
はじめは皇室の香華寺であったという由緒ある寺。
それが、時代とともに、付近一帯が庶民の墓地となっていくとともに、
無常所の墓守り寺となっていった。それを宇多天皇の孫に当たる寛朝僧
正が再興。その後、子院十二坊が千本通りを挟んで左右に並ぶほど隆盛
を極めた頃もあった。その名残か、今は、上品蓮台寺のことを「十二坊」
とも言う。
今西錦司の葬儀は、ここ「十二坊」で、しめやかに執り行われた。
十二坊の境内には、源頼光ゆかりの「蜘蛛塚」があり、怪しげな雰囲
気一杯だ!勿論、十二坊が・・ということではなく、この付近が・・
ということである。少し南に行ったところに、「閻魔堂」がある。
詳しくはここをクリック!