海部川を体感する

海部川・丸かじり!

まずは上流部にそそぐ王余魚谷へ

9割以上が山間部という海南町。針葉樹林の山々をぬって流れる海部川をなぞり細い道が登って行く。 ここで本流をはずれ、右に折れれば、目的地の王余魚谷だ。

来た道は土佐へと向かい山へと消えていく。今はめったに通 る人もなく、バイク・ライダーにとって格好のダートコースになっている。海部川の源流は、もっとその奥の湯桶丸(ゆとうまる)のふところにあるが、今まで挑戦してたどり着いた者はおらず、定かな場所は確かめられていないようだ。 上流の風景
轟の滝 足元
轟九十九滝
轟の滝

王余魚谷の上流に向って約1.5キロの間に、日本の滝100選・四国一の大滝「轟の滝」から始まり、「鍋割りの滝」までの遊歩道が続く。大小様々な滝が連続しているので、轟九十九滝と呼ばれる。

整備されてはいるが険しく狭い道を、道筋の岸壁から流れ落ちる清水を飲んだりしながらどんどん登る。川を見下ろす轟神社に参拝して川筋にもどってしばらく行くと、本滝とも呼ばれる轟の滝が姿を現した。遠目に白くけぶっていたのは、すさまじい勢いで落ちる滝のしぶきがつくる水煙だっ た。そのオゾンを全身に受け、立ちはだかる岩の間から二つの滝を垣間見た。 女人結界があったことに気付いてはいたが、今、まさにここが神の宿るところと知 る。

まだまだ続く滝を追ってさらに登る。ちぢみあがる思いで滝壷を覗き込む。自分だけ の滝を探してみる。見ている間にも、光と影で印象を変える滝には、案内の人にもお 気に入りがある様子だ。「新緑、花の季節、紅葉。いつ来ても飽きない風景」、 「夏、ここでヒルネをしたら最高」との言葉に、大いにうなづく。

帰りがけに、轟自然公園観光促進協議会が運営するログハウス「とどろきの館」に立ち寄る。おみやげに手づくり番茶を購入。ほのぼのとした雰囲気の周囲の村落には、柿の実がたわわ。海部川上流部には下水道も水道も引かれていない。住人は沢筋から自由に水を引いて飲料にも使っている。過疎ゆえに、川の水質が守られているという実情もあるのだ。
谷を撮る人

海南町役場 「轟九十九滝めぐり」
轟神社の秋祭り
毎年11月第2日曜日行われる轟神社の秋祭りでは、白装束に身を包んだ男達が神輿をかつぎ、神社の細くて急な石段を一気に駆け下り、轟の滝の滝壷へと入る「神輿の滝渡御」が行われる。担ぎ手は祭りの前夜、神社の宿坊に泊り込み、2時間ごとに川に下り草履だけの素っ裸で禊を行う慣わしとか。左右の岸壁が狭まっているので、神輿は立てて滝壷へと入れ、背の立たない所は立ち泳ぎで担ぎ、揉むのだそうだ。 「人々の念仏を唱える声と滝の音が相響き、まさに竜神が滝を上る観ありと人はいう」(海南町史)
とどろきの館 TEL 0884-75-2800
海部川流域の上水道利用
海南町・海部町ともに、水源は海部川やその湧水で、海部町では水道水以外で生活する人が約40%に上る。

海部川本流に戻りいよいりょ海をめざす

上流域
エメラルド色の川揺れるつり橋・エメラルド色の川と白い石

幅1mもないつり橋を対岸まで渡ってみた。金網状態の橋げたにしがみついて川を覗き込むと、浅瀬の小石が鮮明な輪郭を見せている。まるで水が無いかのようだ。ここから河口まで車で約50分。ほんとうにうつくしい、手の平に乗るような川なのだ。対岸には林業モノレールがあった。「延長945m、海抜差80〜500m。最高傾斜度は40度」とある。温暖多雨な気候と林木の生育に適した豊かな土壌に育まれ、人工林率69%。林業に生きる流域であることを再認識する。

「ちえる(崩れる)山」
大小屋 山林のほとんどは民有林だが、木材価格の下落、林業家の老齢化などによる手不足が深刻だ。天然林と違って、もともと人工林の根は土を抱かない上、手入れ行き届かなくなったことで森の保水力が低下し、雨水はすぐに川から海へと流れ下ってしまう。それが平常時の流水量 減少につながっているのだ。山肌を見せた無残な崩れは、他県の業者が根こそぎ伐採したあげく転売してしまった山だそうだ。保安林でないので、植林義務がない。放置されたまま、赤土が川に流れ込んでいる。いい川にはいい森が欠かせない。下流域を含め、植林活動に取り組み始めている団体もあるいると聞いて、心の中でエールを送る。

気持ちのいい河原を発見。しばし休憩・川遊び。

河原で湯を沸かす
飛び込む人
「海部川を体で受け止めた・・つもりが、軽〜く揉まれていた」

人気のない川原で水遊び。鹿のフンが古いものから新しいものまで点々と転がっていた。思わずあたりを見回す。水はさすがに10月ともなれば冷たい。川底にうっすらと泥が溜まり、茶色い苔がついた石は滑る。鮎はもう落ちてしまった季節で、魚影もない。石の下に川海老らしき・・・。あっ、という間も無く姿は消えてしまった。モクズガニを捕まえる籠が沈めてあった。十匹ほどのカニが「出してくれ〜〜」と網にしがみついている。冷えたからだを温めようと、川の水を汲んで野点とホットコーヒー。静かだ。対岸に見て、渡って、触った滝はプライベート・フォール。勝手に名前を付けた。
川の水で野点 泳ぐ人

