海部川に生きる
祭りに燃える「鞆浦黒潮」

祭り・文化を伝えていくのは、俺らだっ!
鞆浦の若者を中心として活動を続けている「鞆浦黒潮」

黒潮は、鞆浦の漁業者にとって、カツオをはじめとした回遊魚を海部沖に運んでくれる恵みの源だ。鞆浦は漁師町ゆえ、昔から団結心が強く、同年代の男性からなる「傍輩」(ぼうはい)といわれる年齢組織が存在する。鞆浦東町の若衆集団を指す伝統の名称「黒潮」を使う事を許されているグループが、「鞆浦黒潮」。誰もが参加できるこの会、もともとは、「子ども達を元気にさせよう」と10年くらい前から始まった活動で、ゴミの収集からスタートしたのだという。

会のメンバーが、一丸となって燃えるのが鞆浦の一大イベント「大里八幡神社祭り」。祭りの求心力に期待し、地元の核となり・誇りとなる祭りにしようと、活動のメインにすえている。参加への呼びかけは、地元ばかりでなく、町を出て行った人達にも欠かさない。かつて各町から出るダンジリ(山車)や関舟(舟を模した山車)の曳き手は、脚袢に股引姿、上にトバシと呼ばれる華やかな着物をはおっていたが、次第にてんでバラバラな格好をするようになってしまっていた。それを、鞆浦黒潮が「手覆い」「揃いのトバシ」に統一しようと、100種余りのデザインから現在のものを選んだ。心意気を示し、思い思いの唄を背中に縫い取りした白いトバシは地味だが実にいなせだ。この格好の良さに負けてはならじ。他の町のいでたちも様になってきて、祭りを盛りたてる。

八幡神社祭礼の様子 →土産話「大里八幡神社祭礼見学記」
鞆浦黒潮インターネット部門


これが自慢のトバシ
トバシとは・・

「海部川漁業協同組合の面々」
土居組合長
土居組合長

どうも機嫌が悪い。そのはずだ。組合長の土居雅明さんとお目にかかる日どりが行き違っていて、前の日に漁協の仲間に頼んで海部川独自の漁「突きしゃくり※」を見せようと準備をしてずっと待っていてくれたのだから。ひたすら頭を下げる内、周囲の人たちから茶々も入り、空気が和む。かつての「川ガキ」ぶりをほうふつとさせる、日に焼けた少年のような笑顔ばかり。水量 が豊かだった昭和20年代半ば、国道の橋から一緒にドボンドボンと飛び込んでいた仲らしい。

残念ながら拝見できなかった「突きしゃくり」とは 箱メガネで水中を見ながら独自の銛で鮎を突く、透明度の高い海部川ならではの伝統漁法。今は賦課金を納めた組合員とごく一部の人に許される。昔はパンツいっちょうでやっていたが、今はウェットがあるから乱獲に繋がる「ギャング釣り」だと、外野から禁止の声があがり始めている。

漁協の作業 今日から禁漁。きのうまで河口域に立ち並んでいた釣り人の姿はきれいさっぱり消えている。 海部川漁協の人たちは、鮎の産卵場所になる両岸に、鵜よけの光るテープをつけた鉄の棒を立てる作業の真っ最中。(写 真左)

現在組合員は500名あまり。シーズン真っ盛りには、漁協の名人クラスで、一日で100から200匹を釣るそうだが、ほとんど人にあげたり、自分の家で食べたりだという。 漁協の収益の半分以上を遊漁券の収益が占め、何と、きのう見た釣師のほとんどが、料亭などに鮎を卸している県外からのプロ達なのだそうだ。

近年、地球温暖化、源流部乱開発による赤土流出、河口部の整備工事や川の土砂による河口部の閉塞、川の整備など、川の生きものに与える影響には不安材料がいっぱいだそうだ。組合に義務付けられているアユの放流は20年程前から始めたが、養殖鮎は本来の性質を失っていて、放流後も流れを嫌がり、澱みなどで群れるという。「放流すればするほど、本来の個体が失われ『いい川』は滅びる」と土居組合長。組合では、年3回以上、独自に清掃活動を行い、アドプト制度にも参加している。この制度のおかげで、地元の意識が高まり、流域の環境美化が進んでいる手ごたえを感じるという。「地域には、自立と権限が必要。自然と魚影豊かな漁場づくりが、自然環境の保全と収益につながる」と語ってくれた。

土居さんのお話から見えた海部川
川の整備が川に与える影響・・・「蛇行する川は生物を育てる」が土居組合長の持論。直線化することで流速も早くなり、魚が生息する溜まりが無くなる。柳などを切ってしまうと有機物が川に落ちないなど。
漁業組合の放流事業・・・現在で年間、鮎(70.5キロ)、あめご(アマゴ)(2万匹)、ウナギを放流。モズクガニの放流は試行錯誤中。
アユと地球温暖化・・・近年、地球温暖化の影響で太平洋側は海水温度が高くなっている。その影響で海部川も産卵は多かったものの、海水と川の淡水との温度差で稚魚が死んだり、増殖した海の魚に食べられたりしたのではと考えられている。

【海部川漁業協同組合】
〒775-0412 徳島県海部郡海南町若松字イヅリハ34-11
Tel0884-75-2870
「突きしゃくり」とカヌー川下りの様子がわかる 「海部川」

