多摩川を生きる 

 

みなさん、この7月の選挙におきましては、みなさんに大変お世話になりました。今日は現職のかたもおられますので、こういうところでもうしあげるのは大変不謹慎になるかもしれませんが、本当にお世話になりました。この場を借りて厚くお礼を申し上げる次第であります。今日は、レジュメのほうには参議院議員岩井國臣と書いてございますけれども、参議院議員というより、むしろ多摩川下流域に住む、一学識経験者、そういう立場でお話をさせていただきたいと存じます。

 

いろいろ、丹波山村におきましても小菅村におきましてもあるいは塩山市におきましても、行政上の課題というのは当然あるわけでありまして、そういった事柄につきましては、参議院議員としてお手伝いできること、応援できること、あろうかと思いますが、それは私が個人的にできることであります。せっかくご縁ができておりますので、骨身惜しまずやらせていただく、それは当然といたしまして、今日は一学識経験者としていろいろみなさんがたに聞いていただくというその意味は、行政上のいろいろな取り組み、これは当然必要なわけでございますけれども、これからはやはり住民レベルのいろんな、活動というのか運動というのか、動きというのか、必要だと考えるからでございます。先ほど多摩川源流研究所の事務局長、佐藤さんから、上下間交流というのがございました。これは絶対必要です。必要でございますが、これは必要条件なんですね。

 

必ずしも必要十分条件ではないんです。これだけでは片手落ちといってはいけませんが、もうひとつ大事なことがあるのではないか、それが何かということを考えて行かなければならない。要するに行政とは別に多摩川流域に住む、あるいは下流域に住む人たちが、心構えというか、生き方ということに関係しまして、いろいろとやることがあるのではないかというふうに考えるからです。そういう意味で、流域に住む一住人という立場で少しお話をさせていただきたいと思うわけです。

 

まず、今日の演題、あまり時間がありませんので、あえて演題というほどのこともないんですけれども、レジュメのほうには「多摩川源流の活充化のために」という題をつけさせていただきました。活充化なんて言葉はですね、お聞きになったことはないと思いますね。ふつう地域活性化というんです。活性化という言葉をふつう使うわけですけれども、どうも活性化というと、経済的に活性化するというか経済的な匂い、香りがするということでございまして、どうも経済的にどうのこうのって、これはもちろん大事なんでございますけれども、基本的に一番大事なんですけれども、それがどうも片手落ちではないか、もっと心の問題というか精神的な充実感というものが必要ではないか、そのように考えまして、私が広島に平成元年、それから4年まで広島におりまして、いろいろこういう地域の問題をいろんな人と取り組んでおったわけですが、そのとき仲間と考えて、「活充化」がいいんじゃないか、活性化の活と精神的な充実の充をくっつけて、これは造語です。辞書を見ても出てきません、これは(笑)。だけどまあ我々気にいっとるんですね。そんなことでこんな題を付けさせていただいたんですけれども、先ほどちょっとみなさんのお話をお聞きしながら、また自分のレジュメも見ながらですね、ちょっと考えておりましてですね。ちょっとこの演題はやめましてですね(笑)、「多摩川を生きる」という演題に変えさせていただきたいと。

 

「多摩川を生きる」なんてことも普通言わないですね。「多摩川で生きる」とか「多摩川に生きる」とかね、いうんですけど。「多摩川を生きる」なんてこと普通言いませんね。実は私の尊敬する哲学者で中村雄二郎さんという方がおられるんですが、この方が歴史を生きるという言葉を使うんですね。これも普通言わないんです。「歴史を生きる」なんてこと言わないんですけれど、そういう言葉をお使いになる。これは哲学的な意味がある。敢えて歴史を生きる。で、ちょっと真似しましてですね、まあ、いいことはすぐ真似すればええですからね。真似いたしまして、福井で講演したことがあるんですよ。1時間半くらいしゃべったと思います。「九頭竜川を生きる」ということでしゃべった。そしたら、しゃべりだすまえに、司会者が「ミスプリ」があるとおっしゃってましたけど、ミスプリじゃございませんで、敢えて「九頭竜川を生きる」というふうにしたわけですけれども。

 

