島原半島の湧き水

【島原湧水群(島原市)をうんだ 島原大変肥後迷惑】
1792年(寛政4年)普賢岳の火山活動による地震で眉山が大崩壊し土砂が海に突入。津波を発生し対岸の熊本側沿岸に押しよせた後島原に打ち返し計3万人余りが死亡。加えて島原では一帯に地割れが生じて地下水が噴出。以来島原湧水群がいたるところに湧き出るようになった。

「寛政島原大変」山口伊佐夫 常盤歴史資料館HP

水・利用の工夫と決まりごと

落口■常盤御茶屋敷跡湧水 (島原市)

苔むした水路から流れ落ちる水を黒々とした石が受けている。江戸時代、藩主が愛でたこの水は、「おしめ川」と呼ばれる雑用水として利用された後、近隣農家の灌漑用水となっていた。落口の枡状の石は、各水田に公平な水量 を調整・分配できるよう切り込みを入れた 「石枡」だ。おしめ川は暗渠となったがきまりは今に受け継がれ、水利権を持つ農家 が毎年一回水源池と水路の掃除を総出で行っている。

大石屋敷跡に住まい、湧水の管理をされているご主人のご好意で中庭にある水源の池を見学。平成2年の普賢岳の噴火で降った灰が今だ薄ねず色に溜っているが、400年来自慢 の味も水量も変わらないとのこと。生活水は全てこの湧水。水がいいと放った鯉の発 色まで違ってくるのだそうだ。

写真右)藩主がお茶をたてて飲んだという池の大石には7つの浅いくぼみが。塩やお酒を湧水に捧げるための「杯状穴」だ。

 

浜の川共同水場■浜の川湧水 (島原市)

家々が浜の町特有の軒の低さでぎっしりと建ち並んでいる。狭く入り組んだ小路が 集る中央に共同水場があった。清掃用ブラシや防火用バケツに生活のにおい。掃除当 番の札が民家の軒先に下がる。水が湧くところは金属の屋根と立派な東屋風屋根で厳 重に覆われている。「洗場使用規則」の札がいかめしい。洗い場から出た水は、さら に町の家々を巡って飲み物を冷やし、洗い水にと使いまわされ、流れ去る。鉄格子で蓋をした部分も豊かな水量 。ちょっともったいない。


使用規則



石で切られた小さな洗い場は、
しきたりどおり、
用途に合わせじゅんぐりに
水を落としていく。

街角の水神様

水神

 

■上ノ川湧水(小浜)

立派な石垣を背に水神様が睨みをきかせている。温泉の町にこんこんと湧き、さらさらと流れる清い水は柄杓で汲まれ、じょうごで持参の容器の中に。

上ノ川湧水

 

上(かみ)で水を汲み捨てる時は下(しも)へ。子ども達も自然に従うしきたりだ。 法事帰りの喪服の人もバスを降りてここでお清め。「地下水はゆっくり浸透するか ら、今湧いているのは100年くらい前の水」と聞きありがたさが増す。

掃除する婦人小柄な奥さんが手ぬ ぐいかむりで水場の清掃。決められた清掃日もあるが「今日は時間があいたから」と。真っ白なゴム長がすがしい。清潔に手入れされた水場はこんな風にひとりひとりの水への感謝で維持されている。

 

白木野水場 ■白木野 (南有馬町)

ここは町内でも比較的水の豊富な地区で、町水も引かれているが皆湧水を好むのだとか。今はパイプで各家に湧水が引かれているからか、水場には日常使われている 様子がない。30年程前までは水場から家までバケツで生活水を運ぶのが、中学生とも なった子どもたちの役割りだったそうなのだが。苔むした神様


狭くて急な曲がりくねる道を行き、もうひとつ水場を見つけた。こんもりした緑、ひんやりと湿った空気の中でこざっぱりと保たれたコンクリづくりの水場。ここも用途にあわせて仕切られ、流れる水が使いまわされる。水神様は農山村であれば水田守護の神様でもある。苔むしたお姿がかわいらしい。

