Uターン・Iターン組と地元の人とが
あやなす新しい調和を、
福知山市・綾部市に取材しました


 ▼棚田を守ろう!山村と都市との交流が産み出す力(大江町・毛原)
 ▼原料から地元でつくる酒「穂乃花」の生産者たち(綾部市)
 ▼黒谷和紙の里の伝統を受け継ぐ若き紙漉き職人たち(綾部市黒谷町)
 
由良川・ニューライフ

毛原の棚田を守ろう!
山村と都市の交流が産み出す力。

日本棚田百選のひとつ、大江町・毛原の棚田。代々の人の手を経た必然の造形美がなだらかに続く風景は、いつまで眺めていても飽きないほど、ノスタルジックな魅力にあふれている。西日本では 石積みの棚田が多いが、ここ毛原は粘土質の土を利用した「土坡(どは:法面 を土で盛る)」の棚田なので、いっそう柔らかな風情をみせている。

棚田と集落を維持したい。
なにしろ不便な山里である。過疎化・老齢化のため、 不耕作地は増える一方で、1000枚以上あった棚田も、600枚位 に減ってしまった。 今では13戸で約8ヘクタールの棚田を営むに過ぎない。棚田あってこその毛原。先代から引き継いだ棚田と集落をなんとか残したいと、模索が始まった。 まずは平成9年に、地域興しの一環としての農業体験ツアーの実施から始めた。

訪れる人も、住民も。双方の感激。
人手もかかって大変だったが、体験ツアーの参加者の喜ぶ声や感謝の手紙などの手ごたえが、住民たちにはうれしかった。元気が出た。
第一回目の参加者の、滋賀県栗東(りっとう)市の川瀬さんご夫婦にお話を伺った。 「新聞広告を見て参加したが、いただいた地酒のおいしさにコロッとまいってしまって・・」という。それで、体験だけではなく、田んぼを貸してもらえないかとかけあった。二回目から棚田オーナー制度(年間契約)が発足し、利用させてもらうことに。約200キロのおいしい米が収穫できる。美しい棚田で、しかも自分で作った米を食べられるなんて「最高の贅沢です!」と夫妻は顔を輝かせる。

景観だけじゃない。人の良さが一番の魅力。
川瀬さんらは全くの初心者。世話人である「水口のおとうさん」に手取足取り教わった。 川瀬さんの奥さんが、田植えをする手つきをしながら、 「田植え体験の時、このお父さんに、こう、こう、こうや〜ぁて、教えてもろた時から、もう気ぃが合うなぁいう感じでしたから」と、 水口さんににっこりと笑いかけた。 「うまが合うてなあ」と優しく受ける水口さん。住民の心根がいいことも魅力のひとつだというご夫妻は、我が田舎となった毛原に、3時間かけて足繁く帰ってくる。もうすぐ停年。借りられる家さえあれば、ここに定住したいとも考えている。

来てもらって良かった!
交流会初めは都市から人が来ることに、住民には疑念や不安もあったという。労力など、負担がないわけでもない。しかし、いざ、都市からの人と交わるようになって、閉鎖的な体質もあった集落の雰囲気が、明るくなってきた。生活に張りもでて、地元への愛着が増した。素人ながら懸命に農作業をするオーナーたちと胸を開いて語り合い、オーナーたちは「お借りしている大切な棚田だから」と心して手入れをする。そこには一過性でないしっかりした人間関係が形成され、それが棚田と集落の活力の源として育ちつつあるようだ。

棚田に関する参考サイト
社団法人 農村環境整備センター
NPO法人 棚田ネットワーク

棚田とは
平均勾配が1/20以上の傾斜地に階段状に作られた水田で日本全国にある。 棚田は山林からの湧水や雨水を上段から下段へと巡らせることで、傾斜に流れる水の早さを緩やかにし、斜面 地の崩落をふせいでいる。 人間がソフトに介入した二次的自然とも言える棚田の環境では、多種多様な生態系の存在が可能となる。毛原の棚田は保湿性にすぐれ、昼夜の気温差が大きいことから、美味しい米が取れる。
棚田風景

 

農業体験ツアーの内容
田植えと、稲刈りの他、運動会・田んぼでのビーチバレーなどの交流会、秋は蕎麦打ち体験やコンニャクつくりで故郷体験。 地元で作った酒米を使った地酒と米20キロのお土産付きがうれしい。年末には地場野菜やコンニャクなどが宅急便で届く。参加費は一組3万円。
体験ツアーの実施は今年で8回目。似たような活動は全国の農村で行われているため、飽きられないようにとアイデアを盛り込んで、リピーターを確実に増やしている。

【参加者募集】
  田植えを楽しもう!

