感動のシステムのイメージ

 

 

 先にも言ったように、「劇場国家にっぽん」は、そういう感動を得るための・・・「場所」づくりと「モノ」づくり、そしてそのためのコミュニティーづくりないしネットワークづくりを目指している。それは、贈与経済としての・・・・感動のシステムづくり・・・・といってもよい。

 

 けいざいは市場経済と贈与経済に分かれ、市場経済はさらに市場経済的市場経済と贈与経済的市場経済に分かれ、贈与経済は市場経済的贈与経済と贈与経済的贈与経済に分かれるというのが私の頭の中の整理である。市場経済的市場経済とは、もっとも市場経済らしいもので、まあいうなれば企業活動の世界である。贈与経済的贈与経済とは、もっとも贈与経済らしいもので、まあいうなればNPO活動とか宗教活動、或いは趣味的なサークル活動の世界である。

 その中間に贈与経済を背景にしながらも企業活動が行なわれている世界、つまり贈与的市場経済の世界や・・・・つくられたモノは市場に出て行くけれど本質的には贈与経済という世界・・・という世界、つまり市場経済的贈与経済がある。贈与経済的市場経済の世界には企業家に支えられた金もうけを目的にしないモノづくりに励む人たちがいる。また、市場経済的贈与経済の世界は市場経済に乗っかってモノの売り買いが行なわれているけれど、そのモノづくりそのものは金もうけのために行なわれているのではなく動機は創るよろこびにある。市場経済的贈与経済の世界でモノづくりに励む人たちは、まあいうなれば贈与経済におけるモノづくりの成功者であって、かならずしも企業家の支えは要らない。そこが贈与経済的市場経済の世界との違いである。贈与経済的市場経済の世界は企業家が主役であって、モノづくりに励む人たちはその企業家に依存している。企業家さまさまだ。市場的贈与経済の世界はモノづくりに励む人たちが主役であって、企業家はそのモノづくりの励む人たちに依存している。モノづくりに励む人さまさまである。

 

 さて、グローバル化の中で、ユニクロ現象などもあって、農業などのいわゆる地場産業が衰退の危機に面している。それらいわゆる衰退産業の中には、農業などのその地域とは密接不可分の関係にあって、その産業が地域になければ地域の自給的生活がむつかしいという産業がある。それを私は地域の基礎的産業と呼んでいる。かりに、この世の中に市場というものがなくなっても、地域の基礎的産業があれば、なんとかその地域における自給自足的な最低限の生活はやっていけるという状況を、私は、想定しているのである。地域の基礎的産業は守らなければならない。どうして守るか。市場経済では守りきれないとすれば、贈与経済的な市場経済と贈与経済によって最低限のところは守らざるを得ないのではないか。

 

 モノづくりには、今述べた4つの世界それぞれに問題がある。しかし、私が今政策上の課題として考えている問題は、衰退産業のうち地域の基礎的産業をどう守るかという問題である。NPOの活動や宗教活動や趣味のサークル活動と連動して地域の基礎的産業の振興をどう図るかということである。連動の機軸はモノづくりである。モノづくりをつうじて地域の基礎的産業がどのようにしてNPO活動や宗教活動や趣味のサークル活動と繋がっていくのか・・・・という問題である。そのつながりのシステムを考えなければならない。

 

 もうひとつ、モノづくりについて、市場経済と贈与経済共通の問題がある。市場経済的市場経済の世界、贈与経済的市場経済の世界、市場経済的贈与経済の世界、贈与経済的贈与経済の世界それぞれに問題があるのであるが、それらに共通する問題は・・・・、伝統技術についての情報センター・「モノづくり博物館」と感性を磨くための「響き合いの場所」を全国いたる所にどうつくり上げていくのかという問題だ。こういうモノづくりに関する社会インフラというのがないとモノづくりというものが国是にはなり得ない。

 

 伝統技術についての情報センター・「モノづくり博物館」と感性を磨くための「響き合いの場所」・・・・、そしてそれを含む・・・・地域の基礎的産業とNPO活動などとのつながりのシステム・・・・、それらをつくっていかなければならない。これが私のいう贈与経済における感動システムづくりである。これもまた新しいモノづくりであることはまちがいない。

 

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Iwai-Kuniomi