Re: 住民投票について

 

 

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タイトル: 157 . Re: 住民投票について

お名前: 岩井 國臣

投稿日: 3/1(16:54)

コメント元: 156. 住民投票について ▼ [岩井 國臣] 2/29(11:02)

 

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住民投票法の制定を阻止せよ!

 

 

 今まで全国各地で五十件を超える住民投票が行われた。最近では、新潟県巻町の原

発、岐阜県御嵩町の産廃、沖縄県名護市の基地、徳島県徳島市の第十堰が有名である

が、1995年以降47件の住民投票が行われた。

 

 現在10件ほどの住民投票が問題になっているといわれるが、住民投票をめぐる運動

は、徳島市の成功に力を得て、今後、次第にエスカレートしそうな勢いである。

 

 そこで、さまざまな論議に整理をつけ、地域における混乱を回避するため、「住民投

票法」を制定すべきであるとの意見がでてきている。わが自民党の中にも賛同する人が

いるようである。私は、とんでもないことだと思うが、ここは冷静に議論を深める必要

があると思う。

 

 議論すべき点はいろいろあると思うが、その主要なポイントは、@住民投票に「なじ

むもの」が特定できるかどうか、・・・A投票結果に「拘束力」を持たせることができ

るか・・・の2点である。

 

 この2点については、私のもっとも尊敬する三本木健治さん(明海大学教授。196

0年3月東京大学法学部卒業後、建設省、総理府、環境庁、国会図書館立法考査局など

を経て現職。)が、もっとも核心に触れる重要な問題だけれど実はもっとも難しい問題

を含んでいるのだと言いながら、ご自分の意見を述べておられるのでそれを紹介し、若

干私の考えなり感想を申し述べてみたい。

 

 第一に、「まじむもの」の例として挙げられるのは、住民投票の実施区域内で処理で

きる事項であるが、これにはすでに地方自治法など一応の制度(直接請求以外のものは

間接民主主義の原理に基づくもの)がそなわっている。仮に法律で「なじむもの」を特

定したとしても、国の「法律による先占」の範囲外で条例を制定することは一般に認め

られている。それではネガティブ・リストとして「なじまないもの」を列挙するとして

も、例えば何が「専ら国益に属する」ものなのか(お国のために生命を失った人は数限

りない)、住民の意見を差し挟む余地がないものとは何かの区別が基本的に難しい以

上、これを住民投票にかけることを禁止することは極めて困難である(場合によっては

違憲の疑いがもたれるであろう)。

 

 第二に、「拘束力」については、司法権の範ちゅうで「差止命令」などの手段がある

ことを考え合わせると、利害関係や損害防止の利益が必ずしも厳密に立証されない手続

きの中でこれを安易に処理することは大きな問題がある。第一の問題に関連させて、住

民投票の実施区域内に限り拘束力があるとすると、すでに述べたことと同様に、地方自

治法の問題に帰着する。それにもかかわらず(広域的な問題であるかどうかにかかわり

なくということも含めて)、住民投票が行われるべきであるとすれば、「拘束力」とは

法律的なものではなく、政治的なものと考えるほかはない。

 

 

 以上が三本木さんの意見であるが、これを見てもお判りのように、住民投票の問題は

専ら政治的な問題である。法律的には、以上の核心に触れる問題を避けて、通則的ない

しは準則的な手続規定を整備することが考えられる・・・、それが三本木さんの結論

だ。

 

 しかし、住民投票の問題が専ら政治的な問題であるとすれば、私たち政治家として

は、核心に触れる問題を避けるのではなく、憲法論議も視野に入れながら、・・・・核

心部分に迫っていかなければならない。

 

 私は、今まで「国益」についての論議が足らないと思う。足らないというよりほとん

どなされてないのではないか。「国益」の論議がほとんどなされないまま、地方分権分

権一括法ができたため、国と地方自治体との役割分担がはっきりしていない。

 

