ディエゴスアレス市内見学

 

 

 ディエゴスアレスは、もちろん、ディエゴスアレス州の州都である。アラビア人が最初に入植した影響もあり、イスラム的味わいが濃い。産業は、コーヒー、カカオ、イランイラン(香水の原料となる植物)、サトウキビ、黒胡椒などである。フランス・スペイン共同のマグロ・カツオの基地にもなっている。ここの港は、ブラジルのリオに次いで世界第2の大きさの湾で知られ、しかもまれに見る天然の良港として注目され、フランス海軍は1885年からマダガスカル独立までインド洋の最重要基地としてこの港を使ってきた。そのためにあらゆる船を修理するドックがある。

 

 

それでは港の見える丘から港を一望するとしよう。

そうしよう!そうしよう!

 

 

 

 

 

これがフランス・スペイン共同の水産加工会社・・・。

 

 

 

さあ、それでは港は水産工場の横を通って帰るとしましょうか。

そうしましょう!そうしましょう!

 

 

レストランに着いた!昼飯だ!

 

まあ、マダガスカルというところは、なかなか食事が出てこないんですね。

時間感覚がまことに悠長なのです。

のんびりしているのです。

日本人はせかせかし過ぎるのかも知れません。

 

まあ、ゆっくりこの付近の景色でも楽しみましょう!

そうしましょう!そうしましょう!

 

 

 

 

日産が頑張っていますね。

やはりゴーンさんの影響でしょうか?

 

 

 

 

 

食事が終わって、空港に行ったが、これ又時間が・・・・。

飛行機の到着が大幅におくれるというのだ。

まあ、仕方がないか・・・。

 

あわてない!あわてない!

周りの写真でもとっておくとするか。

そうしよう!そうしよう!

 

 

 ディエゴスアレスは、良い町だと思う。一瞥しただけでほとんど何も判っていないのだが、私は、直感的にそう思う。いずれ又訪れたい。マダガスカルという国は、インフラ整備が極端に遅れているので、観光客が訪れるにはちょっと大変かもしれない。しかし、私は、わが国の歴史を訪ねて、多くの人にディエゴスアレスに出かけて欲しいと思っている。

 前にも述べたように、私たちは、歴史を生きている。私たちは、過去の歴史とのつながりの中で意識の有無にかかわらずさまざまな影響を受けながら、現在を生き、未来を生きるのである。現在を立派に生き、未来を立派に生きるためには、歴史はしっかり身につけておくべきである。マダガスカルとの友好親善のためには、マダガスカルがわが国の歴史の中にどのような形で登場してくるのか、或いは日本がマダガスカルの歴史の中にどのような形で登場してくるのか、それらを知っておくことはたいへん大事なことであろう。元駐マダガスカル大使の山口洋一の著書「マダガスカル・・・アフリカに一番近いアジアの国」(1991年、サイマル出版会)によれば、わが国の歴史の中にマダガスカルが登場するのは日露戦争の時と第二次世界大戦の時である。その痕跡がディエゴスアレスにある。それを今回は紹介した。駆け足の紹介で誠に不十分であるが、ディエゴスアレスと日露戦争との関係、ディエゴスアレスと第二次世界大戦との関係は大体お分かりいただけたと思う。皆さん方にも、是非、ディエゴスアレスには出かけて欲しい。 

 

 それではディエゴスアレスでお会いしましょう!

また逢う日まで!ごきげんよう!

 

Iwai-Kuniomi