陛下はちょっと今、江戸のほうに行っているだけで、またいずれ戻って来られて…、というように意識の中で何となく思っていますし、京都ではなんとか大臣になっても、別 にそれほど尊敬しないんです。やはり、そういう歴史です。そのかわり、外の文化を受け入れる度量 もないんです。なんかちょっと固くなっているんだ。オープンではなく、閉鎖的なんです。閉鎖社会なんです。全く逆ですね。

 そういう歴史伝統文化というものが育んだ地域性は大事なんだけれども、それがあんまりいくと、ちょっと閉鎖的になるんです。それの、対極にあるのが北海道で、歴史伝統文化が薄いからちょっと引け目に感じているという部分もあるかもわからないんですが、そのかわりそれは自由なんです。オープンなんです。だからこれから、いろんなことをやるのに、ものすごくやりいいということもあるんです。京都はやりにくいです。

荒関: 京都の人は、顔は笑っているけれど、心は開いていないと。

■岩井: だいたい言っていることの反対を考えなければいけないから。「どうぞあがって、お茶でもどうぞ」と言うと「帰りなさい」という意味ですから。それであがって行ってはダメなんです。

■妹尾: 北海道人としては、そういう文化にはついていけないですね?

■岩井: いろんな物事を頼んで、「ああ、わかりました、ちょっと考えておきます」と、言うと、もう「ダメ」ということですから。

■荒関: 京都は歴史的に観て、そういう生き方をしなければ、生き延びて来られなかった、ということもあるのではないでしょうか。

■岩井: 「わかりました、ちょっと考えておきます」と、言うと、ちょっと考えて「ダメ」という答えが出てくるんですから。ほとんどダメ。良かったらすぐに、具体的な返事が返ってきます。「ちょっと考えておきます」というのはネ。

■荒関: 北海道の人たちは逆ですね。東京の連中に言われるのは、顔の表情を見たら駄 目だと言われるかと思ったけれど、答えは大体がイエスだった。みんな愛想が悪くて、「何だ!それは」みたいなことを言っているけれど、返事はみんなイエスだったと。

■岩井: 僕も北海道の人とつきあっていると、ものすごく付き合い良いというか、気楽というか。

■田口: 裏がないというか。

■岩井: 深読みする必要がないと。まあ、そんなことで、みなさんが感じているかどうかわからないですが、結構パワーが新しい文化というものをつくり出して、川なら川づくりということになるんですが、私は北海道はその可能性を秘めていると思いますし、現に水環境北海道を中心にいろんな活動が盛んになってきていると。その時に、課題が地方自治体である市町村だという、今日はそんな話でした。私もまったくそう思いますので、これからみなさん大いに活躍していただいて、全国を引っぱって行っていただくようにお願いしたいと思います。期待していますので。  

 今日はどうもありがとうございました。

 

 

   
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