 たとえば、宍道湖を頭に浮かべて欲しい。うつくしい。湖畔に国道や県道が走っての

だが、私はそこを通るたびにこの景色は守らなければならないと思う。本当に心がやす

らぐのだ。

 宍道湖の治水計画は、この景色を台無しにする計画になっている。まだ整備計画はで

きていないが、現在のところ、一応、コンクリートの塀で湖岸を取り巻く案となってい

る。湖畔の環境を考えたとき、こんなものはとても実施可能とは思われない。おそらく

整備計画を作る段階で、建設省は、知事の意見は勿論のこと、公聴会により住民の意見

をも充分聞くと思われるので、私は、それほど妙なことにはならないと思うが、今ここ

で言いたいのはそのことではなく、そういう湖畔の整備ないし管理は誰がやるのかとい

う問題である。

 湖畔の環境整備ないし管理は、私は、放置されていると思う。新しい計画のもとでや

らなければならないことが山ほどあるのではないかと思う。国と地方自治体と力を合わ

せて・・・ということだ! 否、それだけでは不十分。私に言わせれば、イギリスのグ

ランドワークやフランスのエコミュージアムのように、地域住民の参画が必要・・・と

いうことだ! そういうことだが、とりあえずここでは、地方自治体だけを問題にしよ

う。

 

 地方分権一括法により、現在は、地方自治体の事務は、自治体本来の自治事務と国か

らの受託事務の二つしかない。宍道湖の管理は言うまでもなく国の事務であるので、国

が島根県に事務を委託しない限り、島根県は宍道湖に関与する権利もないし責任もな

い。国が島根県に事務を委託するかどうかは全く国の自由裁量である。

 私の考えでは、宍道湖というのは、国民の財産であると同時に地域の財産でもあっ

て、島根県や湖畔の市町村はこれを利用し、管理する権利と義務を有しているのではな

いかと思う。

 国の管理する公共公物であっても、地方自治体本来の自治事務があってしかるべき

だ。共同管理ということだ。共同管理の場合、何よりもお互いの信頼関係あるというこ

と、そして・・・・それに基づく・・・役割分担というものがはっきりしているという

ことだろう。

 

 国の役割、地方の役割、そして双方の信頼関係をどう構築していくのか・・・その辺

の議論が足らない。河川管理者はもっとそのことに意を用いるべきだし、政治家は地方

自治についてもっと深みのある議論をすべきである。

 

 

 以上、河川管理における地方自治の問題に触れたが、住民問題についても、問題の核

心部分についてもっと論議を深めるべきだと思う。政治家は問題の核心から逃げてはい

けない。

 

 三本木さんの考えと若干ニュアンスをことにするかも知れないが、私は、住民投票は

かなり「いい加減な手続き」であって、そういう「いい加減な手続き」からは「差止命

令」のようなレベルの「拘束力」は到底出てこないと思う。

 憲法改正手続きのように、行政側の十分な情報提供と議会における十分な調査と審議

というものが可能であればいいが、住民投票にそれを望むことは現実的でない。そうだ

とすれば、仮に、三本木さんの言われるような通則的ないし準則的な手続規定を整備し

たとしても、「いい加減な手続き」であることに変わりはない。だとすれば、住民投票

の結果は、せいぜい政治的な課題を政治の世界に突きつけるということに終わってしま

う。

 

 政治は闘争である。私たち自民党は、多くの場合、住民運動と対峙している。住民運

動はおおむね市民運動家を支援し、市民運動家はおおむね共産党や民主党を支援してい

るといってよいからだ。

 住民運動には通常行政に対する不信感が根底にある。私たち与党は、議員内閣制のも

とでは、住民運動家と一緒になって行政をやっつけるわけにはいかない。私たち自民党

が多くの場合住民運動を対峙せざるを得ない所以である。

 

 住民投票は、住民運動の延長線上にある。私は、これを認めるわけにはいかない。通

則的ないし準則的な手続規定にしろ、私たちは、断固反対しなければならないのだと思

う。

 

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▼コメント

 

161. Re: 住民投票と行政・政治の責任 ▼ [望月倫也(もと四国の住人)]

3/9(16:28)

166. Re: 科学的知識の重要性 [岩井國臣] 3/24(06:20)

 

 

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