地域と公共事業(3)

 

                           平成15年8月6日

                           参議院議員岩井國臣

 

はじめに

1、人類はるかなる旅     (東北 

2、場所の論理・・・・「劇場国家にっぽん」の構造 

3、地域と公共事業・・・・・「町づくり型PFI」

 

 

 

はじめに

(21世紀の野蛮http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/21yaban.html

 

 ブッシュのイラク攻撃は、ネオコンの思う通りにいったのかどうかよく判りませんが、まあアメリカの思う通りにいったのではないでしょうか。いよいよブッシュ大統領の「力の政策」が始まったのである。サダム・フセインの次は、いうまでもなく金正日(キムジョンイル)である。日高義樹のワシントン緊急レポート「世界大変動が始まった(2002年11月30日、徳間書房)」から引き続いてのレポート「アメリカの世界戦略を知らない日本人」(2003年2月、PHP研究所)と「アメリカは北朝鮮を核爆撃する」(2003年6月、徳間書店)は、ブッシュ大統領の力の政策の全貌を余すことなく書いている。実にリアルであり、こういった事実を知らずしてこれからの政治をやっていけないのは間違いない。政治家並びに政治評論家必読の書だ。 

 日高義樹が言うように、世界大変動が始まったのである。911テロはアメリカ国民にとって言葉には言い尽くせないほど衝撃的な事件であり、ブッシュ大統領の決断によって始まるこの世界大変動の流れは長期に続くのであろう。当面この流れを大きく変えることはできないと思う。それはそのとおりだが、果たしてそれで良いのか。 

 アメリカはやはり「強者の論理」のまかり通る国であると思う。アメリカンドリームという言葉が幅を利かす弱肉強食の国である。戦いを愛する王者の国である。「光の哲学」に裏打ちされた一神教の国であると思う。日本はすべてその対極にあるが、アメリカと共通点がないわけではない。「東北」の思想だ。「環太平洋の環」に通底する「平和の思想」だ。インディアンの思想はまさにそれそのものではないか。

 アメリカインディアンは平和の民である。西部劇で戦うインディアンが強調されているが、戦いを挑んでいるのは白人のほうだ。アメリカインディアンは、「環太平洋の環」つまり「東北」の民なるが故に、また文化人類学的にみて明らかなように、戦いの王者ではない。平和の民なのだ。戦いの王者は白人のほうである。その白人が現アメリカの主流をなしているのでアメリカは戦いの王者となっているというわけだ。

 「人類はるかなる旅」(http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/jinruita.html)に述べたように、中沢新一の言う「東北」つまり「環太平洋の環」という概念とそこから展開される哲学は実にすごい。環太平洋の仲間たちよ、手を携えてやっていこう・・・という想いなのだ。すばらしい!私は、「環太平洋の環」の現在はお互い対極にあるが通底する部分を持つ日本人とアメリカ人というものが協働して、現在アメリカで注目され始めた「ダイバーシティーの思想」に磨きをかけ、世界における「違いを認める文化」をつくっていくことが可能だと思っている。 

 

 ジョセフ・ナイがその著「アメリカへの警告(2002年9月12日、日本経済新聞社)で、「テロ攻撃の被害は恐ろしいものだったが、わたしの関心はそれよりはるかに深い。」と述べ、アメリカの将来を心配してソフト・パワーに力を入れなければならないと警告を発している。私も同感だ。アメリカは、ブッシュ大統領の今考えているハード・パワーにも増してさまざまなソフト・パワーを発揮していかなければならない。そのことに日本は大きく貢献できるのではないか。私は、いよいよ日本の出番だという感じがしないでもない。これから始まる世界大変動のその流れを食い止めたりその流れを大きく変えたりはできないが、別の大きな流れをつくることはできるのではないか。ソフト・パワーの流れ、平和の流れである。もちろん、平和の流れなんていうものは、そのきっかけをつくることはできても、本格的な流れをつくることはそう簡単ではない。アメリカをも巻き込んで世界的な流れにすることはけっして容易なことではないだろう。気の遠くなるほどの時間がかかるかもしれない。しかし、やらねばならない。今からその第一歩を踏み出す必要があるのではなかろうか。 

 

 

1、人類はるかなる旅 

 中沢新一の言う「東北」つまり「環太平洋の環」という概念とそこから展開される哲学は実におもしろい。おもしろいなどと言ってはいけないのかも知れない。すごいのだ。世界的スケールで東北地方の伝説や民話が理解できる。環太平洋の仲間たちよ、手を携えてやっていこう・・・という感じだ。そのあたりの詳しいことは中沢新一の著書「熊から王へ(2002年6月、集英社)」からの抜粋「熊の主題をめぐる変奏曲」(http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/kumaetc.html)を御覧いただきたい。

 熊を主題とする神話的思考、これは「対称性社会の知恵」の源泉であるが、この神話的思考の変奏曲は、北東アジアからアメリカ大陸にまでの広大な空間にまたがって・・・・さまざまな形で存在し、またそれは歴史的にも一万年以上にわたっての永い永い時間にわたって存在し続けているのである。東北でも、その変奏曲の一部が風土となって今なお息づいている。その代表は宮沢賢治であるし、盤司盤三郎などの民話や伝説である。三内丸山遺跡や大湯のストーンサークルなどの遺跡も何かを語りかけてくる。私たちは、それら東北の風土から神話的思考の変奏曲に耳を傾け、感性を磨き、「対称性社会の知恵」を自分のものとして身につけていかなければならないのである。

 