これはですね、「多摩川を生きる」・・・・、どういうことかといいますと、多摩川の本質を十分に理解してそこに生き甲斐を感じながら生きる。そういうことでございまして、したがって、下流の人々をただ単に、その地先の多摩川とつきあう、ふれあうということだけではなくて、多摩川というものをやはり知らなければならない。多摩川の本質というものを知らなければならない、そう思うんですね。そうすると多摩川とはなんぞや。源流抜きにして、多摩川は語れないんですね。多摩川を語るために、多摩川を理解するには源流なんです。源流を語る。源流を知らなければならないんですね。

そういう意味でさきほど三谷さんが京浜のリバーミュージアムで12番ですか、わたしもずーっと山田さんの説明きいておってね、おかしいなぁと(笑)。だって12番だけじゃあないんです。図だけじゃなくて、「源流」という言葉が出てこない。源流ということがなしに、源流が語れますか?源流を語らなくて、どうやって多摩川の理解ができるのでしょうか。まあこういうことなんですね。そういう話を実はしたいわけですけれども。

 

まずですね、申し訳ございません、私、選挙期間中全国を廻りましたんですけれども。小泉改革もいいけれども、必要だと、小泉改革はやらなければならない。しかしながら、「大都市の論理で地方の切り捨てを行ってはならない」とか。「強者の論理で弱者の切り捨てになってはならない」、とかですね。それから「新しいものは必要なんだけれども、日本の伝統文化の切り捨てになってはならない」とか、そういうことをいいながら都市と農山村の共生ということをまあ公約みたいにして訴えてまわったんですね。そんなこともございまして、私のホームページにですね、プリントアウトしたものをお手元に配ってあると思いますが、「都市と農山村との共生」という、これは8月の22日、3:37にアップしていますけれども、これはインターネットをプリントアウトしてきました。これは後ほど読んでいただきたいと思いますが、最後の、2枚目の下から8行目ののころ、そこだけ見てください。

 

「都市と農山村との共生は、都市と農山村との交流であり、都市と農山村の境界をさまようことである。共生とはそういう両義性の体験である。」言葉が難しくて恐縮でございますけれども。「旅とはそういう両義性の体験であり、新しい文化を創造するエネルギーである」と書いてございますが、要するにですね。交流ということがなければ、あるいは旅ということがない限り、21世紀における日本の生きる道はないというふうに考えておりまして、そのことをそこにちょっと書いた。さらに金子勝さん、このごろしょっちゅうテレビにでておりますけれども、この方がこういうことを書いています。「私たちは今、都市と農山村との対立を越えて、互いに自立と尊厳を支えあう関係を作らないかぎり、私たちは生きる価値を失わずに生きることはできない。」要するに、無意義に生きることはできますけど、意義をもって生き生きと生きることはできない。自立と尊厳を支え合う関係、そういうことを言っておられます。ですから、交流ということは必要ですけれども、さらにそれが進みまして、事実と尊厳を支え合う関係を作り出さなければならない。そういうことがいいたかったというわけで、そこに書いたわけであります。前半が長くなりましたが、今日のお話の本論に入りたいと思います。

結論は今申し上げたようなことであります。

 

そのことについて、少し私の言葉で、私の考えを皆さんにお伝えしたい、こういうことであります。同時多発テロにつきましてみなさんいろいろお考えだろうと思います。あのような犯罪は断じて許してはならないということにつきましては、おおかたの人がですね、大体そういう意見で異論がないと思います。しかし、その他のことにつきましては、いろんな意見があるんですね。意見がある、ということでございます。私は、多くの方が言われる、文明の危機だと。そのように感じますし、そういうふうに言っている人も非常に多いわけでありますが、と同時に、危機はチャンスだ、ピンチはチャンスだという言葉がありますよね。ああチャンスかなあと思うんです。で同時テロ、まあ、これをどのように感じるのか、私が思うのは、「ああいう犯罪が起こりうるのだ」ということ、これはみなさん異論はないんじゃないかな。アメリカのような軍事力、国の組織、国力があっても無力だというんですね。無力だと。

