タイトル: 139 . カール・セーガン 科学と悪霊を語る

お名前: 岩井國臣

投稿日:平成11年  4/12(15:24)

 

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はじめに−私の先生たちのこと

 

 私の両親は、科学者ではなかった。それどころか、科学のことなどほとんど知らなかったとい

っていいだろう。それでも父と母は、懐疑する精紳(ママ)と、不思議さに驚嘆する心とを、二

つながら私に教えてくれた。つまり、科学の方法の中核となる二つの思考様式−ぎくしゃくしな

がらもどうにか同居している二つの思考様式を教えてくれたのだ。我が家は貧しかったけれど、

私が天文学者になりたいと言ったとき、両親は何も言わずに賛成してくれた。二人とも、天文学

者が何をするものかなのさえ、ほとんど知らなかっただろうに(私もよくは知らなかったが)。

それでも両親は、医者か弁護士になる方が懸命だ、などとは決して言わなかった。

 

 大学に入ってからの一九五〇年代、私はすばらしい先生たちに教え導いてもらうことができた

。私はこれまで、その人たちへの感謝の気持ちを忘れたことがなかったし、その気持ちを一人一

人に伝える努力も惜しまなかったつもりである。だが、これまでの人生を振り返ってみて思うの

は、いちばん大切なことを私に教えてくれたのは、学校の先生でも、大学の教授でもなかったと

いうことだ。もうずいぶん昔の一九三九年という年に、私は暗闇の中を手探りしはじめた。

そのとき、最初の助け、闇を照らす灯火となってくれたのは、科学のことなど何も知らない両親

だったのである。

 

 

第1章  いちばん貴重なもの

 

現実の世界にくらべれば、科学などはごく素朴で他愛ないものでしかない−それでもやはり、

我々が持てるものの中でいちばん貴重なものだ。

 アルバート・アインシュタイン(一八七九−一九五五)

 

 世の「バックリーさん」たちは、言葉づかいもきちんとしているし、教養も好奇心もある。

宇宙の不思議に触れたいというごく自然な欲求ももっているし、科学のことだって知りたがっ

てはいる。それなのに、現代科学のことはほとんど何も知らない。彼らのところに届く前に、

どこかで「科学」が抜け落ちてしまうからだ。文化も教育も情報メディアも、こうした人々の

役には立ってはいない。

 

 アトランティスがらみの本は何百冊も出版されている。ご存じのようにアトランティスは、

凡そ一万年前に大西洋にあったとされる謎の大陸

 

最近の本では、アトランティスが高度な技術や道徳性、精神性をもっていたことや、住民ごと

波間に消えるという悲劇的な最後を迎えたことなどが、いつのまにか「確かな筋からの話」と

されて、まことしやかに語られている。

 

 一方、アトランティスを否定する説はというと、めったに目にすることができない。公共図

書館の本にもなければ、新聞や雑誌にも載らないし、ゴールデンアワーのテレビ番組も扱わな

いからだ。だが、これについてははっきりした証拠がある。海洋底拡大やプレートテクトニク

スや海底の実地調査から、ヨーロッパとアメリカのあいだには、いかなる時代にも大陸などあ

りえなかったことがわかっているのだ。

 だまされやすい人たちを陥れるまがいものの説明は、そこらじゅうにころがっている。一方、

懐疑的な説はなかなか人々の目に触れない。それというのも、懐疑的なものは“売れない”か

らだ。頭がよくて好奇心もある人たちは、もっぱら大衆文化からアトランティスなどの情報を

仕入れているのだが、いいかげんなホラ話に出くわす機会は、誇張のないきちんとした説に出

会う機会より、何百倍、何千倍も多いのである。

 

大衆文化がさしだすものに対して、もっと疑うことを知るべき

 

あいにく大衆文化では、「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則がまかり通ってい

る。

 

 科学に熱い思いを寄せ、頭がよくて才能にも恵まれた人は世界中にたくさんいる。しかし残

念ながら、その思いは報いられていないようだ。調査によれば、アメリカ人のおよそ九十五パ

ーセントは科学のイロハも知らないという。

 

教育水準の低下は悩みの種

 

近ごろの若者はものを知らない

 

 もっとも、科学や数学についての無知が、古代アテネの衰亡をどれだけ早めたかはわからな

い。しかし、一つはっきりしていることがある。それは、現代において科学の初歩も知らない

のは、過去のどの時代とくら べものにならないぐらい危険だということだ。オゾン層の破壊、

大気汚染、有毒放射性廃棄物、酸性雨、表土の侵食、熱帯雨林の破壊、指数関数的な人口増加

など、地球的規模でさまざま な危険信号が出ている。こうした問題について一般市民が何も知

らないのは、とてつもなく危険で無謀なこ とだといわざるをえない。

 

核分裂エネルギーや核融合エネルギー、スーパーコンピューター、情報“ハイウェイ”などが

社会に及ぼす影響を考えてみるがいい。そのほかにも考えるべき問題は多い。妊娠中絶、ラド

ン汚染、戦略兵器の大幅な削減、麻薬の常習、当局による市民生活の盗聴、高解像度テレビ、

飛行機や空港の安全性、胎児の組織移植、健康維持にかかる費用、食品添加物、躁病や鬱病や

精神分裂症を緩和する薬、動物保護、超伝導、経口避妊薬、反社会的素因は遺伝するという説、

宇宙ステーション、火星旅行、エイズやガンの特効薬の発見。

 こうした問題の根本がわ かっていなければ、国の政策を変えていけるはずもない。

 

世の中にはわれわれの知らないことがたくさんある。しかし人は自分の無知を棚に上げて、宇

宙には人知を超えた神聖なものが満ちている、などと言いがちではないだろうか。

 

似非科学の人気の高さ

 

 人はさまざまな信念体系を試してみて、それが自分に役立つかどうかを知ろうとするもので

ある。そして状況が苦しくなれば、懐疑精神などというお荷物はさっさと放り出してしまうの

だ。似非科学は、科学が満たしてくれないような、感情面の強い欲求に訴えかけ、人間にはな

いがゆえに求めてやまない力の幻想を与えてくれる