 中沢新一は、「環太平洋の環」ということを言っていて、この「環太平洋の環」のことを「東北」と呼んでいる。中沢新一の言う「東北」は、日本の東北地方から北海道、サハリン島、アムール川流域から東シベリアにかけての地帯、さらにはアリューシャン列島から北米大陸の「北西海岸部」と呼ばれている地帯まで広がる、広い領域を含んでいる。ここでは中沢新一のいう「東北」の概念を理解する・・・その補強として、NHKスペシャルの「日本人はるかなる旅1、マンモスハンター、シベリアからの旅立ち(2001年8月、日本放送出版協会)」にもとづいて、日本人の起源について説明しておきたい。最新の研究成果である。 

 人類学の領域では、かって世界の三大人種を、ネグロイド、コーカソイド、そしてモンゴロイドと呼んできたが、今日ではそれぞれ主な居住地域から、「アフリカ人」、「ヨーロッパ人」、「アジア人」という呼び名で分類している。「アフリカ人」は、ホモ・サピエンス誕生以来ずっと故郷の地に暮らし続ける肌の黒い人々。「ヨーロッパ人」はアフリカを旅立ったのち、東に向かったわれわれの祖先たちと別れ、欧州に住み着いた人々を指す。そして、太陽の昇る方向を目指して長いたびを続けた集団が「アジア人」である。

 ここで注意しなければならないのは、「アジア人」とアジア人とは違うということである。「アジア人」は、中沢新一の言う「東北」つまり「環太平洋の環」に対応した概念であり、アジアの人々という意味ではない。先に述べたように、「東北」、「環太平洋の環」とは、日本の東北地方から北海道、サハリン島、アムール川流域から東シベリアにかけての地帯、さらにはアリューシャン列島から北米大陸の「北西海岸部」と呼ばれている地帯まで広がる、広い領域を含んでいる。この「アジア人」の仲間のうち、もっとも長い旅路を歩いたのは、南米大陸の南端まで到達したアメリカ先住民の一派である。彼らはシベリアからベーリング海峡を越え、アラスカを抜けて北米大陸を南下、さらに南米大陸を一気に下って、かってマゼランが「火の国」と名付けた最南端のフェゴ諸島まで、実に5万キロもの移動を成し遂げた。その末裔はオナ族、ヤーガン族という狩猟民族であり、19世紀、ダーウィンの航海記録にも顔を出している。しかし、その後ヨーロッパからの侵略という不幸に見舞われ、21世紀の今、ほとんど姿を消してしまった。

 ともにアフリカを出発し、西に進路をとる「ヨーロッパ人」と東の「アジア人」が別れたのは、遺伝学の分析によると今から5万年前から6万年前頃のことである。

 

 「ヨーロッパ人」と別れ東に向かった一団は、大きく二つのルートに分かれる。故郷アフリカの温暖な気候を求めつつ進んだ「南回廊」と、極寒のシベリア平原を進んだ「北回廊」である。南回廊は西アジアから南アジア、インドネシアを経由しつつ、中国南部から朝鮮半島を抜け対馬海峡を越えるか、柳田国男の唱えた「海上の道」、つまり琉球諸島を北上するルートをたどる。北回廊はシベリアを越え、サハリンから北海道へといたるか、モンゴル、中国北部を経由しながら朝鮮半島を通って到達する道をイメージしていただきたい。

 二つ別々の道を歩んだわれわれの祖先たちは、それぞれ旅の途中で人類史上に燦然と輝く偉大な記録を残している。北回廊を歩んだ人々は、温暖地方でしか生きられなかった人類にとって始めての「寒冷地克服」という快挙を成し遂げ、そして南回廊にコマを進めた人々は、陸地しか移動できなかったヒトが、初めて海を渡るのに成功するという「海洋適応」を果たしたのである。この二つの偉業をともに成し遂げたのが、いわゆるモンゴロイド、つまり私たちアジア人の祖先たちである。そして先ほども言ったように、その私たちアジア人の祖先たちのうち、一部がベーリング海峡を渡ってアメリカ先住民の一派となったのである。アメリカ先住民の一派なども広い意味の「アジア人」つまりモンゴロイドである。

 

 最先端の遺伝学によれば、北京原人やジャワ原人などのいわゆる原人は、150万年前になってはじめて生誕の地アフリカを離れて世界に拡散したが、それらの末裔はいつしか遠い昔に絶滅してしまった。現代人の直接の祖先は、20万年前に、やはりアフリカで誕生したホモサピエンス(新人)である。世界各地の考古学上の成果から、ホモサピエンスは10万年余りもアフリカを離れなかったことがわかっている。彼らがアフリカを離れてはるかなる旅を最初に始めるのは10万年前頃である。アフリカを離れたホモサピエンスの一団はまずはヨーロッパに定着する。約5万年前のことである。それがクロマニヨン人といわれる「ヨーロッパ人」の祖先である。そして、それら「ヨーロッパ人」と別れさらに東に向かった一団は、先に述べたように、「南回廊」と「北回廊」に別れて旅を続けるのであるが、オーストラリアに到着するのが約4万年前、シベリアに到着するのが約3万年前といわれている。それらの分派が当然日本にもきた。つまり「海上の道」も当然あったのであるが、中沢新一の言う「環太平洋の環」と「東北」というのは「北回廊」のことである。だからここでは「北回廊」に焦点を当てておきたい。

 

 マンモスは、氷河期を代表する哺乳類である。身の丈3.5メートル。見た目には恐ろしげだがふだんはおとなしい草食の動物である。当時の人はこれを好んで食べたと考えられている。鼻や足の先、頭の肉が特に好まれたようだ。脂からは燃料、毛皮からは衣服の生地、骨からは道具の材料と、捨てるところがない。当時は、動物の中でもっとも貴重な獲物だったようだ。計算によると、メスのマンモス一頭から得られる肉の寮は1.8トン、一頭を仕留めれば10人の集団がゆうに半年間食いつなぐことができたという。