それから阪神淡路大震災ありましたね。平成7年でしたかね。あのときに私が思ったのも神戸市というのは日本の中でも、都市のなかで一番進んだ近代的な合理的な都市だと言われていたんですよ。模範生だったんですよ。で、ああいう大地震が起こりましてですね、私はやはり、いろんな組織、消防署の組織や行政上の組織があるわけですけれども、ボランティアに助けられなければならないということでした。行政というものがまったく無力であったというふうに思うんですね。ですから、私といたしましては同時多発テロも阪神淡路大震災も災い転じて福となす、我々は何を教訓として学ぶべきか、これは、例えばですね、犯罪とコミュニケーション、コミュニティ、あるいは災害とコミュニケーション、災害とコミュニティ。そういうものがどうあるべきかということを考えてみないといかんのではないかと。ようするに社会のあり方ですね、地域社会のあり方だとかですね、コミュニティのあり方だとか、コミュニケーションのあり方だとかですね、そういうことを根本的に問い直さないと、問題の解決にはならないのではないか、そんなふうに思っおるわけであります。

 

そこでそういうことをお考えの際に、みなさんに聞いていただきたいのはですね、今西錦司のすみわけ論なんです。私は京都大学の山岳部なんですが、私ども京都大学山岳部の先輩はいろんな偉い先生がおられるんですね。南極の越冬隊長で有名だった西堀栄三郎さんとか、フランス文学で有名な桑原武夫さんとか、いらっしゃるんですけれども、ボスは今西錦司なんですね。今西錦司のすみわけ論というのがあるんです。

我々は小学校中学校ダーウィンの進化論を習います。それしか習わない。今西錦司のすみわけ論なんてのは習いませんね。ですけど私はたまたまそういう山岳部で先輩後輩でありましてですね、今西錦司のことは私の本の「桃源雲情」という本の中に「黒もじの杖」というところで書いてますけれども、今西錦司のいちばん近いところにおりましたんで、今西錦司の人間性とか、どういう考え方でおるとか、ある程度わかるんですね。それで、今西錦司の若い頃、学校卒業して学校に残られた分けですけれども、助手のころ京都の鴨川の底の石ころをひっくり返して、カゲロウの幼虫の研究をされていたことがあるんですね。そのときにぱっとひらめかれたそうでありますけれども、どうもダーウィンの進化論はおかしいんじゃないか。強いモノが勝って当たり前、弱肉強食です。適者生存。強いものが勝って当たり前じゃないか。そういうのはちょっとおかしいじゃないか。カゲロウの幼虫のように誠にか細い生物もおっとどっこいこの世の中を立派に生きているではないか。これはなんだと。私流に解説いたしますとですね。 今西さんが言っているのではなく私の解説ですけど、確かに蛇は蛙を喰うんですね。ですけど、種のレベルで考えたらね、種、蛇という種は蛙という種を滅ぼしてはいないんです。それぞれがすみわけて、この世の中をうまくすみわけて生きとるんですな。いうことで、私といたしましては、先輩後輩という関係かもしれませんけど、やはり、ダーウィンの進化論より、今西錦司の進化論のほうがええように思いますなあ。まあそんなことでございます。

 

で、私は今西錦司の、ダーウィンもそうですけど、生物が生存していく、生物生存の原理が進化論といっていいと思うんですけど、生物生存の原理としては、今西錦司の原理のほうがいいのではないかなあと、今西さんの考えからするとですね。これ過疎地域が関係するんですよ、生物はなぜ進化する、なぜ現在のようにいろんな種があって生きてますけどね、どういう原理で進化してきたのか、資源を、環境と言っていいのかな、地球の資源、地球の環境というものをうまく有効に活かすために、生物はずっと進化を続けてきておるんだと、大体そういう考え方になるんですね。ですからカゲロウの幼虫のようにまことにか細い生物もこの資源を、地球のエネルギーをうまく有効につかうようにすみわけて生きとると。だいたいそんなことになるのでしょうか。

 

私はそんなふうに理解をしておりまして、過疎地域を見たときにどんどんどんどん人口が減る、畑も休耕田が増えてくる。これは、どうも生物生存の原理に反するのではないか、と思えてならないんですよ。最近ですね、だめなんですよ、最近は小泉さんもそうですけどね、「市場原理」いうんですよ。競争ですよ。これはダーウィンの弱肉強食なんですね。強いのが勝って当たり前やーと。セイフティネットさえ張っておけばいいという、そういう論調が多いんじゃないんでしょうかね。僕はちょっとそこはおかしいと・・。ですから地域づくりいいますと、いままで我々は国土の均衡ある発展といってきたんです。竹下さんはふるさと創生と言っていた。最近はいろんな評論家がですね、だいたいね「国土の均衡ある発展ちゅうのはねだいたい効率性が悪い、都市だ、都市に力をいれろ」という。

