水車小屋全景 大谷川の恵み
浅田さん
伝統の「杉線香」作り。今なお現役の、水車小屋を訪ねた。

日光の幽玄の風景をゆく大谷川。清冽な流れは工業用水、発電、水道水源としても利用され、伏流水も多い。生活の中に息づく、大谷川の恵みを求めて歩いた。

日光国立公園の表玄関にあたる今市市は、森林地域が約60%を占め、古くから林業が 盛んだった。杉やヒノキをすくすくと育てるには、枝打ちの手入れは欠かせない。地 面に落ちた杉の枝葉から枝を取り除き、葉だけを粉にしたものを原材料に作られるのが、全国一の生産量 を誇る「杉線香」。 この地での発祥は、江戸時代末期、越後 (新潟県)出身の安達繁七が、原料の豊富さに着目し、改良した線香水車で杉葉を製 粉して線香製造を始めた事にさかのぼる。昭和40年ごろまで、線香水車の生産者は30軒余りあったが、現在、現役で水車を使っているのは、二軒のみだという。そのひとつ、大室地区の浅田義一さんの線香水車へと向った

木の機械 杉粉の不思議

田んぼの中に埋まるように水車小屋が見えた。扉を開け放つと、薄暗い小屋中には、もうもうたる薄茶色の杉粉が舞い、ドズンドスンと、突き棒の音が絶え間なく腹に響く。深山の香が、満ち満ちている。すがしく懐かしい、自然まんまの香りだ。杉粉が鼻腔一杯に飛び込んで来るのに、どうしてクシャミひとつ出ないのだろう。 案内してくださった昭和17年生まれの、浅田邦三郎さんは、「これは水虫にも効くんです」と手ですり込むしぐさをした。今市杉線香の創始者・安達繁七と同郷で、今は引退している父義一さんは、杉の粉にまみれて働いてきた効用か、病気一つしたことが無いそうだ。「今はやりの「フィトンチッド」のお陰ですかね」と笑う邦三郎さんの艶々した顔も、とてもお年に見えない。 二十歳の時の時から家業を手伝って来た邦三郎さんは、奥さんと共に、水車を廻すかたわら、農業もやっている。製粉の作業は年間を通 してだが、湿気を嫌う仕事なので、製造に適しているのは、夏〜翌年3月ごろまでだそうだ。原材料の杉葉は無料でも、これは「山持ち」も助かるのでおあいこ。杉の枝葉は、屋根がけの下で3ヶ月ほど乾燥させる。山をなす一小屋分を粉にするのに、約5ヶ月をかける。

木の水車巨大なからくり・木の音

ケヤキが心棒、黒々とした木製の水車を廻すのは大谷川の水だ。傍らには水神様が祭られている。水車は作れば12,3年もつ。故障しても今は、隣に住む長年の付き合いの大工さんがすぐに修理してくれるからいいが、技術を継いでくれる人がいないようなのが気がかりだ。水車の動力は、回る水車に連動する歯車に差し込まれた木片をはじく事で、突き棒や他の部分に伝えられる。小屋の中の歯車も付き棒も、ふるい機も、全ての仕組みは、カシやケヤキで出来ている。訪れる人は「小屋に響く音がなんともいい」と言うのだとか。木の音の心地よさに、拍子木の音に通 じるものがあるのだろう。

素材も、動力も、みな自然からもらう。

全て自然相手の仕事なので、朝ごはんの前の水車の見回りは欠かせない。雨が激しく降るようだと、夜中でもすっ飛んで行く。本流にバイパスを作って水を引き、適量 流しながら水車の回転を調節しているから、増水の時は分岐にある水門を調整して、水車を守らなければならない。他に仕事を知らないし、親から受け継いだことはやめられないから、と邦三郎さんは屈託がない。最近の自然志向から杉線香が又売れるようになり、小学生が総合学習で東京から見学に来てくれるようにもなった。水車をやめない理由を「皆がよろこんでくれるからね」とだけ答えた邦三郎さん。「神に捧げるもの、御先祖様に捧げるものをつくっている」喜び。自然の中で受け継がれてきた営みの体温が、杉の粉で茶色くなったシャツから匂ってきた。

杉の葉【作業の手順】
・杉山から、枝葉を拾い集める
・枝を取り去り、5ヶ月位乾燥させる(右写真)
・乾燥した杉葉を、手仕事で裁断する。
・裁断した杉葉を、木造だが、これだけは電動の四角いジョウゴ状の機械を通 して、さらに揉んで組織をこわす。
・一列に並んだ突き棒の下にある、細長いくぼみに入れて30時間突き続ける。まんべんなく突けるように時々手で返してやる
・粉は、水車の動力に連動した、これまた木製のふるいでふるう

 

