土木技術と哲学
私は、平成13年7月の参議院選挙において「都市と農山村との共生」を訴えた。この私の訴えを補強するために、後日、大沢真幸・京都大学助教授の問題提起(世界7月号、共同ルポルタージュ、過疎地の想像力)と呼応して、次のように述べたことがある。
私の尊敬する三本木健治さん(明海大学・同大学院教授、国際水法学会理事)がその著書「国土の管理と利用(1999年、山海堂、p21)」で言っておられるように、明治の先覚者たちは、経験的・実証的精神をもって日本の国土を知り、大変革の中にあっても、必要に応じ、わが国の伝統文化を生かしてきた。わが国の伝統文化は農山村の風土の中にこそ色濃く残っている。今こそ農山村の風土の中にあるわが国の伝統文化をしっかりと認識しなければならない。
そしてより大事なことは、都市と農山村との境界の持つ重要性である。もちろんその境界とは時空を越えたものを言っており、都市生活者が農山村文化を体験することによって現れ出てくるところの世界である。
私の言いたいことは、農山村に今なお残っている伝統文化とその体験の重要性である。山口昌男さんによれば(文化の両義性、2000年5月、岩波書店、p82)、「境界は多義的であるゆえ、そこには日常生活の中では位置をあたられないイメージがたち現れることができる。そこでは、イメージおよび象徴が、言葉になる以前に絶えず立ち現れ、増殖し、新しい統合をとげる。」・・・・のだそうだ。都市と農山村の境界の中にこそいろんなイメージが立ち現れるのであり、そのことなくしてあたらしい文化の創造はない。その境界はもちろん時空を越えたものではあるが、現実の体験としては、農山村というものの存在が不可欠である。私が農山村を守らなければならないと訴える理由はそこにある。都市と農山村との共生とは、都市と農山村との交流であり、都市と農山村の境界をさまようことである。交流とはそういう両義性の体験である。旅とはそういう両義性の体験であり、あたらしい文化を創造するエネルギーである。
共同ルポの中で、金子勝さんが言っておられるが、私たちは、今、都市と農山村との対立を超えて、互いに自立と尊厳を支えあう関係を作り出さないかぎり、私たちは生きる価値を失わずに生きていくことはできない。
農山村の問題は、決してマイナーな問題ではないのである。むつかしいのはどうして農山村の伝統文化を守っていくかという・・・その方法論である。国の手厚い保護政策がとれればいいが、国の保護政策には自ずと限界があろう。だとすれば、都市生活者のライフスタイルを変えるような指導原理が必要である。哲学だ。
私はまた、「21世紀・・・わが国の建設業を考える」という小論で、次のように述べた。
世界の人々も含めて、日本国民が求める「新の豊かさ」は明確に変わってきている。経済的な効率性や利便性だけを追求する都市や地域や国は、やがて尊敬されなくなるであろう。人間や自然と調和した豊かな住環境や学術文化が自己のものとして実感できる「国づくり」や「世界への貢献」が要求されている。
私は、そのように述べて、「建設分野のパラダイム転換」が必要であることを訴えた。創造的破壊が必要なのであるが、問題はその先に何があるのかという問題だ。これは文明論みたいなことになるので、やはり哲学の問題になるのかもしれない。私の考えでは、パラダイムの転換にはどうもハイブリッド思想が必要であり、そのハイブリッド思想に関連して次のように述べた。
霊魂やら超自然やら妖怪というものは、本来人間以外のもの(非人間)であるが、いわゆるモノでもないので、そんなモノは存在しない、・・・そういう認識がモダンの認識である。それはそうだろう。しかし、現在なお霊魂やら超自然やら妖怪やらが語られている。多くはその存在を信じてはいないままおもしろおかしく語られているのだと思うが、中にはほんとうにそういうモノが存在すると信じて語っている人も少なくないのだろうとも思う。そうだとすればそれらはやはり存在するのである。
誰でも、通常、五感は勿論のこと、理性的に認識できるものは数学であっても哲学であっても科学技術的な認識の対象である。しかし、モダンの考え方によれば、そうでないものは科学技術的な認識の対象にならないのである。つまり現代の認識の対象にはなり得ない。これは正しいか。もし正しいのだとすれば、プレモダンの多くは切り捨てられてしまう。現在は、事実そうなっているのだが、プレモダンの認識の対象になっていたものの中に、現在なお検討の対象にしなければならないものがあるのではないか。