 

ふるさと創生、ふるさと。そっちへ目がいっていないですね。「国土の均衡ある発展とか、ふるさと創生というのはおかしい。21世紀はもう都市の時代だ」と、いう人が多いんですけれども、どうですみなさん、これはまちがっていませんか。ぼくはまちがっているんじゃないか、そのように思えてなりません。それで、申し上げたいのは、ここにいろいろ書いてありますけれども、時間がありませんから省きまして、今西錦司のすみわけ論じゃないですけれども、生物生存の原理というものを、生物ですよ、我々も生物なんです。すべての生きとし生けるもの全ての生きていく、生存していく原理というのは何だっということを考えて行かなくてはならんのではないか。

 

と、もう一つですね、生物生存の原理として私が注目しておりますのは、田邊元という哲学者がおります。明治の終わりか、大正やったか、ずいぶん古い時代の話でありますけれども、「種の原理」という田邊哲学があります。で、これがなかなか難しいんですけれども、これまた私流に解説しておきました。ちょっとそこにメモをしてあります。田邊元の種の原理を私流に言い換えると次のようになる。

都市と農山村がありますね。これは別に当たり前。農山村を田舎と言い換えます。都市と田舎というのは確かにありますね。それから都市の生活というのと田舎の生活というのは確かにありますね。これは別に異論のある人はおりませんね。それから、したがって都市の感性と田舎の感性、これもありますね。都市の感性というのと田舎の感性というのありますね。ですから、都市人間、というのと田舎人間というのはたぶんあるんでしょうね。東京は都市人間が多いんですけれども、私は山が好きなんで田舎人間のほうかもしれないですけれども、でもまあ都市に住んでますが。で、田舎人間だけども都市的田舎人間、田舎的都市人間、そういうのもおっていいんですよね。

 

私はどっちなんでしょうね。都市的田舎人間か、田舎的都市人間かですね。両面備えている。先ほど両義性といいましたけど、そういうことでございます。都市人間とか田舎人間が幸せでないとはけして言えませんけれども、どちらかに偏っても、別にそれで不幸せとはいえませんけれども、やはり私の考えを一般的にいってですね。やはり両方の感性を備えている方が、人生を生きる上で幸せではないか。それから田舎人間、丹波山にお住みになっているのは田舎人間だと思いますけれども、ですから都市的感性を備えている都市的田舎人間ですね。それから、私のように都市、世田谷区に住んでおりますけれども、都市人間なんだけれども、田舎の感性を備えている、田舎的都市人間。そういう方がいいのではないかと、実は思うのであります。

いうならば、私デフォルメして説明しておりますので、必ずしも正確ではありません。

田邊哲学を正確にご説明してるというわけではありませんけれども、そういうことなんです。

まずそういうことをひとつ申し上げたい。

 

それから21世紀になりまして、その次に、共生、コミュニケーション、連携と書いてありますけれども、21世紀におけます世界の大事なキーワードとして、共生とコミュニケーションと連結と、この3つの言葉を考えております。

 

共生という言葉は生物学の言葉でございまして、滅ぼすということがなければ傷つけあうのは別にかまわないと、で、例がいいかどうかわかりませんけれども、私と女房は私が寅年で女房が辰年で竜虎相争うという言葉がありますが(笑)、しょっちゅうケンカしております。それは激しいんですね(笑)。だけどまあ 別れることなくですね、まあ一緒に住んでおる。これ、共生しておるんですね(笑)。

で、コミュニケーションというのはですね。ケンカしないようにですね、相手の立場に立ってものを考えるということがないと、コミュニケーションということはできない。でこれは意見は一致しなくてもいいんですね。まず相手の立場になって考えると。おまえのいうことはわかった。だけど俺はこうだ。ということがあってもいい。

 

連携ということになりますと、一部でいいですから、全部一致するということになるとちょっと気持ち悪いんですけれども、一部でいいから意見が一致せないかん。よし、わかったわかった、じゃ一緒にやろうと。そういう風にニュアンスは違いますけれども、哲学的にいいますと根っこは同じ同根の言葉です。

 