 このマンモスが棲息した唯一の場所が、氷河期のシベリアからヨーロッパにかけての地域であった。氷河期にも比較的温かい時期がある。そういう時期には、この地域にオープン・ウッドランドというマンモスなどの大型動物の成育にもっとも適した植生帯が広がっていたのである。人類がシベリアに進出した理由はここにあるようである。約2万年ほどを中心に数千年間は、氷河期の中でももっとも寒い時期であり、シベリアの多くは不毛の大地と化した。この気候変動の追われるようにマンモスは南へ南へ移動を始める。それを追って人類の大移動が始まる。その一部が日本列島にやってきた。そう考えられている。その大移動は、ベーリング海峡を越え、先にも述べたように、アラスカを抜けて北米大陸を南下、さらに南米大陸を一気に下って、かってマゼランが「火の国」と名付けた最南端のフェゴ諸島まで、実に5万キロもの大移動であったのである。

 

 さて、中沢新一は、「タマとの同盟」というか「モノとの同盟」というか、「タマとモノとの同盟」というものがこれからの世界をリードするのではないかと思われるすばらしい哲学を発表した。「光と陰の哲学」といってもよい。中沢新一によれば、霊魂を「タマ」という。この「タマ」というものを十分理解して現代の科学文明にある種の修正を加えていかないと世界はやっていけないという。私もまったくそうだと思う。「タマ」と「スピリット」が大事だ。物質的な科学文明だけではダメで、「タマ」と「モノ」との同盟が必要なのだが、それをなし得る地域というのは「東北」であり、東北だ。まずそのことをしっかり認識しておいてもらいたい。

 

註:「モノとの同盟」については、次を参照して下さい!

http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/doumei.html

 

 

2、場所の論理・・・・「劇場国家にっぽん」の構造 

 コミュニティーとか環境の問題は、現在あらためて人びとが関心を向けざるを得なくなった「場所」の問題であるのだが、中村雄二郎によれば、そもそも「場所」というものは、そういうコミュニティーとか環境というような<存在根拠(基体)としての場所>のほかに、<身体的なものとしての場所>、<象徴的な空間としての場所>、そして<論点や議論の隠された所としての場所>の三つがあるという。 

 まず、<身体的なものとしての場所>とは何か。 

 これは、コミュニティーとか環境といった通常いうところの場所、厳密に言えば、<存在根拠(基体)としての場所>ということになるのだが、そういう通常いうところの場所とかかわり、一部重なり合っているのだと中村は説明している。というのは、中村によれば、意識的な自我主体は、実際には身体という場所を基体とすることなしにはあり得ず、しかもそこに成立する身体的実存によって、空間的な場所は逆に意味づけられ、分節化されるからだという。そういう身体的実存によって意味づけられた空間、身体的実存によって分節化された空間というものは、身体の拡張としてとらえられる。すなわち、<身体的なものとしての場所>といってよい。 

やっぱり哲学者の説明は難しい。

私のホームページ(http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/nisida6.html)にわかりやすく解説しているので是非ご覧いただきたい。ここでは解説を省略する。

 

 <象徴的な空間としての場所>・・・・、これは聖なる空間としての場所のことである。先に述べたように、固有環境は、ただ単に生物学的・生態学的な意味だけで存在しているのではなく、個人の意思との関係で心的な意味でも重要な役割を持っている。ロコスの働きがあるからである。先に述べたように、<存在根拠(基体)としての場所>は身体的実在(身体性)によって分節化される。

 中村いわく、『 すなわち、空間あるいは世界は、ただテリトリーとして単に外部に向かって他のテリトリーと境界づけられるだけではない。空間あるいは世界は、それと同時にテリトリーの内部でも、そこに棲んでいるもののいろいろな欲求に応じて、内部的に分節化されている。そしてとくに人間の場合には、そのような空間の分節化は、実際的な欲求の次元だけではなく、象徴的な欲求の次元でも見いだされる。<象徴的な空間としての場所>とは、このようなかたちで分節化された空間あるいは世界のことにほかならない。濃密な意味と有意味的な方向性を持った場所と言ってもいい。この<象徴的な空間としての場所>をもっともよく示すものは、世俗的な空間と区別された意味での聖なる空間、つまり宗教的、神話的な空間である。聖なる空間は、象徴的に特別な意味を持った核となる地点の布置を含みつつ、そのまとまりを持った全体性から宇宙論的性格を帯びるのである。 』・・・・と。

 

では、<論点や議論の隠された所としての場所(トポス)>とはなにか。これも中村の説明を紹介する。 

『 <論点や議論の隠された所としての場所(トポス)>は、古代レトレックでいうところのトピカ(トポス論)の持つ問題性をもっと広い観点から捉えなおしたものである。もともとアリストテレスではトピカとは、自分の行おうとする議論はいかなる種類の事柄にかかわるか、どのような話題から始めるべきか、を決めるものであった。キケロによれば、隠された場所がわかれば隠されたものがたやすく見出されるように、十分な議論をしようとすれば、その場所つまりロクス(トポス)を知らなければならない。こうしてトピカは発見の術とも呼ばれ、政治や法律の具体的な事例についての議論に不可欠なものとされた。

