上東門院 988‐1074(永延2‐承保1)

じょうとうもんいん

 

平安中期の皇后。藤原道長の長女。名は彰子。法名清浄覚。999年(長保1)一条天皇に女御として入内,翌年中宮となり敦成(後一条天皇),敦良(後朱雀天皇)両親王を生んだ。紫式部が彰子に仕えたことは有名。1012年(長和1)天皇の死とともに皇太后,26年(万寿3)出家して門院号を受け,晩年は法成寺内に東北院を建てて住み,大女院と呼ばれ,国母と仰がれた。聡明・穏良の人柄でもあったが,晩年は肉親に多く先立たれて寂寥の影が濃い。                    今井 源衛

 

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Iwai-Kuniomi