2004年の田植えは5/16です。
毛原の美しい田んぼに入りませんか?
田植え一日体験:参加費 1,000円。
問合せ、申込みは下記へ。


棚田農業体験ツアー実行委員会事務局
TEL:0773-56-1104

毛原の棚田オーナー制度の概要
約30aの不耕作地を活用して 1区画6a、棚田2枚分ほどを会員に供与する。会費は5万5千円。世話役として地元住民がマンツーマンで指導するほか、機械の貸与も。初回の体験ツアー参加者28組中、オーナー制度を利用して田植えを始めた人が5組あった。

 

稲刈り

 


 

原料から地元でつくる酒「穂乃花」の生産者たち

綾部の米と水で、綾部の酒を!

「綾部の米と水でオリジナルの酒を作ろう!」と立ち上がった会があると聞いて、綾部市の山田錦生産農家の河北さん(写 真右)と酒販店・由良重商店の由良さん(左)にお話を伺った。
そもそも賀茂茄子の生産農家である河北さんは、以前から酒米の山田錦を栽培し、京都の酒蔵の酒造りに参加していたという。その後、河北さんは、そのとき一緒に酒造りをした高本酒店の高本さんとともに「地元の綾部で!」とアクションを起こす。市内の酒販店に呼びかけ、「綾部の酒をつくる会」を結成したのだ。メンバーは30歳代から70歳代まで。若手の夢を年寄りがカバーするかたちだ。 蔵元は綾部の老舗「若宮酒造」。創りたい酒のイメージをみんなでワイワイと考え、杜氏に相談する。蔵元にとってもはじめての試みだったが、「何か新しいことをしたい」と考えていた蔵元は、突然の申し入れにも全面 的に協力した。


仕事は楽しく、手応えはバッチリ

2002年。4月の種付けから始まり、5月田植えから10月稲刈り。米作りの手伝いも会の活動のうちだ。「農薬を使わないで雑草を押えるのは大変な苦労がいります。米糠の発酵するときの力を借りて、草の発芽を抑制するのですが、なかなかうまく抑制してくれないから、みんなで夏の草取りをしたり・・。あれは大変だった!」苦労を思い出しながら、肩を叩きあって笑いとばす。 そして11月に仕込みを開始して、12月、いよいよ新酒が搾られた。こうして、酒米は地元生産の無農薬山田錦、由良川の水を使い、ラベルは黒谷和紙を手でちぎったもの、題字も綾部の書家の筆、という徹底的に綾部産にこだわった「穂乃花」が産声をあげた。
販売は好調。米をつくっている河北さん自らが「この酒の米は僕が作ってるんです!」と売上げに大いに貢献している。生産者を見たい、というのは消費者の当然の要求だから手応えがすごい。

故郷を外から見ると、自分の原点が見えてくる

「穂乃花1900本が自分の名刺なんですよ。」という河北さんは、農業を心底楽しんでいるように見える。あるとき「半農半Xの生活(塩見直紀著)」という本に出会って共鳴したという。生きていくための「半農=小さな農」と、その人なりの「半X=可能性・天性」、2つのことが同時に必要だという考え方だ。河北さんは十年来ネパールに魅了され続け、今でも農業の閑をついて彼地を訪れ、感じたままに写 真を撮っているが、これが自分の「半X」なのかも知れないと思い至ったという。「田んぼの畦道に座り、遠くに雲を見ながら遙かヒマラヤを思い、また野良仕事を始める。ヒマラヤの山中にいながら、ふと、綾部の穏やかな風景を思い出したりすることもある。」どちらに在っても本当の自分だ。

河北さんと由良さんは、どこで出会ったのか覚えていないほど、いつのまにやら意気投合。由良さんは酒販店の他、飲食店も経営していて、「穂乃花」の実力を目の当たりにしている。「この酒はすごく料理に合うんですよ。」6年前、Uターンで綾部に戻ってきた由良さんには、一度離れたからこそ綾部の良さがよく見えている。こだわった「穂乃花」への思いは、「郷土愛です。」

新しいものを産み出しながら、脈々と流れ続けていく

地面をしっかりと踏みしめていながら、その先を見ているお二人の話ぶりは、とてもおおらか。由良川のゆったりとしたリズムが、お二人の内にも刻まれているようだ。
ゼロからのスタートではない。故郷・綾部で脈々と生業を営んできた親世代の蓄積とサポートがある。それらを最大限に利用させてもらうことが、故郷への恩返しにきっとなる。そして「穂乃花」の誕生は、次の世代に継承する蓄積を、新たに残し始めている。