 このトピカは蓋然性の上にのっとった議論であるため、永い間、とくに近代世界に至って、不確かなものとして退かれることが多かった。しかし、近年になって、具体的な事例や問題の考察と議論において、適切な論点を発見することがいかに必要であるか、また、現実の多面的な豊かさを考えると、蓋然性を受け入れることがどんなに正確であるか、が見直されてきている。必然的な真理のもとづく議論はたしかに正確ではあるが、そうした議論はいくらしたところで、問題の持つすべての局面を考察したことにはならないからである。つまり、正確な推論の出発点となる前提は、えてして単に現実の一局面しか表わさず、したがってそこからの結論もおのずと限られたものになるからである。 』

 

 以上述べたように、「場所」には、通常いうところの場所のほかに、<身体的なものとしての場所>、<象徴的な空間としての場所>、そして<論点や議論の隠された所としての場所>の三つがある。「劇場国家にっぽん」における国土づくり、地域づくり、町づくりは、通常考えられている場所づくりのほかに、これら三つの場所づくりを目指さなければならない。これが今私の一番に言いたいことである。しかし、「場所」の理解としては、それだけでは不十分である。次の視点が重要だ。 

 西田哲学にしたがって、この世界は述語の世界と主語の世界にわけて考えることが肝要だ。述語の世界は述語的述語の世界と主語的述語の世界にこれまたわかれる。同じように、主語の世界は述語的主語の世界と主語的主語の世界にわかれる。このことについて説明しよう。「古池や 蛙飛び込む 水の音」と同じ年にやはり松尾芭蕉がつくった「名月や 池をめぐりて 夜もすがら」というふたつの俳句を使っての説明である。 

 延原時行が言うように、「蛙飛び込む」は行為の世界、倶現である。そして、「水の音」、これはホワイトヘッドの言う満足、倶現の完了である。ところで、この水の音は、古池の音なのか、蛙の音なのか? 無論、延原時行が言うように、古池(宇宙そのもの、超越者)と蛙(個己)との一体化した「ドボン!」であった。そういうものとして水の音は、芭蕉にとって大音響に響いていたにちがいないと・・・・、延原時行は言っている。

 そうだ。大音響に響かなければならないのだ。感動とはそういうものである。そこは全く延原時行と私と考えが一致している。ただ違うのは、彼は、「古池」を宇宙の象徴として捉え、「蛙飛び込む」を宗教的行為の象徴として捉えているのに対し、私は、それらを象徴としてではなくて、そのまま現実の姿として捉えている点である。「古池」はそういう「場所」であり、「蛙飛び込む」はそういう「行為」である。 

 「古池」とか「名月」は「場所」の世界である。純粋の述語というか述語的述語の世界である。静的な世界である。場所的な舞台装置が大事である。「場所の論理」の働く西田哲学の世界である。自然はもちろんのこと歴史と伝統というものが大事にされなければならない。 

 「蛙飛び込む」は行為の世界である。変化を生じせしめる主体の存する主語的述語の世界である。動的な世界である。そこで役者としての人びとは何を演じるか、人びとの生き様が大事である。他者の行なっている行為によって感動が呼び起こされる。私たちは役者の演じる演技を見て深く感動するのである。

 しかし、私たちは他者の行為によって感動を与えられるだけではない。自ら役者となって演ずることだってあるのだ。自ら行なう行為によって宇宙と響き合い、感動を覚えることもあるということである。「名月や 池をめぐりて 夜もすがら」の「池をめぐりて」は自ら行なう行為の世界である。「夜もすがら」という心境はまさに宇宙と一体になった心境であるが、これは名月のかもし出すリズムとおのれとの共鳴によるものなのか。池をめぐることによりその行為が宇宙のリズムと共鳴しているのか。両方だろう。だとすれば・・・・・、この場合も、「夜もすがら」で象徴されているリズムは、名月の発するものでもあり、池をめぐる自分の発するものでもある。それらが一体になっている。すなわち、池をめぐっている自己は、自己的自己ではなく、名月的自己なのである。そういう意味で、私は、「池をめぐりて」の世界を述語的主語の世界と呼ぶ。

 主語的述語と述語的主語の世界は、他者か自己かは別にして、いずれにしろ行為の世界である。この行為の世界は、「光と陰の哲学」の働く中沢新一の世界である。それが「劇場国家にっぽん」のあるべき世界観であるということだ。ピュシス的技術ではなくて・・・・モノ的技術によるところの・・・・「モノ」づくりが大事にされなければならない。

 

 「水の音」とか「夜もすがら」はインスピレーションの世界である。意味の世界である。判断主体の存する主語の世界である。我は何を感じるか、感じ方が大事である。リズム論の働く中村雄二郎の世界である。「自覚の二重性」つまり宇宙そのものの自覚というもの(宇宙論)と人間的自己の自覚というもの(宗教)が重なり合っている・・・・延原時行の世界である。延原時行がいうように、たしかに神は存在するのである。「場所」との響き合い、「モノ」との響き合い、人々との響き合い、宇宙や神との響き合い・・・、響き合いというものが大事にされなければならない。中沢新一は「神は存在せず」と言い切るが、それでも・・・・私は神は存在すると思う。 

 「劇場国家にっぽん」は、この4つの世界からなっている。「古池」とか「名月」は「場所」の世界である。純粋の述語というか述語的述語の世界である。静的な世界である。場所的な舞台装置が大事である。「場所の論理」の働く西田哲学の世界である。自然はもちろんのこと歴史と伝統というものが大事にされなければならない。「蛙飛び込む」という主語的述語と「池をめぐりて」という述語的主語の世界は、他者か自己かは別にして、いずれにしろ行為の世界である。この行為の世界は、「光と陰の哲学」の働く中沢新一の世界である。それが「劇場国家にっぽん」のあるべき世界観であるということだ。ピュシス的技術ではなくて・・・・モノ的技術によるところの・・・・「モノ」づくりが大事にされなければならない。