「海もいいけど、川もいいよね」三間岩からダイビング

橋から見下ろすと、ウェット姿のサーファー達が岩を攀じ登っている。これはさぞこわいに違いない。「阪神勝利祈願」と絶叫しながら、何度も攀じっては淵に飛び込む(左写 真)。海部川がつくる波で遊んだあと、一走りすれば、こうやってきれいな清流で潮を落とせる。これも、海部川の恵み。

 

中流域(平嵐〜農業用水堰周辺)
川風・キラキラと輝く水
三間岩・赤橋間では道路改築工事が行われていて、山崩れかと驚いた。閉鎖時間に間に合うよう車を加速する。林や笹薮の間を川が見え隠れする。川幅が広がり、海部川は広い河川敷を、きらめきながら蛇行して流れる。思わず喚声をあげ、見とれる。

 

河口部
川とは思えないほどの透明感に感嘆!
今年最後の禁漁前日。立錐の余地無く川に立ちこむ釣師の風景。水の透明度と色は、河口とは思えないほど澄み切っている。開けた青い大きな空に、水鳥の白さが映える。釣り人の残したゴミや焚火の跡が目に付く。


サーファー海を見下ろす海部氏の出城を巻いて海にそそいでいた川筋は、治水のためにかけ替え後ほぼ埋め立てられ、真っ直ぐになった海部川が太平洋の黒潮へと溶けてゆく。新しい川の開口部はごく狭いが、この治水事業のおかげで砂州ができ、海部川と海の相乗作用で、世界中のサーファーが注目するビッグウェーブ を生む「カイフ・ポイント」が出現した。

河口の陸地は、川が運ぶ土砂の堆積で徐々に海にせり出しているとか。かつて、もやいを結んだという穴の開いた大岩が内陸部にぽつんと取り残されていた。岩には昔ここに押し寄せた津波の記録が刻まれている。1946年(昭21)の南海地震の記憶もまだ薄れていない。あちこちに「津波避難場」の案内板が立ち、立派な津波シェルターが海岸近くに建てられたばかりだ。


左手は大きく弧を描く松原海岸。右手は鞆浦漁港で、おりしも大里八幡宮の大祭前日とあって、漁はお休み。港にぎっしりと繋がれた漁船が掲げた色とりどりの大漁旗が賑やかだ。海への視界をさえぎる巨大なテトラやクレーンは、20年据え置きの末ようやく予 算が下りた大掛かりな漁港整備工事。地元サーファー達のビーチ・クリーンアップから始まったアクションで、工事の内容がサーフスポットを残すように変えられたのだという。

●未来の海岸を考える会
1995年から海部川河口部を中心としたクリーンアップと水質調査を開始。現在も毎月第三日曜日、サーファーたちによるクリーンアップが続けられている。海を守るための植林も活動のひとつ。
問合せ先:代表 黒越啓子 BYRNING SPEARS JAPAN 内 
徳島県海部郡海部町奥浦一字谷1-27 tel:0884-73-3495

釣する人々 ▲釣師の列 。黙々と。

河口 ▲河口。川と海の狭間が美しい。

クレーン▲朝日を受けて巨大なクレーンが屹立する。

支流・母川に抱かれる

母川といえば、鮭や鮎が生まれた川から海へと下り、産卵のために戻ってくる母なる川を言う。この言葉を調べていて、同じ名前の川があることを知り、ついには海部川を訪ねることになった。日本でずばりこの名を持つ川は、海部町を流れる母川だけだ。

母川は、海部川の支流で全長6.3kmの短い川だが、海部川より低い位 置にあるため、海部川の伏流水が流れ込んでいる。かつては、もっと南よりに流れていたが、周辺の田畑が度々冠水するので、直線状に河川換えされ、旧母川は半分埋っている。生物の循環に役立つアカメ柳の群生も伐採された。ここは、国の天然記念物で、体長2メートルにもなるオオウナギの生息地だ。今はナマズの天下だが、昭和20年頃まで、この一帯には、「うじゃうじゃ」いて、大水が出て田んぼにとり残されたウナギを食べたのだそうだが、「大味で旨くはない」とか。「えさ(オオウナギは別 名「カニクイ」沢蟹・モクズガニを餌にする)、環境(竹やぶの根元に生息)を整えてやれば、オオウナギは、必ず帰ってくる」と地元の人。残念ながら、イーランドにいるウナギは他国者だそうだが、環境保全を進めようと、施工者自らが海部川の伏流水を入れるために川のコンクリ護岸に数箇所穴を開けるなど、全ては一歩一歩の積み重ねなのだ。

光がすこし弱くなるなか母川へ。
清らかな水がこんもりとした緑に覆われて流れる。羽虫・小鳥・周囲の笹や木々の葉ずれの音。
「サラサラサワサワポチャリ」。

小さな小さなせせらぎが醸す空間に、すっぽりとつつまれる。全てがスローモーションになり、やがて静止する。静寂。しかし、五感に自然のメッセージだけが送られてくる感じ。

川岸にはホタルの餌になるカワニナが沢山いる。きれいな水が流れる所でしか生息しないゲンジボタルも、母川では養殖する必要はないとのこと。むしろ保全・増殖を目ざしての、地元有志の活動や、住民手づくりの「ホタル祭り」が行われている。祭りの時は、この小さな川に、かつて川の水を引き込むためにどの家でも備えつけていた水車が再現され、高瀬舟が浮かぶ。

母川ほたるまつり 開催日/毎年6月第3土曜日 祭り当日から1週間高瀬船運航

 
長い髪のように、
流れのままにゆれる水草。

水草

 

小さな魚が群れ散る。
小魚

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