霊魂やら超自然やら妖怪を例に挙げたのは、それは単なる例であって、特別の意味はない。要するに、人とモノ、社会と自然、善と悪、白と黒等々、二元論的に把握するだけでなく、その中間的な、ここではハイブリッドと呼んでいるのだが、そういうものがある。あるというよりそういうハイブリッド的なものが現在大変多く、それをどう理解するかが今問われているのである。
私はそのように述べ・・・・・、私は、田邊元の「種の論理」に触れ、中沢新一に対する期待を表明しておいたのである。
さて、それ以前のやや古い話になるが、土木計画学研究委員会発足30周年記念のシンポジウムが、平成8年10月、東京で開催された。土木計画学は高度成長期に生まれた比較的新しい学問体系である。すなわち、高度成長期に入り、明治以来、鉄道工学、河川工学、橋梁工学といった対象施設ごとに組織されていた科目や講座体制を見直し、交通や水資源などの現象ごとに講座を改める提案がなされるようになった。この流れの中で、昭和30年代後半からいくつかの大学で「土木計画」の講義が開設されるようになったが、講義内容はバラバラでありそのままでは学問的体系化ができないという憂慮が広がった。その後、東京大学鈴木雅次教授の提案を契機としていろんな動きがあり、京都大学米谷栄二教授を中心にようやく昭和41年になって土木学会に本委員会が設置された。
計画部門、設計部門、施工部門がこれからの土木技術を支える三大支柱だが、私は、計画部門が大変遅れていると思う。大問題だ。30周年記念シンポジュームにおいても、飯田恭敬土木計画学研究委員会委員長が土木計画学の地域の特異性などに対応できていない問題点などを指摘されていたようだが、私も全く同感なのである。土木計画学は地域づくりにほとんど役に立っていない。私はかねてより過疎地域に重大な関心を持ち何とかイキイキとした地域づくりができないかと仲間といろんな取り組みをしてきた。にもかかわらず過疎問題はいよいよ深刻になるばかりである。土木計画学というか土木技術は過疎地域には全く無力なのである。どこかおかしい。土木技術のどこがおかしいのか。
私は、土木計画学30周年記念シンポジュームをの様子を見ながら、私のホームページに次のような意見を述べたことがある。
土木技術はもっとも古い歴史をもつ技術といわれる。人類が登場して生活を営み始めるにあたって,竪穴住居をつくるにしてもまず土地を掘削する必要があった。その辺のことを書いた文献としては淮南子(えなんじ)という紀元前の中国の本がある。淮南子(えなんじ)には、「むかし民は、湿地にすみ、穴ぐらに暮らしていたから、冬は霜雪、うろに耐えられず、夏は暑さや蚊・アブに耐えられなかった。そこで、聖人が出て、民のために土を盛り材木を組んで室屋を作り、棟木を高くし軒を低くして、雨風をしのぎ、寒暑を避けるようにさせた。かくて人々は安心して暮らせるようになった。」といういう意味のことが書かれており、実は、そこに「土木」の語源と言われている「築土構木」という言葉が出てくるのだが、著者は、人々が安心して暮らせるように築土構木を為すのは聖人であると言っている。土木技術の本質を言い当てていて大変おもしろい。
なお、この文が出てくるのは、淮南子(えなんじ)の中の巻13である。「氾論訓」という解題がついているのが、これは「世のさまざまのことがらについて、ひろく古今にわたって得失の理を論じ、道によって教化し、大いに一なる真理を悟らせる・・・そういったことが今求められている。それゆえに、今、私は、ここに、氾く(ひろく)論ずるのである。」という意味であり、私は、これまた土木技術の本質を考えるに重大な示唆を与えているのではないかと思う。
土木技術は,技術が一般にそうであるように経験を非常に重んじてきたが,近世以降その理論面も逐次整備され,土木工学として体系化されるようになった。しかし、「氾論訓」に照らしたとき、現在の土木技術というものはどのように評価すればいいのであろうか。現在の土木技術が時代の流れについていけているのだろうか。我々土木技術者は果たして「人々が安心して暮らせるために築土構木を為す聖人」であると言えるのか。我々土木技術者は、果たして、「世のさまざまのことがらについて、ひろく古今にわたって得失の理を論じ、大いに一なる真理」を見い出し得ているのか、・・・・そういったことを考えたとき、内心忸怩たるものがあるのではないか。
私は、近代土木技術がここまで発展した今日、ようやくにして土木哲学を「氾く(ひろく)論ずる」時期がきた・・・そのように思えてならない。土木技術には計画部門、設計部門、施工部門がある。これらは土木技術を支える三大支柱だが、計画部門がこれからの大きな課題だということだ。土木計画学は、国づくり、地域づくりを論じなければならない。土木計画学は、平和の国づくりを論じなければならない。そのためには、哲学を語らなければならないのだ!