さて、21世紀、これから共生社会めざそうと言ってもいいし、コミュニケーション社会をめざそうといってもいいし、連携社会をめざそうといっても、まあ大体似たようなことなんですね。そういうことでございます。で私は、コミュニケーションを大切にするというか、先ほどのように、歴史を生きるというか、源流を生きるとだとかそういう言い方を言うと、哲学的に言うとですね、「コミュニケーションを生きる」ためには、どういう社会のシステムがええかっちゅうとですね。今のような社会システムじゃだめ。大規模よりも小規模、集中よりも分散。だからそこに書いておきました。

小規模分散をネットワーク社会というのがこれからの21世紀におけるあるべき社会ではないかということでございます、それで時間があれですから、結論に。

 

2枚目がですね。ミスプリで気になってますけど、これ結です。結論。先ほど三谷さんから説明がありましたけれども、きょうのこれもすべて10年前の多摩川源流を訪ねる会からはじまっております。つながってるんですね。それから先ほど多摩川源流研究所の話がありましたけれどもこれも多摩川源流サミットが契機になっておるわけですが、その多摩川源流サミットも、多摩川源流を訪ねる会というのがベースになっているんですね。三谷さんとか梅田さんとか今日おられますけれども、そういった方々のおかげだと思いますけれども、三谷さんや梅田さん、当時の人たちがどういう思いでこれをずっとやってこられたか。最初はですね、なんか単なる「源流どうなっとんのかな」という好奇心だったと思いますけれども、何度か行っているうちに、やはり、われわれ世田谷もそうなんですれども、多摩川のお世話になっておると、多摩川の恩恵に浴していると、したがって、やはり源流を知らないといかんねと、いう、源流のためになにしようとかこうしようとかあったわけではないんですけど、多摩川の恩恵を受けておるから、源流を知らなきゃいかんねと、そこから出発していると思うんでございます。そこが一番大事なところかなと思うんですね。

最後の結論みたいなこと、そこにずっと書かせていただきましたので、読ませていただきますと、「われわれ下流の人間はボランティア活動として、源流地域にどのようなご恩返しができるのか。」そこを一生懸命考えるということが、われわれ下流の人間にとりまして、「多摩川を生きる」、そういうことではないかと思うんですね。私は下流の人間によってどのようなボランティア活動が行われるのかが一番のポイントで、まあ行政のやるべきこと、京浜工事事務所にやってもらいたいこといっぱいあるんですよ。あるいは東京都にやってもらいたいことあるわけですが、と、同時にボランティア活動ですね。どのようなボランティア活動を行われるか、一つのポイントではないか。ボランティア活動、これは単にですね源流のファンクラブをつくるっちゅうだけのことではなくて、ファンクラブ必要なんですけれども、そこへレスキュー隊と書いてありますけれども、国立公園ですよね。中村文明さんの写真をみても渓流がすごいんですよね。遭難者が出てきたりするんですよね。どんどんいろんなひとがくると、やはり危ないちゅうか、そういうのがあると思う。私は山岳部でありますけれども、やはり山は危ないんですよね。沢は危ないんですよね。そうむやみやたらに行くと危ないんですよ。ですけど、上下間交流が進んでいくとやはり増えると思います。

とすれば、なんかやっぱり下流の人たちで、そういうレスキュー隊でないけれど、なんかこうお手伝いできるようなしたいなあということは思いますけれども、なんか応援できるようなことをしないといかんのかなあ。ファンクラブも大事でありますけれども、そんなことを私としましては感じておるということであります。

 

それで、ボランティア活動につきましてはですね、今日は京浜工事事務所、大田区の行政のかた、世田谷区の行政の方、おられますけれども、すべての行政機関に働きかけ

ていって、いろんなご支援をいただかなあかんなと思っておりますけれども、まああくまでも参加する人たちは、有志、しかしながら多摩川の源流を自分のふるさとと感じることのできる人たち。そのように私は考えております。今日はここで終わりますが、最後に上下流の皆さんと共に確認させいていただきたいことがいくつかあります。

ひとつは多摩川という流域は水という問題を考えたとき、ひとつの運命共同体、上下流、上流、下流も源流もですね、ひとつの運命共同体ではないかということですね。

それがひとつ、それともう一つは、源流という切り口で源流地域の抱える問題を、これまた運命共同体でありますから、流域全体で考え、流域全体でそれらの問題の解決を図っていくということが必要ではないかという風に思うわけであります。

