流動的知性にもとづいて

 

 

 私は先に、『 現在、私が重大な関心を寄せている二大政策課題は、わが国の「歴史と伝統・文化」と「天皇制」と「NPO」に関連して「憲法問題」であり、「モノとの同盟」と「農山村」と「NPO」に関連して「地域貨幣の問題」であります。』・・・と述べた。

 しかし、こういう具体の政策課題を解くには、哲学的な思索の助けを借りて、本質的な問題というか原理原則的な問題を明らかにしていかなければならない。明らかにするということは、自分の思想もさることながら、わが国の「歴史と伝統・文化」に照らしてどうか・・・、その点を明らかにすることである。

 

 世界のアメリカ化が危険視され、現代の科学文明の限界が懸念される今日、中沢新一がいうように、私たちが依って立つべき学問は「対称性人類学」であり、私たちが頼りにしなければならない「知性」は「流動性知性」である。

 私たちは、現下の問題について、できるだけ「流動的知性」を働かせながら哲学的な思索を深めると同時に、わが国の輝かしい将来のために、そういった「流動的知性」を育むためのさまざまな「場所づくり」を・・・・、国土政策の重要な柱として、実践していかなければならない・・・と考えている。

 その際、「妖怪」、「縄文」、「東北」、「神話」、「自然」、「宇宙との響き合い」などさまざまなキーワードがあろうかと思うが、それらを一言でいえば・・・「スピリット」ということになるのではなかろうか。今後の新しいホームページでは、どのように形でまとまっていくのか、まあ、歩きながら考えていくこととしたい。

 同じ思いを持つ仲間と交流しながら、いろいろな場所を訪れたい。特に私がこだわっている「こだわりの場所」は「河童」の棲む川であるが、人それぞれ心に深く刻み込まれた「場所」があると思う。自分の「好きな場所」をどれだけ持つことができるのか、人生の意義はそれで決るのではなかろうか。

 

 ところで、現下の問題については、私の見るところ、早急に解決しなければならない問題として、やはり本質的な問題というか原理原則的な問題が二つある。新しいホームページ「劇場国家にっぽん」の中心的テーマである。

 ひとつは、「流動性知性」を働かせながら私たちの精神的活動というか宗教的活動のあり方を探ることである。その鍵は「スピリット」にあるが、わが国の場合、多神教と仏教の習合が問題になり、私はすでに「徳一」への接近を試みた。現在は、「明恵」への接近を試みようとしているが、さらに根本的にわが国の精神的活動というか宗教的活動のあり方を探るためには、わが国の「歴史と伝統・文化」に照らして考察を深めていかなければならないだろう。とりあえずは、「国分寺」と「廃仏棄釈」の問題にアクセスすることとしたいが、はたして、将来、どのようなテーマが生じてくるのであろうか・・・・。

 今一つは、「流動性知性」を働かせながら私たちの物質的活動というか経済的活動のあり方を探ることである。先に述べたように、現在、「地域貨幣」の問題が世界的にクローズアップされてきており、物質的活動というか経済的活動のあり方を解く鍵は・・・どうも「貨幣」にあるようだ。しかし、この「貨幣」の問題も根本的には、やはり・・・わが国の「歴史と伝統・文化」に照らして考察をしなければならないのあり、私の見るところ、結局は、中沢新一のいう「純粋贈与」というか「自然」の問題に帰するのではなかろうか。わが国の「歴史と伝統・文化」の象徴は「天皇」である。したがって、「劇場国家にっぽん」では、「象徴天皇」を中心として・・・・この「贈与経済」の問題を考えて参ることとしたい。そのためには、権威と権力の棲み分けに混乱が見られる近代は別として、中世から近世にわたって、天皇なり寺院という権威がどのような経済に支えられていたのか、その辺りを勉強していく必要があるのではないか。私は、そういうわが国の「歴史と伝統・文化」を十分踏まえ、そして現在の「地域貨幣」の国際的動きも視野に入れながら・・・・、今後、わが国における「流動性知性」にもとづく経済活動のあり方というものを明らかにしたいのである。

Iwai-Kuniomi