 

 以上述べてきたように、歴史と伝統を大事にし、とどうじにタマを大事にする。このことが21世紀における世界の地平を切り開いていくのだと思う。私たちは、中沢新一いうところの「モノづくり」と中村雄二郎いうところの「場所」づくりを国是として、我が国らしい国づくり、地域づくり、町づくりに邁進していかなければならない。

 そのためには、市場経済ではなくて、贈与経済によって「モノ」づくりと「場所」づくりを進めなければならない。それによってはじめて人々の間に・・・響き合いによる感動が生れてくるのである。「水の音」や「夜もすがら」という宇宙との響き合い、タマとの響き合いによる心の深層部分を震わすような感動というものがなければ、各種のニヒリズムから逃れることは難しい。「劇場国家にっぽん」は、そういう感動を得るための・・・「モノ」づくりと「場所」づくり、そしてそのためのコミュニティーづくりないしネットワークづくりを目指している。それは、贈与経済としての・・・・感動のシステムづくり・・・・といってもよい。私たちは、「モノ」づくりによって「伝統の技(わざ)と業(わざ)生きる」とともに、「場所」づくりによって「歴史と風土を生きる」のである。これらはいうまでもなくNPOを中心とした贈与経済の世界であり、市場経済の土台をなす。 

 

 「劇場国家にっぽん」の真髄はNPOの存在にある。NPOを中心にした国づくり、それが「劇場国家にっぽん」であるといって決して言い過ぎではない。 

 

 

3、地域と公共事業・・・・・「町づくり型PFI」

 

(1)別業のすすめ 

 公共事業とは私たちが生きる場づくりである。「伝統の技(わざ)と業(わざ)生き、歴史と風土を生きる」ためのインフラ整備を当然含んでいなければならない。そういう「伝統の技(わざ)と業(わざ)生き、歴史と風土を生きる」ための生活基盤を備えた集落こそ、これから私たちが目指すべきサステイナブル・コミュニティーであり、これからの公共事業はそのことをおろそかにするわけにはいかない。

 21世紀を生きるとは、河合隼雄が言う「矛盾システム」を生きるということであり、中沢新一が言う「モノとの同盟」を生きるということである。贈与原理(NPOの論理)は基本的に大事だけれど、私たちはそれだけでこれからの時代を生きるわけにはいかない。河合隼雄が言う「矛盾システム」を生き、中沢新一が言う「モノとの同盟」を生きなければならない。市場原理(企業の論理)と贈与原理(NPOの論理)によって…・・私たちが生きる場づくりを進めることである。本業とは別に、二束のわらじをはいて、・・・・・・そういう「伝統の技と業を生きる」ことであり、そういう「歴史と風土を生きる」ということである。 

 また、21世紀はグローバルの時代であるから、本業としては、グローバルな世界に生きなければならない。つまり、グローバルな激しい競争社会を生きなければならない。したがって、おおかたの人は都市を本業の地としなければならないのであるが、人間らしくイキイキと生きるためには、別業が必要であり、伝統の技(わざ)と業(わざ)生き、歴史と風土を生きるという二面性を備えていなければならないのである。本業を生きるためにも、感性を養い創造力を養うとともに、世界の人びととの交わりを生きる術を養っていかなければならないのであって、そのためにも別業の地が必要である。都市とサステイナブル・コミュニティーとのマルチハビテーションが21世紀の新しいライフスタイルとならなければならない所以である。都市の再生をどう図るかということもきわめて重要な課題ではあるが、今ここでは「モノづくり」との関連でサステイナブル・コミュニティーの方に注意を向けている。「モノづくり」の理想郷づくりと呼んでいいかもしれない。

 サステイナブル・コミュニティー或いは「モノづくり」の理想郷・・・・、「モノとの同盟」においては、「伝統の技と業を生きる」場づくりや「歴史と風土を生きる」場づくりとともに、都市の人々のためのリクリエーション空間、交流空間の場づくりが必要ということだし、都市の人々のマルチハビテーションを快適なものにするには、まだまだ公共事業が必要だ。まず、その点をしっかり認識しておいてもらいたい。

 

(2)新しいライフスタイルとPFI

 NPOは贈与経済の世界である。農山村地域というかコミュニティーでやらなければならない公共インフラは少なくないけれど、これに対応するには地域の基礎的産業が必要である。もちろん、戦後ずいぶん公共事業は進んだので、ナショナルミニマムとしての公共事業はそれほど多くないのかもしれない。したがって、基礎的産業としての建設業はあるていどあれば十分なのかもしれない。ナショナルミニマムとしての公共事業だけを考えれば、農山村地域において、現在の建設業は多すぎるのかもしれない。ナショナルミニマムに関する国民的議論が今までないので、各地域に今後どれだけの公共事業が最低限必要かがわからない。したがって、現段階としては、多くの人が感じているように、ナショナルミニマムを考えたときに建設業は多すぎるという認識が妥当なのかどうかは判らない。確かに、建設業は多すぎるのかも知れない。しかし、公共事業は、ナショナルミニマムだけでやるものではない。「公共事業はB/C(ビーバイシー)ではない、哲学だ!」・・・と言われる。ナショナルミニマムのみならず多くの公共事業は、国民の期待に応えて実施されなければならないのは当然だ。公共事業は国民に夢を与えるために実施されなければならない。青函トンネルは国民の夢であったし、本四架橋は、島波ハイウエーも含めて国民の夢であった。経済効果を超えた何があったのである。それを忘れてはならない。しかし、公共事業は哲学だといっているだけでは国民的賛同を得られないので、私は、ナショナルミニマムとナショナルマキシマムにわけて議論しようというわけだ。