「穂乃花」をお味見

穂乃花は、柔らかく飲みやすいが米の味がしっかり感じられ、とても可能性を感じる美味しい酒だ。
12月に「生酒・しぼりたて生酒」を900本限定で販売するなど、 年間で1900本を販売する。

「手間のかかる無農薬生産のため、今のところ量産できず、地元での消費で終わってしまいます。ぜひ、綾部に足をお運びいただき、由良川を眺めながら「穂乃花」を味わってください。それが「穂乃花」の一番美味しい飲み方です。」


【問い合わせ】
「綾部の酒を創る会」事務局 ●TEL:0773-42-0579 ●メールアドレス:komoto@ceres.dti.ne.jp
 ※綾部の酒を創る会は、綾部の振興に寄与しているとして、二年目にして「永井奨励賞」を受賞した。

 

 

 

黒谷和紙の里の伝統技術を
受け継ぐ若き紙漉職人たち



黒谷の村

黒谷の村綾部市黒谷町。黒谷という名前がしっくりくる谷間の小さな集落を訪ねた。ここで作られた紙だけが「黒谷和紙」の名を冠するという。和紙作りの作業所や民家が、伊佐津川の支流で黒谷川と呼ばれる清流に沿うようにある。この水と周囲の山に自生する良質の楮とによって、上質な和紙が作られてきた。江戸時代から明治にかけては、70〜100戸あった家の90%が和紙作りをしていた。しかし、第二次世界大戦後、和紙が売れなくなり、現在は10軒に満たず、みな高齢でもある。

研修制度で若手を育てる

機械では作り得ない本物の和紙づくりが見直されつつある今、この里の技術を受け継いでいるのは、外からきた若者たちだ。黒谷和紙協同組合が、後継者対策として、門を開いて7名程度の他府県の人を迎えたのだ。二年間の研修を経て、組合長が認めたら一人前の職人と見なされる。独立して工房を持った人もいる。徒弟制と違って明解なシステムだから、今の若い人にもしっくりくるであろう。美術系学校卒など、アイディアもある若い力が集まっている。余暇は自由に使ってもらえばいい。他業種との交流も盛んのようで、将来の展望も楽しみになってきた。

組合と職人の良好な関係  



福田理事長


黒谷和紙協同組合・福田理事長
黒谷和紙の流通・販売は黒谷和紙協同組合が一手にしている。「黒谷ブランド」が信頼される由縁である。 職人は自分の漉いた紙を組合に買い取って貰うのだ。 製品の検査規約はあるが、製品の基準は各組合員の良識を信頼している。時に検査してダメなものがあったら注意するがけっこうこれがしんどい。値引きして売りさばくなども組合の仕事。職人は良い和紙を作ることだけに専念できる。

幸せな黒谷の和紙職人たち

紙を漉く手組合にしっかり支えられ、分業ではなく、最初から最後まで自分の仕事を全うできるという幸せが、若き和紙職人の仕事ぶりに溢れている。 「地道に、一生できる仕事を身につけたかったんです。」 鄙びた和紙の里の風景を見せてくれる共同作業所の中は薄暗いが、そこで立ち働く20代30代の若い職人や研修生らの顔が眩しかった。



 

伊佐津川
綾部市於与岐町弥仙山が源流。北隣りの舞鶴市を北上し舞鶴西港に注ぐ二級河川。

黒谷和紙の特徴
頑ななまでに「原点を大事にしている」純粋の手作り和紙。 丹念に水と日にさらされた和紙は強くて美しい。かつて使われることの多かった荷札の紙も黒谷和紙。強靭さの証だ。桂離宮の改修の時もふすま紙として用いられた。

楮(こうぞ)・素材の事
こうぞは周囲の山に自生しているが、現在は畑で栽培した1年ものを使用。綾部地元のこうぞが60%を占める他、用途によって、50年来の付き合いがある近県から仕入れる。原木の3%相当しか紙とならない。年間の紙の生産量 は、約3,000キロ。

和紙作りの水
和紙作りの各工程に欠かせない水。こうぞを洗う水は川の水をろ過してポンプアップしている。 紙漉きに使う水は、山水をろ過滅菌した簡易水道を利用。使用後の水の扱いにも気を使う。 もちろん排水は届け出て認可を受けているが、塗料は色分けして放流、晒し粉は流さず、中和して真水に変えている。

和紙会館
黒谷和紙会館(上の写真)
綾部市黒谷町
tel:0773-44-0213
平日8:30〜17:00
(正午より13時は昼休み)
資料展示室・即売場があります。
休館日等は問合せください。

 

 

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