クリック「鮎の料理法」


垣根をこえる連帯

海部川がある海部下灘地区は、海・山・川・人。全てがのびやかな、魅力あふれる地域だが、台風ひとつで陸の孤島となってしまう過疎の地でもある。観光地としての資質は充分とはいえ、従来の都市型振興策には限界が見えている。「手つかずゆえに残されている自然を殺さず、地域住民の心を充足し、しかも経済が循環する」海部オーダーメイドのテーマとしくみが必要だ。

岡田さんと能田さん
岡田さん(左)と能田さん

小柄で帽子が似合う岡田斉さんと一緒に町を歩けば、行き交う誰もが声をかけてくる。さもありなん。海部川の良さを再認識し、自慢することが地元の元気の源になると活動を続けてき た「だぁ〜海部川」世話人代表なのだ。 かたや、徳島県をあげてのイベントブースで、大柄な身体を折り曲げておばあちゃんの質問に答えていた能田益弘さんは、海南町役場企画情報室長。「川は地震があっても残るライフライン。自然は地域の人々の財産であると同時に、人間も生態系の一部でもある。この認識に立てば、人が住むことで自然と共生し、地域を活性化できるしくみが見つかります」と、フランスでの事例資料を見せてくれた。

アドプトの看板

アドプト海部川への参加団体の名前で立てられる看板 「この川は私達がきれいにしています」

すでに、「だぁ〜海部川」の活動を土台に、海部川交流推進会がつくられ、1996年、人が来ることによる環境悪化の懸念に先手を打った「海部川清流保全条例」(海南町)が施行されている。2002年、海部川交流推進会主催「アドプト・プログラム」が、一家庭から行政、県内外の企 業まで22団体、300名を集めてスタートした。「一度だめになった川は元に戻らな い。お金や労力を出し合ってでも、いい川を次代へと残したい」という、覚悟のあらわれだった。

今、岡田さんたちは、自然が多く残る地方の公共工事の工法の確立、法制度化を念等に「近自然ミュージアム」構想に取り組んでいる。これは海部下灘地区(海南町・海部町・宍喰(ししくい)町)の、森林・河川・沿岸域・集落、農地・道路すべてに「近自然工法」の思想や技術を取り入れた「地方自然公園」を創設しようというもの。「過疎自立促進法が切れる平成22年までにはフォローアップ法としてこの構想を四国 全域に広げ、将来は日本の原風景を四国に残したい」と、グローバルなスタンスの能田さん。「それぞれが好きな事、できることをやる」と地元での積み重ねを続ける岡田さん。「官民が一緒に動く事が大切」。そんな二人のエネルギーがドッキングして、新しいムーブメントがうねり始めている。

【ひとことメモ】
「だあ〜海部川」会長大いに語る
「3橋時代 メリット生かせ 地域振興へ意気込む」岡田斉氏
海南町役場
海部川清流保全条例 またはこちら
海部川交流推進会「アドプト制度」
海南町・海部町・宍喰町合併「新町の名称は海陽(かいよう)町」
地方自然公園とは・・・
自然中心で人が住まない国立自然公園と比較した場合、「住んでいる人々を包み込んで、生活の中で自然を保護する地域」という概念をもつ。 (参考サイト「地方自然公園」共生型社会への思想と技術(福留脩文)
近自然工法とは・・・
生き物が生活できる環境を復元する技術を指し、自然生態系を底辺から復元すること で、自然の復元力で色々な生命を蘇らせることができる。 (参考サイト 「福留脩文氏による近自然工法セミナーの記録」エコアイランドなお しまプラン
参考文献 「海部下灘地区における近自然ミュージアム構想検討報告書」
 発行/(財)とくしま地域政策研究所海部川の清流を自慢する会「だぁ〜海部川」・ グランドワーク海老ヶ池)

 

ちょっと紹介

海部川・四国の川をもっと知りたい方にお薦めしたいWEBサイト

南四国・海部川の時間
オフィス空と海
南四国・海部川の時間
南阿波・海部の新しい波〜
 エコツーリズムによる地域づくり

自己紹介のページ

海部川の取材前、WEBサイト「南四国・海部川の時間」に出会い、日記や写 真、情報の充実ぶりのおかげで、まだ見ぬ川に思いを馳せることができた。WEBマスターの平井吉信さんは、「オフィス空と海」を主宰する多忙な中小企業診断士・コンサルタントでもあるのだが、我々の取材現場に駆けつけてくれたほどフットワークが軽い。平井さんが、海部川が大好きなことや、自然や人間にやわらかな視線を向けていることは、サイトからもジンジン伝わってくる。

「自立と自律、自らの手で活性化することが大切。そうしないと、中央に従属する地方の構図から逃れられないのです。せっかくひも付きの補助金が廃止されたとしても、地域のことを地域で決められるだけの知見を持たないと、地域主権はかけ声だけで終わってしまいます。 地方でも、環境を保全することが地域の利益につながることが少しずつ理解されはじめています。それほど未来は暗くないとぼくは考えています。そのためには、地域の人だけではなく、外からの新しい血との融合が不可欠です。『ないものねだり』ではなく、『あるもの探し』の発想です。 とにかく変革には時間がかかります。だから、空と海の活動は百年かけるぐらいのつもりでいます。燃え尽きず、あきらめず、を心に刻んでいます。」
2003年11月、平井さんからのメールより

 

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