 

で、三つ目にそのために何をするか、行政とボランティア団体、両方ですね、行政だけ、ボランティア団体だけ、というのでは片手落ちですから、行政でも、あるいはボランティア団体でも、両方ともですね、上下間交流が必要でありますけれども、そのための組織作りということが必要ではないかなあ。なんらかの形の組織がいるんではないかなというのが三点目であります。四点目につきましては、行政のほうは、きょうはまあ、京浜の所長にきていただいているわけでありますけれども、やはり河川管理者京浜工事事務所、国の機関が中心に、環境庁、環境省っちゅうのもあるんですけれども、あそこはあんまり力がない。(笑)

 

河川管理者である、国土交通省京浜工事事務所が中心になられて、直轄下だとかそんなこといわずにですね、三谷さんの言われる通りになりますが、そうじゃなくて「流域」と。源流を含めてどうするのかということをひとつ考えていただきたい。

それから5点目でありますが、ボランティア団体のほうはですね、やはりこれすべて、「多摩川源流を訪ねる会」というのが出発点になっておりますので、またみなさんともご相談していかなければなりませんけれども、多摩川源流を訪ねる会が中心となって、三谷さんが中心になられましてなんか組織作りがいるのではないか、そんな風に、以上5点思うわけであります。どうでしょう、みなさん。

これひとつの提案にさせていたきますけれども。

とくに源流のみなさん、よろしいでしょうか?(拍手)下流の皆さんよろしいでしょうか?(拍手)

 

最後でございますが、源流のみなさんに申し上げさせていただきたいと思います。あくまで皆さん方が主役であります。そこに地方自治だとか機関委任事務、政府信託論、と書いてありますけれども、これどういうことかといいますと、いままでは、どちらかといいますと、中央集権といいますか、まずなんでも基本が国がやるんだ。国のできんことは都道府県、知事がやるんだ。知事で、都道府県でできんことは市町村がやるんだ、市町村でできないようなコマコマしたことは地域でやってもらうんだ。でそういうのは機関委任事務というのですけれども、そういう考えだったんですね。中央集権主義的な考え。それではもうこれからはおそらくだめで、現在地方分権はそこまでいっていませんけれども、政府信託論というのでありますが、アメリカなんかそうですね。自治というのはそうなんです。やはりあくまでも地域が主だと、地域でできることは地域でやると。地域でできないことは市町村でやる。市町村でできないことは都道府県でやる。都道府県でできないことは国がやる。まあそういうことでありますが、そういう考え方に大体なってきておるのかな。で、いまの地方分権は誠に中途半端でございます。まだそこまではいっていませんけれどもひとつの流れとしてはそのようになってきているかなあと。

 

そのように考えますと、市町村合併は方向が逆ですね。これは経済原則で市町村合併ということがいわれておるわけで、私のような考え方から小規模分散型ネットワーク社会という考え方から言うと、ちょっといかがかなと思うわけです、しかしこれはひとつの流れですからやむを得ません。で、合併は合併でありながら、じゃあその今までの自治というか、このごろは、行政法人ですね。独立行政法人なんてのもありますけれども、そういうのはムリだとか、別の組織をそれぞれ地域独自に独立してなにかやれるような組織というのをつくらなければならないなあと感じておるわけでありますが、それはちょっとよそへ置きまして、いずれにいたしましても、それぞれの地域ですコミュニティー、地域のみなさんが主役だということでございます。私ども下流の人間はですね、まずは源流の問題を私ども自身の問題として感じなければなりません。そのうえで、なにができるのか、どういうお手伝いができるのかということを考えなければならないのではないかと。源流の皆さん方がよければ私ども、三谷さんとも相談させていただきますけれども、積極的にいろんなお手伝いをさせていただきたいなあと思って。それが下流の人間にとって「多摩川を生きる」ということではないか、それが価値ある人生を下流の人間も送ることができる、そういうことではないかと思う次第であります。いずれにいたしましても、なかなか大変時代でございますけれども、皆さん方のご支援あるいはご指導、そんなこといただきながら、私も一生懸命頑張ってまいりたいと思います。今後ともよろしくお願い申し上げます。ご静聴ありがとうございました。

 

 

 

Iwai-Kuniomi