先に述べた中村雄二郎さんの著書「正念場」のなかで、当然のことと言えば当然のことだが、極めて重要なことを言っておられるので紹介しておきたい。

 

中村雄二郎さんは、酒鬼薔薇事件(1997年の神戸の小学生惨殺事件)について、「検事調書を読んで判ったことの一つは、あの事件が捜査当局の裏を かくように綿密に計算尽くされた事件である印象を与えていたけれど、そうではなくて、多分にラッキーな成りゆきによるもであることである。そして今一つ は、残忍極まるもののように見えた小学生に対する殺害行為が、小動物の殺りくや通り魔的な殺傷行為という一種のリハーサルによって、結果的には、感受性が 麻痺する諸段階を踏んでいたことにある。」というようなことを述べた後で、こう言っておられる。

 

「けれども、私が検事調書と読み合わせてあらためて鮮烈な印象を受けたのは、B君の<生首>にくわえさせた手紙と、97年3月の、彼の最初の犯行 <通り魔事件>の後に書かれた少年自身の作文<懲役13年>という文書である。前者は、<酒鬼薔薇>の名で書かれたあの有名な・・・・・<さあゲームの始 まりです。愚鈍な警察諸君、ボクを止めてみたまえ。ボクは殺しが愉快でたまらない。人の死が見たくてしょうがない。汚い野菜どもには死の制裁を。積年の大 怨に流血の裁きを。>・・・・・という言葉を含んだ手紙である。この手紙の後でさらに、少年が、念を押すように神戸新聞社宛てに一通の封書を送り、そのな かで、・・・<悲しいことに僕には国籍がない>とか、・・・・<自分の名で人から呼ばれたことがない>とか、・・・・・<透明な存在である>とかいった、 意味深長な文句を書いたことはよく知られている。

 これらの文章は、稚拙なところもあるが、それにもまして強烈なインパクトとリズムをそなえていて、並々ならぬ迫力がある。しかし、それより唸らせ るのが<懲役13年>という文書である。その中で彼は、次のように書いている。・・・・・<いつの世も、・・・・・同じことの繰り返しである。止めようの ないものは止められぬし、殺せようのないものは殺せない。時にはそれが、自分の中に住んでいることもある。・・・・<魔物>である。<魔物>は 俺の心の中から、外部からの攻撃を訴え、危機感をあおり、あたかも熟練された人形師が、音楽にあわせ て人形に踊りをさせているかのように俺を操る。それには、かって自分だった<モ ノの鬼神>のごとき、<絶対零度の狂気>を感じさせるのである。>」

 

「これらのことばは、ニーチェなどの借り物の着想にもとづいているにしても、誰でも書けるような、なまなかの<作文>ではない。しかも、彼はさまざまな<敵>を列挙した上で、どれもとるに足らないものだと気がついたと言い、最後に脳裏 を駆け巡った答えとして・・・・<人生において、最大の敵とは、自分自身なのである>・・・・ と書き付けている。これは、なんとも冴えた驚くべき洞察である。しかし、このような表現は、一部の人たちが感心して言っているように、A少年の隠された文 学的才能の発露であると言えるだろうか。

 

 私は必ずしもそうであるとは思わない。むしろ、あまりにも特異な状況の中で、現代の日本を覆う<奇 怪ななにものか(バモイドキ神と彼が呼ぶようなものを含む)>によって突き動かされて書いた文章だと思われるからである。そしてこ の<奇怪ななにものか>は、彼一人のものではなく、・・・・・・その後続発し ている多くの<キレた中学生たち>による殺傷事件をも支配しているとさえ思うのである。

 そしていまでも、この<奇怪ななにものか>をまだ十分に突き止め得た とは思われない。」

 


中村雄二郎さんは、別のところでさらにこのように言っておられる。

「デジタル社会の軽快さに流さずに、意味と存在の希薄化に対抗し、抵抗する強力なパトス<情 熱>を大人は勿論のこと子供たちもひびの生活の中で鍛え上げることである。それは、他人を蔑ろにする粗暴な力ではなくて、他人の痛みを感じ、開かれた感受 性にもとづくような能力である。」

 

けだし、魔物、奇怪な何ものかに操られないよう、子供のうちから、ひびの生活の中で、それらに抵抗す る強力なパトス<情熱>を身につけていかなければならない。そのための生活環境・・・生活空間が必要だ。そのための町づくり、地域づくりが必要なのだと思 う。怨霊、鬼、或いは妖怪たちの動きを鎮めなければならない。それらと向かい合わなければならない。そして、彼等と自分・・・さらには世の平和・・・安寧 というものを祈らなければならない。そのための知的なポトス<場所>が必要なのだ!

 

神社仏閣は大事にされなければならないし、巨木の町づくりが必要である。杜の町づくりが必要なのだ。 怨霊、鬼、或いは妖怪たちを鎮めるための町づくり・・・・それが杜の町づくりだが、それは神とともに住むための町づくりでもある。山や川を大切にし、山ぎ わや川辺というものを大切にしなければならない。怨霊、鬼、或いは妖怪たちを鎮めそして大切に扱わなければならないのだ。私、岩井國臣はそう思うのです。

 


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それではいよいよ沖縄に飛びましょう!

その前にちょっと広島に寄ってから!!