1059 .Re: グローバル経済という視点

お名前: 岩井国臣

投稿日: 7/30(14:03)

オリジナル: 976.思い切ったデフレ対策を!!! [岩井國臣] 6/13(12:38)

コメント元: 1057. Re: グローバル経済という視点 [上田 勝] 7/30(00:53)

 

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下記のものは、今年の4月18日の法務委員会で、私が個人の自律性というものの重要性を訴えた部分ですが、上田さんのお考えと基本的には同じだと思います。ただ、違うのは、まだまだ弱い立場の人が多いということであります。食わず嫌いということもありますが、役所と聞いただけで背筋がぞっとする人も少なくないのです。横柄な役人が多いですからね。

親方日の丸の意識がなかなか抜けないのではないでしょうか。困ったことです。今後は、上田さんが言われるように、個人の自律性というか自立性を高めていく必要がありますね。

 

それでは、下記に、法務委員会での私の発言を紹介しておきます。

 

 

私が、今度の司法制度改革で強く意識していただきたいのは、二十一世紀型の法文化の確立ということでございます。これからは、行政も立法もそうでございますけれども、特に司法はもっともっと国民とのコミュニケーションを重視していかなければならないと思います。司法は今まで国民との接触が極めて少なかった、これからもっともっと司法と国民との接点を増やしていかなければならない。行政も立法もそうでございますけれども、司法も国民との接点を増やしていく、そういう中で国民は行政的に、立法的に、あるいは司法的にもっともっと自律性というものを高めていかなければならないのではないか、そのように思うわけであります。

 

そう考えたときに、今回の司法書士等の制度改革は大変大きな意味を持っているのでないか、そのように思います。弁護士の数が少ないからその代わりをするというのではなくて、二十一世紀型の法文化の確立という観点から、もっと本質的な意義を持っているのではないかというふうに私は考えております。

 

今、私が最も注目しておる哲学者の一人で中村雄二郎先生という方がおられるわけでありますが、二十一世紀の国家像といたしまして、情報ネットワーク社会というものを展望されまして、底力のある自立した個人、そういう存在こそ重要だ、そのように語っておられるわけであります。そして、組織でありますとか場所の重要性というのはあるんですが、組織とか場所というのは積極的にそのような底力のある個人というものを育て、成長させる働きを持ったものでなければならない、このようにおっしゃっておられるわけであります。私もそう思うわけですね。

 

裁判でも、底力のある自立した個人の存在というものを前提に考えた方がやっぱりいいのではないかと思います。つまり、刑事裁判は別といたしまして、民事裁判でも行政裁判でも、できるだけ本人が法廷に立つのがいい、私はそう思うのであります。私なんか法律の専門家ではございませんから、司法書士のお手伝いがどうしても要るわけでありますけれども、司法書士の助けをかりながら、できるだけ自分で法廷に立つというふうにした方がいいのではないか、このように思います。本人訴訟ということであります。もちろん、本人が法廷に出れないときも当然あるわけでありますから、そういう場合には司法書士が代理で法廷に出なければならないわけでございますけれども、本人訴訟を原則とした訴訟の在り方というものが当然あるわけであります。本人訴訟を原則とした裁判というものを普及させることによりまして、我が国に二十一世紀型の法文化というものが育っていくのではないか、中村雄二郎さん私は、今度の司法制度改革で強く意識していただきたいのは、二十一世紀型の法文化の確立ということでございます。これからは、行政も立法もそうでございますけれども、特に司法はもっともっと国民とのコミュニケーションを重視していかなければならないと思います。司法は今まで国民との接触が極めて少なかった、これからもっともっと司法と国民との接点を増やしていかなければならない。行政も立法もそうでございますけれども、司法も国民との接点を増やしていく、そういう中で国民は…・、行政的に、立法的に、あるいは司法的にもっともっと自律性というものを高めていかなければならないのではないか、そのように思うわけであります。

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