 「モノとの同盟」は、贈与経済と市場経済の共生を目指すものであり、そこではナショナルマキシマムとしての公共事業が行なわれる。とりあえず都市との交流といっているけれど草の根の国際交流をも含んださまざまな交流がそこでは行われるはずである。そのことが21世紀の世界を変えていく力となるであろう。私は、「モノとの同盟」により、21世紀の世界はまちがいなく「共生社会」へ変っていくものと思う。「モノとの同盟」がなかりせば、世界はまちがいなく弱肉強食の世界に突入していくだろう。それを救うのが「モノとの同盟」である。そしてその最先端が…・わが国でこれから行なわれる…・「町づくり型PFI」なのである。

 

 地域の人々と外部の人々が一緒になって・・・・・、そういうサステイナブル・コミュニティー或いは「モノづくり」の理想郷を生きる、それが21世紀の生き方であり、そういう21世紀の生き方を生きる・・・・、そのためのインフラ整備がPFIであり、PPPである。

 

(3)PFIと地元建設業

 公共と民間とのパートナーシップにもとづいて・・・・そういう21世紀型の公共事業をどう進めるのか。公共の世界は、本来、市場原理を越えた世界であり、まあNPOの世界でもある。民間(企業)の世界は、市場原理の世界である。この二つの世界が同盟を結ぶ。これが「モノとの同盟」である。「モノとの同盟」それがPFI(PPP)である。したがって、PFI(PPP)はNPOの贈与原理による「モノづくり」が含まれていなければならない。つまり、民間(企業)とNPOとの連携が不可欠ということだ。人々は両方の世界を行ったりきたりしている。民間(企業)とも結びつくしNPOとも結びつく。 

 サステイナブル・コミュニティー或いは「モノづくり」の理想郷は、できるだけ多くの部分をPFI(PPP)でやるのがいい。そのサステイナブル・コミュニティー或いは「モノづくり」の理想郷に係わるPFI(PPP)は、当然「モノづくり」と関連して、NPOのほかに地域の基礎的産業との連携が不可欠である。したがって、PFI(PPP)の民間事業者の選定は、日ごろの諸活動を勘案しての随意契約ということになる。コストよりNPOや地域の基礎的産業との連携が重視されるということだ。地元建設業の役割は大きい。PFIを考える際には、まずこのことをしっかり頭の中に入れておいて欲しい。

「劇場国家にっぽん」におけるPFI(PPP)、つまり私の考える理想的なPFIは、それを行なう民間事業者が中沢新一のいう「モノづくり」を実行し得るかどうか、21世紀の世界の最先端を切り拓く力をもっているかどうか、そういう世界に通用しうる民間事業者の存在を大前提にしている。地域外の建設産業の参加が不可欠であるということだ。 

 それでは、それらを大前提にして、以下に、「町づくり型PFI」について述べておきたい。これからの建設産業は、もちろん市場原理にしたがって烈しい競争を生き抜かなければならないけれど、贈与経済の担い手、サステイナブル・コミュニティーの担い手として地域における「モノづくり」を押し進めるものでなければならない。以下は、そのひとつの例として私が提唱する・・・・「町づくり型PFI」である。

 

(4)「町づくり型PFI」の必要性 

まず「町づくり型PFI」の必要性について述べる。  

 大都市への人口集中、裏返しにいえばこれは過疎化の進展ということだが、過疎化の進展によって、我が国の伝統文化が随所で消滅の危機に瀕している。これはゆゆしきことだ。

民俗学的に価値のある祭りはもちろんのこと、あらゆる伝統文化はなんとしてでも守らなければならない。

 また、地域によっては、著しい過疎化の進展によって、山や森を守ることが困難になってきており、国土保全上大きな問題になりかねない状況も出てきている。

 一方、都市化が進み、日常の中で自然に親しむ機会が減少するにつれて、生活の利便性よりも自然とのふれあいを重視するという自然志向の高まりがみられ、自由時間を過ごしたり、子供を育てる場として、自然の豊かな地域を高く評価する人々が増えている。清浄な水、空気を求める 人々の欲求が強まるなど生存基盤としての環境も強く意識されるようになっている。

 また、「克服すべき自然」という観念にとらわれない、人と自然との新たな関係が模索される中で、自然災害への対応についても、災害を未然に防止する方向だけで考えるのではなく、その発生を前提にいかに柔軟に対応するかという考え方が広まりつつある。

 さらに、そういった自然再認識の流れの中で、国民が広く農用地等と触れあえるよう、グリーン・ツーリズム運動や美しいむらづくり運動が注目されてきている。

 今、耕作放棄地等を樹林帯や花畑等に転換、豊かな自然環境の保全、回復のためのビオトープ・ネットワーク等の整備、都市住民に農作業の場等を提供する市民農園の活用、さらに農作業を通じてレクリエーションや体験学習を行うための施設整備と支援システムの充実が求められているのである。グリーンツーリズム運動や美しいむらづくり運動は、今後きっと、急速な高まりを見せてくるに違いない。

 今は変革期であり、このような変革期においては、「旅の時代」が始まるのだと思う。木村尚三郎さんも同様のことを言っておられるが、我が国の活力ある新しい時代の到来は、「旅」を抜きにしてあり得ない。そういう「旅の時代」というものを視野に入れて、私は、すでに「リゾートオフィス等地域振興モデル事業の実施に関する基本方針(私案)」を国土交通省に提案した。

(http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/moderu1.html)

 

