タイトル: 140 . Re: カール・セーガン 科学と悪霊を語る

お名前: 岩井國臣

投稿日: 4/19(11:28)


 

第2章  科学と希望

 

 私はアメリカの未来に不安を抱いている。子供や孫たちの時代には、アメリカはますますサービ

ス・情報社会となり、主要な製造業はほとんどよその国に移っているだろう。恐ろしいほどに肥

大したテクノロジーはごく少数の者の手に握られ、国民の利益を代表する議員たちの中には、問

題点がわかっている者など一人もいなくなってしまうのではないだろうか。

 

 われわれが築きあげてきた地球規模の文明は、今や科学技術に深く依存している。文明を支え

ている運輸、通信、農業、医学もそうだし、教育や娯楽、環境保護、さらには民主主義の基本と

なる選挙制度さえもが、科学技術なしには成り立たないほどだ。しかもわれわれは、一般の人々

は科学技術のことなど知らなくともすむようにものごとを進めてきた。だが、こういうやり方は

いずれ破綻するにちがいない。現代文明には、科学技術が与える強大な力と、科学技術に対する

無知とが混じり合って渦巻いている。この混合ガスは、早晩われわれの目の前で爆発するだろう。

 

 西暦二〇〇〇年を目前にして、私の不安は強まっている。年を追うごとに似非科学や迷信の誘惑

はあらがいがたいものになり、人を狂わすセイレーンの歌声がいっそう高く、魅惑的に響きわた

っているような気がしてならないのだ。過去において、この歌が聞こえてきたのはどんなときだ

っただろうか?

 

 どれかの民族や国に対する偏見が生まれたとき、飢饉が起きたとき、国の威信が揺らいだとき

、宇宙における人間の位置や人間存在の目的がおとしめられたと嘆くとき、狂信的行為が身の回

りにあふれるとき−そんなとき、昔からおなじみの思考様式が、われわれを支配しようとその手

を伸ばしはじめるのだ。

 

 ロウソクの炎は風になびき、その小さな光は今にも消え入りそうに震えている。闇が深まり、

悪霊たちがざわめきはじめている。

 

宗教の本の中には、「科学者という連中は、この世には自分たちの発見したものしか存在しない

と信じ込んでいる」などと書かれたものがある。たしかに科学者は、神秘的な啓示を否定するか

もしれないが、それは、啓示を受けたという本人の申し立て以外には、何の証拠もないからにす

ぎない。だからといって科学者は、自然界についての自分たちの知識が完璧だなどとは思ってい

ないのである。

 

 知識を得るための道具という点では、科学はとうてい完璧などと言えた代物ではない。ただ、

人間が手にしている道具のなかでは、いちばん“まし”だというだけのことだ。この点一つをと

ってみても、科学には民主主義と似たところがある。科学は人間の進むべき道を教えてはくれな

いけれど、どの道を選べばどうなるかは、はっきりと示してくれる。

 

 英語の「スピリット(精神)」という言葉は、「呼吸する」という意味のラテン語に由来する。

我々が呼吸しているのは空気であり、どんなに薄くとも物質であることに変わりはない。つま

り、普段の使われ方に反して、「スピリチュアル(精神的な)」という言葉は、必ずしも物質

(脳を構成する物質も含めて)以外のもの、あるいは科学の範疇外のものを指すわけではないの

である。私はこれから先、ためらわずにこの言葉を使わせてもらうつもりだ。科学は精神性と矛

盾しないばかりか、深いところでは精神性を生み出す源なのだから。

 

 人が空間と時間のなかで自分の位置を認識するとき、あるいは生命の複雑さや美しさや精妙さ

を理解するとき、そこには喜びと謙遜の入りまじった感情が生まれる。それはまさに精神的とし

か言いようのないものだ。その感情は、偉大な美術や音楽や文学を前にしたときや、マハトマ・

ガンジーやマーティン・ルーサー・キングらの勇気ある無私の行為を前にしたときに感じるもの

と何ら変わるところがない。

 

 科学と精神性は互いに相容れないなどと考えることは、どちらにとっても百害あって一利なし

というべきだろう。