 

水の見える商い

はやめ川
自由に汲める金物店源水「速魚川(はやめがわ)」。順番を待っていた男性は、味の差は お茶を入れればわかるとキッパリ。うまみを感じさせる柔らかな味には、島原市水道 水源の地下深層水も出番がない。
■猪原金物店(島原市)
金物屋全景 金物屋内部

そば奥の茶房で限定・売り切れ御免の手打ち蕎麦を注文。しばらくしてトントンと蕎麦を 切る音が聞こえ出した。待ちかねた蕎麦は、うっすら青みを帯び香りが鼻にぬ けてい く。十割蕎麦でも水がいいとボソボソしないし、味に格段の差が出るのだそうだ。湧 水を風呂にも使っている奥さんのお肌はつるつる。「島原では何でも聞くといいです よ。みんな人がいいいですから」うれしいことを聞いた。島原市の湧水水源は大手川 を境に眉山に向って右が普賢岳の伏流水。左手は大手川に沿った別 の水脈で、湧水群 の内ここと浜の川水だけが軟水なのだと教えてもらう。

猪原金物店

 

水屋敷庭園■しまばら水屋敷(島原市)

ごくふつうのおみやげ物やさんの脇に古ぼけた提灯、全体がかしいだ瓦屋根の門。ここがうわさの水屋敷。通 路の脇に流れる水の豊かさ、きれいさに驚く。中庭の池から水は湧くのだという。かんざらし濡れ縁を庭に向って解放したお座敷で、名物「かんざらし」を初体験。親指の先ほどに丸めた白玉 だんごがかすかにあめ色がかった砂糖水に浮いている。あんこのかんざらしはシロップなし。あんこはつぶつぶしていて、懐かしいおばあちゃんの味を思わせる。露がついた冷たいコップの水はやや固めか。通 好みの味。

しまばら水屋敷

 

お豆腐■井上さんちのお豆腐(雲仙)

島原はどこへ行っても水がうまい、豆腐がうまい。中でも、絹ごしとおぼろが一緒に なったような舌触りと豆の香りに感激したのがここのお豆腐。看板もない小さな路地 を入りよその家を抜けると、既に作業を終え整然と片付いた仕事場があった。ざあざ あとほとばしるパイプの水は3キロほど向こうの絹笠山の湧水だそうだ。それを直径 1mもあろうか、100年以上経った木桶が受けている。汲んでくれた水をごくごく飲 む。お代わりっ。いくらでも入りそうな山の水。お豆腐一丁90円。二丁買ったら小ぶ りの厚揚げをたくさん持たせてくれた。

 

水のある風景

武家屋敷水路
■武家屋敷街(島原市)

狭い水路だがところどころに石の橋。昔の人には大事な水をまたぐなど考えただけでも罰当たりなことだったのだろう。水に近寄りやすいように縁を一段落としているところもある。屋敷の菜園や果 樹は自給自足生活の名残。

鯉水路
■鯉のおよぐ町(島原市)

急峻な半島は雨水も湧水もすぐ海へと流れ去るからか、島原には澄んだ水が浅く流れ る水路や側溝が多い。鯉がおよぐ水路は今や「水の都島原」を代表する名所。「ようこそ」のプレートには英語、中国語、ハングルも。
水の流れ
■幻の鮎帰りの滝(有家町)

重すぎるほどの生命力に満ちた緑の底をたどり、普賢岳の伏流水が湧水となって1日 に約3000トン流出する有家川源流部へ。目指す滝見つからず。川を渡して荒縄のしめ 飾り。霊気と鬼気を恐れ早々に退散。
堀のビオトープ
  島原城のお堀も湧水が水源
ホテルの水サーバー
雲仙観光ホテルの水サーバー 

 

資料提供:南有馬町役場
参考資料: 湧水めぐり「島原湧水散策路(トレイル)」げんごろう倶楽部
     「島原見処絵巻」島原市観光リーフレット 島原市役所商工観光課


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