 私は、我が国の伝統文化を如何に守るかという視点、「自然との共生」という国民意識の大転換に如何に対応するかという視点、さらには国土保全という視点からも、国土の中における農山村或いは過疎地域にもっと光をあてなければならないと密かに考えてきた。これらは市場原理を超えた視点である。贈与原理といってよい。

 しかし、最近は、そういう視点だけでは不十分であると考えるようになった。つまり、現下の誠に厳しい・・・我が国の社会経済情勢にかんがみ、過疎地域を中心とする農山村地域は、五全総でいうところの「国土づくりのフロンティア」として本格的な整備を急がなければならないような状況になってきたと考えるにいたったのである。市場原理が働く余地も十分あるのではないか。農山村地域は、「都市と農山村との共生」という視点に立って、贈与の原理と市場の原理を共に働かせ、新たな発展を期さなければならない。今後我が国の社会経済が再び活力を取り戻すためには、そういう「モノとの同盟」による農山村地域の改革が欠かせないのである。

 

(5)「町づくり型PFI」への挑戦 

 「PFI」は、公共事業ビッグバンであり、国の最重要課題して展開されなければならないが、これからの農山村改革のためにも必要である。21世紀の地平を切り拓くためには、小規模ながらも、「町づくり型PFI」を全国展開を図らなければならない。PFIはおそらくそう遠くない時期に本格的な展開がなされるに違いない。しかし、「町づくり型PFI」はそう簡単には動かない。それは「モノとの同盟」がそう簡単には進まないということであり、それはとりもなおさず国民的合意形成に時間がかかるということだ。それでもなお私たちはそういう方向での努力をしなければならないのである。そういう努力の積み重ねの中で、建設産業は、21世紀において、「町づくり型PFI」を実践しながらサービス産業へと新たな発展を遂げていくに違いない。 

では、「町づくり型PFI」を具体的に実践する場合の前提条件や基本的考え方などについて述べることとしたい。 

 

(5・1)「町づくり型PFI」を展開する場合の前提条件 

 私は、いろんな場で、世界における21世紀の大事なキーワードは、「共生、コミュニケーション、連携」であり、この3つの言葉は若干ニュアンスをことにするけれど哲学としては同根の言葉であると言ってきた(例えば、拙著「桃源雲情」<地域づくりの哲学と実践>、平成6年、新公論社)。そして、この3つの言葉をひとつの言葉で言い切るとすれば「コミュニケーション」だと言ってきた。「コミュニケーション」のシステムがないと「町づくり型PFI」は成り立たない。したがって、「町づくり型PFI」の前提条件として、次の2点は、極めて重要である。

a. インターネットにおいて、全国的及び地域的なネットワークとして、地域づくりのプラットホームが形成されていること。

b. 地域に「リージョナルコンプレックス」が形成され、都市と農山村との交流が活発に行われる素地ができていること。

 「町づくり型PFI」は光ファイバーもなくNPOもないようなところでは行ない得ない。光ファイバーの敷設されている地域において、まずは地域づくりのためのNPOを立ち上げるところから始めなければならない。 

 さて、先に述べたように、「劇場国家にっぽん」は、4つの世界から成っている。歴史と伝統を大事にし、と同時にタマを大事にする。そのためには、市場経済ではなくて、贈与経済によって、「モノ」づくりを進めなければならない。それによってはじめて人々の間に・・・響き合いによる感動が生れてくるのである。「水の音」や「夜もすがら」という宇宙との響き合い、タマとの響き合いによる心の深層部分を震わすような感動が大事である。「劇場国家にっぽん」は、そういう感動を得るための・・・「場所」づくりと「モノ」づくり、そしてそのためのコミュニティーづくりないしネットワークづくりを目指している。それは、贈与経済としての・・・・感動のシステムづくり・・・・と言ってもよい。私たちは、モノづくりによって「伝統の技(わざ)と業(わざ)生きる」とともに、場所づくりによって「歴史と風土を生きる」のである。それだけではない。「モノとの同盟」は、贈与経済と市場経済の共生を目指すものであり、そこではナショナルマキシマムとしての公共事業が行なわれる。とりあえず都市との交流といっているけれど草の根の国際交流をも含んださまざまな交流がそこでは行われるはずである。そのことが21世紀の世界を変えていく力となるであろう。「町づくり型PFI」はそのための新しい公共事業制度である。まずはそのためのNPOを立ち上げなければならない。 

 

(5・2)「町づくり型PFI」の基本的考え方

「町づくり型PFI」は、市場原理を否定するのではない。市場原理にしたがって企業活動は大いに押し進めなければならない。PFIの事業主体はあくまで民間企業である。しかし、まずは贈与原理にもとづいて何ができるのか、そのことを考え、そのための具体的な計画がなければならない。NPOと行政の役割が大事だということだ。「町づくり型PFI」は、民間企業が直接的な事業主体にはなるけれど、地域の人々の参加を基本に、多くの国民が自由に参加できるよう事業が組み立てられていなければならないし、それを行政ができるだけサポートしなければならないということだ。

 つまり、「町づくり型PFI」は、住民参加型の町づくりの中で行われなければならないのであって、さらには、一般国民も、個人投資家の形で随時この事業に参加できるスキームでなければならない。事業への「住民参加と国民参加」、これが「町づくり型PFI事業」の基本的考え方だ。