杉線香■杉線香を買いに

手ごろな値段で、芳香豊かで火持ち良く、煙も少なくカビも生えないお線香があるとする。これには合成香料、化学薬品、防腐剤等が、効果 を求めて相殺しあい、大量に加えられていくことになるそうだ。これが、煙になって神様に供えられ、ご先祖様を供養し、供養する人が吸い込むお線香というのでは、さみしい。 浅田さんが挽いた杉の粉を、一手に買い入れている今市市の線香製造工場に立ち寄った。 香りが地味な割りに値段が張る杉線香だが、葉っぱからお線香になるまでの過程を知ればもっともだ。杉粉に、湯と、「シナ粉」と呼ばれる中国産の木の皮からとった「とりもち」のようなものをごく少量 加えて練りこむ。増量剤もなにも、混ぜ物は一切入っていない。これを機械で、トコロテンのように一列に押し出して裁断する。乾燥は、天日と温風交互らしいが、急激にやるとそってしまうし、ゆっくりやればカビが出る。出来上がったこわれものの線香を、手見当で正確に取り分け束ね、お化粧の紙帯を巻くまでの作業を分担するのは女性の仕事。全ての流れが、人の五感を駆使した手の技だ。


陽薫堂 銘香「杉のかおり」

■杉線香をともす

杉線香に早速火をつけた。素朴だが、記憶の糸をたぐり寄せたくなるような香りが漂う。なつかしい。凛とした老人を思わせるような、品のよい香り・・・。深く吸い込めば、いながらにして日光杉の森林浴効果 、ここにあり。


参考サイト
【杉線香と安達繁七】株式会社TKC発行『新風(かぜ)』内「コラムその意気 や、壮!第18回」 

 


大谷川の伏流水から生まれた酒「日光誉」

日光誉 今市市今市、天保13年(1842年)の創業の渡邊佐平商店を見学。地元の素材のみを 使った酒造りがコンセプト。「生粋の地酒づくり」への挑戦がすがしい。日光山麓で 作られた酒米、日光連山の伏流水、地元の酵母を使い、米と水だけで造られた純米吟 醸「日光誉」を冷でいただいた。口に含むと、すっきりした味わい。鼻に抜ける爽や かな香り、女酒かと思えば残り香は、男酒。敷地内で、地下十数メートルから汲み上 げている水は大谷川の伏流水。軟水だそうだ。

株式会社渡邊佐平商店

 

 


病みつき!「片山酒造の酒ケーキ」

今市みやげとして評判の、片山酒造の「酒ケーキ」には原酒柏盛がたっぷりしみ込んでいる。冷やして食べたら・・!!!!。もうペロリ、と言うしかない。
店の前には、地下16メートルからくみ上げた大谷川の伏流水があふれ、小さな花が趣を添えている。この水を汲むことは自由。
日光の名門金谷ホテルのサイトには、ホテルが、「一切妥協することなく、採算も気にせず、金谷ホテルの創業130周年を祝うにふさわしい美味しいお酒を造ってください」と片山酒造の越後杜氏、太田一二親方に依頼してつくり上げた「光乃心」の、販売に至るまでのエピソードが紹介されている。

片山酒造株式会社
日光金谷ホテルの創業130周年を記念して発売された、片山酒造・純米大吟醸酒「光乃心」

 

 


こりゃ、一体なんなんだ? 「石升の道」
石升の風景

化け地蔵で知られる日光・慈雲寺をたどる史跡探勝路の脇を流れる大谷川は、憾満ケ淵(かんまんがふち)をハイライトに、迫力ある渓谷美を見せている。この探勝路「憾満の路」を少し街に戻ったところに「石升の道」がある。歩道は日光市ウォーキングトレイル事業によって、日光産の石畳で立派に整備されており、低い軒の家々の前にひとつづつ大きなキノコのような自然石が置かれている。これが石升だ。英語で「the stone cup」と言うのだそうだ。 安土城跡からも発見されている石升は、水を一定量 貯めておく貯水槽の役割を果たす。各々の石升、ここでは石管で結ばれていて、近くの湧水が通 っているそうだが、地形的にも大谷川の伏流水と考えてよさそうだ。大正時代に作られた水道であるとの案内板が立っていたが、今では飲用ではなく、野菜などを洗うのに使われている。石升は、各家々、蛇口を付けたり、石の穴に一斗樽のような手づくりの木栓を当てがったりと、思い思いに工夫していて、表情がある。

化け地蔵、憾満ケ淵(当サイト内)

 

 


日光虹鱒のソテー 金谷風

「日光虹鱒のソテー金谷風」 明治6年創業、諸外国の外交官や要人が愛した避暑地・日光の歴史を見守って来たのが金谷ホテル。和洋が混在した建物、インテリアがエキゾチックだ。真っ白なテーブルクロスにきらめくグラス、ウェイトレスのレトロなエプロン、みごとな銀の水差し。フレンチ・ダイニングルームのサービスは都会の一流ホテルをしのぐ。おすすめ の虹鱒のソテーは中禅寺湖産、綺麗な冷水に引き締まった身が口の中でとける。食後はホテル庭園から大谷川散策路を歩いてみよう。

大谷川散策路 (日光金谷ホテル)
日光金谷ホテル

 

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