以上であるが、私はここでも土木技術について哲学が必要であることを訴えている。そして、風土工学に対する大いなる期待を次のように述べた。
土木研究センター風土工学研究所所長の竹林征三さんの卓越した識見と精力的な努力によって、「風土工学」という新しい工学ジャンルが創造された。「風土工学」の草分けは京都大学名誉教授の佐々木綱先生である。竹林征三さんは、これに広島名誉教授の長町三生先生の「感性工学」をドッキングさせ、新しい風土工学の体系を創造されたのである。まだ、研究課題は少なくないと思われるが、この理論を適用することによりこれからの地域づくりに大きく寄与することが期待されている。何よりも実践的研究を重ねることだ。
竹林征三さんは、風土工学の定義を、やや施設の設計に重点を置いて考えておられるようだが、私は、とりあえずPFIを念頭に置きながら、公共施設などの企画、計画、設計、施行、管理のそれぞれのレベルで、風土工学の理論を適用するよう挑戦して欲しいと考えている。
ところで、風土とは、竹林征三さんが「風土五訓」で言っておられるように、五感で感受し、六感で磨き、しみじみと判る・・・地域の個性、地域の誇り・・・それが風土である。そこに棲む人々意識により、或いはそこに訪れる「漂泊の旅人」の意識によりその光り方が違ってくる地域の個性、それが風土である。竹林さんは、鳳の羽ばたきと言っておられるのだが、・・・・・地域の人々の心を豊かに育み、地域の文化を育んでくれるもの、それが風土である。悠久の時の流れの中で形成され、その地域の人々の自己を形成するもの、それが風土である。
このように、風土は、地域の人々の深層心理と深く係わっているのであり、いいかえれば、地域の人々の自我そして自己を形成している。・・・・・とすれば、虚心坦懐に地域の人々の意識を探らなければならない。「地域の人々をして語らしめる」ということが、・・・・基本的に重要になってくる。これはとりもなおさず川喜多二郎さんの「KJ法」だ。「風土工学」はここで「KJ法」と繋がってくる。
「自我」ないし「自己」というものを理解するには、河合隼雄さんの「アイデンティティーネットワーク」という考え方がいいだろう。また、日本人の「自我」とその特質を理解するには、老松克博さんの「漂泊する自我」という考え方がいい。ここで、「風土工学」は、深層心理学と繋がってくる。
さらに、竹林さんは、地域が発するリズム、・・・それはいうまでもなく、人々の感性を揺り動かすもとになっているのだが、それが風土であるとも仰有っている。
お判りにくいかも知れないが、哲学的いえば、「地域のリズム」・・・それが風土である。中村雄二郎さんの「リズム論」、・・・・中村哲学でいうところの「共振する世界」・・・その「トポス」が風土である。私は、ここで「風土工学」は「中村哲学」と繋がってくるように思う。
土木工学は、本来、住民がその地で心豊かに生活し豊かな風土を作り上げていくための工学である。土木工学はその原点に立ち返らなければならない。土木工学、それはいうまでもなく「シビルエンジニヤリング」である。シビル・・・つまり文化をつくるための技術である。本来はそうであった。その原点に立ち返らなければならない。
梅原猛さんがいわれるように、これからわが国は、縄文文化に想いをはし、「森の思想」を近代風に育てていかなければならない。梅原猛さんのいわれる「循環と共生」だ。「風土工学」は、ここで梅原哲学と繋がってくる。
風土工学の発展を希望しながら、私は、私なりに哲学の勉強と実践活動を続けていこうと思う。それが「劇場国家にっぽん」だ! 首を永くして待ち望んでいた中沢新一の新しい哲学・緑の資本論がでた! おかげでいよいよ私の「劇場国家にっぽん」にも背骨が入りそうだ。