 「住民参加と国民参加」ということは、事業の実施に当たって、次の条件を満たしているかどうかが重要なポイントとなる。

a. 企業活動の環境が整っていること、つまり、「リージョナルコンプレックス」における・・・行政と住民との充分な連携の下、土地の利活用について住民側の協力体制ができていること。そして又、その反対給付として、これは贈与ということであるけれど・・・・、そうした住民に対する事業収益の地元還元について、然るべきスキームが考えられていること。

b. 公共事業展開の環境が整っていること、つまり、「リージョナルコンプレックス」における・・・行政と住民の充分な連携の下、さらには全国における多くの人々との連携の下、公共施設等の整備についてできる限りの行政負担を可能とする環境ができていること。

c. NPO活動の環境が整っていること、つまり「リージョナルコンプレックス」においてさまざまな交流を可能とする環境ができており、地域にさまざまな町おこしの活動が行われていること。そして又、それに加えて、全国的なネットワークの一翼を担う形で、特に「サロン」や「インターネットのプラットホーム」という新たなコミュニケーションシステムが用意されていること。 

 

(5・3)「町づくり型PFI」をどう実践するか

 

(5・3)ー1 NPOとインターネットについて 

 今述べたように、「町づくり型PFI」は、「サロン」や「インターネットのプラットホーム」という新たなコミュニケーションシステムを前提としている。しかし、農山村地域、とりわけ過疎地域は、光ファイバーの敷設が遅れている。いわゆる条件不利地域が1932町村ある。全国の世帯数約4200万戸のうちで約540万戸がそういう取り残された地域にある。そういった条件不利地域おける光ファイバーの敷設については、今まで農林水産省や旧自治省の補助事業が行なわれているものの、幹線との接続ができないなどの問題があるため、必ずしも十分普及しているとはいえない状況にある。

 総務省は、そういった条件不利地域の光ファイバー敷設を促進するため、2002年度にモデル事業(地域情報交流基盤整備モデル事業)をスタートさせたが、予算は微々たるものである。三重県のZTV(ケーブルテレビとインターネットを営業する第三セクター)のような事例もあるにはあるが、従来の助成制度「新世代地域ケーブルTV整備事業」では条件不利地域での事業展開は一般的にむつかしいのではないか。したがって、当面、「町づくり型PFI」は光ファイバーの敷設された地域で始めることとなるであろう。

 NPOは、インターネットを強力なツールとして都市と農山村との交流を促進し、いずれ民間事業主体が中心となって「町づくり型PFI」を始めれるよう諸般の準備をすることになる。私は、たとえば、次のような活動をはじめるといいのではなかろうかと考えている。

a、ホームページによるコミュニケーション活動

b、グリーンツーリズムないし体験学習の普及活動

c、地域の自然や歴史・伝統・文化に関する調査研究

d、道普請と花一杯運動

e、水辺の整備

f、森林の整備

g、公園の整備

h、「モノづくり」神事の普及活動

i、B&B普及活動 

 

(5・3)ー2 農山村公園という考え方

 都市公園とは異なり、土地の囲い込みを行なわない地域開放型の公園を私は農山村公園と呼んでいる。そして、とりあえずは、ひとつの集落を中心に山や川を含めて5平方キロメートル程度の区域を考えているが、まあこの辺は地域によっていろいろだろう。適当な数のB&B(イギリス型民宿)を整備し、農園(観光農業)、家畜とのふれあい広場、花園、遊歩道、水辺環境、野鳥公園、ジョギングコース、サイクリングコースなど・・・比較的容易にできるものを整備する。これが第一段階である。

 その後、様子を見ながら交流施設を建設すればいい。交流施設では、インターネットを活用し、全国とのネットワークをもとに、地域やイベントの宣伝、体験学習、グリーンツーリズムその他の交流事業を行なう。そして、逐次、登山道、カヌー基地、馬場、ホーストレッキングコース、オートキャンプ場、養魚場、渓流釣り場などを整備していけばいい。最終的には、優良田園住宅とリゾートオフィスを建設する。こういった取り組みにより、雇用の場がずいぶんと広がるはずだ。

 これらは、第一段階のモノも含めて、NPOだけでもできないし、町村という行政主体だけでもできない。地域住民とNPOと行政、そして民間(企業)とが力を合わせてやらないとできない。住民とNPOと行政と民間(企業)の役割分担が問題となるが、行政負担(公共事業)の限度を明らかにして、あとはNPOが中心になって住民と民間(企業)と相談しながらそれぞれの役割分担を決めればいい。いちばん大事でありかつまたむつかしいのは住民の役割分担である。住民の贈与の原理にもとづく行動をどうルール化するか。企業との結びつきを許容しながら・・・・、そういう贈与の原理を「モノづくり」のかたちでどう具体化するのか、それは大変むつかしいことであるにちがいない。実践を積み重ねながらそれを見出していくしかしかたがないかもしれないが、何とかそれを見出さなければならないだろう。 

 

(5・3)ー3 いずれ各種行政サービスの展開を

 庁舎(支所)や公民館の改築、改良住宅の新改築、歴史資料館や図書館等の新改築、モノづくり博物館の新築、学校演習林や学校演習農場の誘致・・並びにそれらの管理運営。これらは、将来、町村合併が行なわれた場合、旧町村区域の独自性を維持するために有効かも知れない。光ファイバーが布設され、農山村公園ができ、各種行政サービスの展開が行なわれるようになれば、事業の経営基盤がしっかりしてくるので、広域的にいろいろと事業の拡大を図ることができるのではないか。国道、県道、市町村道の維持管理。河川の維持管理。高速道路のサービスエリアの高度化や有料道路の建設、その他下水処理場やゴミ発電などの広域施設。この水準までくれば、PFIはまさにPPPであり、民間事業者と行政との区別はほとんどないに等しい。サステイナブル・コミュニティーでは、地域住民やNPOを主体に、行政と民間とが一体化している。もはや建設産業はサービス産業と呼ぶにふさわしい。                                                 

 

以上

 

 

Iwai-Kuniomi