甘縄神社

あまなわじんじゃ

 

 

鎌倉は・・・由比が浜の近くに・・・・

甘縄(あまなわ)神社という鎌倉でもっとも古い神社がある。

正式には、甘縄神明社(しんめいしゃ)という。

現在は長谷地区の鎮守となっており、義家をお祭りしている神社として親しまれている。

 

まずは鎌倉の歴史を探るには・・・甘縄神社はもっとも大事なところ。

まさに「知のトポス」である。

 

まずは階段を登って・・・・・

 

 

甘縄神社の御祭神は、

天照大神(あまてらすおおみかみ)である。

 

710年、染屋太郎太夫時忠の創建といわれている。

ここで源義家が生まれたと言い伝えられているが、

義家は、1081年、社殿を再建、

それ以降、源義家の氏神となったという。

社宝に、

源義家の持護神と伝えられる天照大神(あまてらすおおみかみ)像と

義家像がある。

 

源頼朝と政子の崇敬も篤く、古来伊勢別宮と尊称されてきた。

社殿の裏山は、御興ケ嶽(見越ケ岳)といい、

古くから歌に詠まれているのだそうだ。

 

都にははや吹きぬらし 鎌倉の御興ケ崎(みこしがさき) 秋の初風

 

 

境内は美しく、   境内からの眺めも美しい。

階段を下りれば万葉集の歌碑がある。

義家氏神と書いた石碑もあり、甘縄神社の如何に古いかが偲ばれる。

 

この神社の隣が・・・頼朝の側近中の側近・・・

安達藤九郎盛長(もりなが)の屋敷跡で・・・その碑があるが、

これはどういうことであろうか。何か意味があるのか。

 

さらに興味をそそるのは、染屋太郎太夫時忠とは一体何者だろうかということである。

 

 

 

私は、

この染屋太郎太夫時忠の碑が由比が浜の近くにあると

何かの本で読んだ記憶があり、それを探し回った。

歩いて歩いてやっとのことで見つけたときのうれしさは何と言ったらよいか・・・。

 

(註)甘縄神社からバス通りを鎌倉駅方面に 

少し戻ると文学館入り口という信号がある。

そこを右斜めに入っていく。 江ノ島電鉄の

由比が浜駅に向かう訳だ。    信号から

20メートルほどの右側にその碑はある。 

 

 

染屋太郎太夫時忠は、

藤原鎌足の玄孫に当たり、

南都東大寺良弁(ろうべん)僧正の父にして、

永く鎌倉に居住。

 

東8カ国の総追捕使となり、東夷を鎮めた。

そして、由比の長者とも呼ばれていた。

 

そういう意味のことが書いてある。

まあえらいことですね。

鎌足が出てきたり、良弁が出てきたり・・・・。

このへんのことはおいおいひもとくとして、

さらに旅を続けよう!


次は、星井寺へ!

 

Iwai-Kuniomi